日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

人の口が3つ寄り 評判が立つ

黒澤明監督の映画『悪い奴ほどよく眠る』(1960年)のオープニングシーンは、結婚式で登場人物が一堂に会していた。そこでは、公団の汚職に絡む複雑な人間関係が手際よく説明されていた。 事件の始末を幹部が末端の職員に押しつけ、自殺に追い込んでもみ消…

なにかの実験なのか東京五輪

米国での奇想天外な実験を集めた文庫本に『狂気の科学者たち』がある。記憶のテストでは、あなたが5歳のときショッピングセンターで迷子になったことを覚えていますか? 24人中7人が「もちろん」と答えたという。誰も迷子の経験などないのに・・・だ。 困…

1時間は50万年に相当する

10進法は人間の心理を縛るものらしい。元陸上選手の為末大さんは著書『限界の正体』にて述べた。たとえば100メートル走で目標を10秒に設定した場合など、キリのいい数字を意識することでプレッシャーや力みが生じ、本来の能力を発揮できなくなる恐れ…

真実味が増す言葉かもしれぬ

厳島の戦いにて戦国武将・毛利元就は、数千の軍勢で2万の大軍を率いる陶晴賢(すえはるかた)を破ったという。その際、元就は将兵に3日分の糧食しか持たせなかったとのこと。 人間は、期間が区切られてこそ頑張れる。それを知っていたがゆえの真価といえそう…

言葉に触れる時間を足せば?

「ホンマでっか!?」とくれば明石家さんまさんを連想してしまうが、この関西弁を漢字にすれば「本真」なのだという。意味は、“本当である”ことや“真実である”ことで、文字通りだ。ただ、漢字を頭に浮かべて口に出してみると、響きが重くなるような気がしてくる…

ユーモアやシャレの妙味とは

作家井上ひさしさんの小説『青葉繁れる』は1974年(昭和49年)の作品だという。当時の私は本を読み漁っていた時代である。ただ、この作品は映画で観たのが先で、本をそのあとに読んで夢中になった。それ以来、井上ひさしさんに興味を強く持った。 後で知…

イライラでも気楽な生き方を

毎日、うなぎ屋の店先で匂いをかぎながら通り過ぎる男がいたという。その店の主人は、大みそかに男を呼び止めて言い渡した。「毎日の匂い代、締めて6百文になります」と。 男は懐から代金の銭を放り出し、店主に言い返した。「音だけで十分だろう」。江戸時代の…

メモを始めたきっかけは明快

もう何年も(高校野球のテレビ観戦はしているが)プロ野球をまったく見ていない。ところが、“YouTube”ではプロ野球の面白さにドップリと浸かっている。 長嶋さんや王さんが現役もしくは監督時代にプレイした若手(だった)選手たちが、すばらしいエピソー…

モノだけでなくヒトづくりへ

作家・池波正太郎さんの時代小説には、あくの強い登場人物の魅力とともに、いかにもおいしそうな料理や酒が出てきて楽しめる。坂や水路が多かったという江戸の町並みも細かく描かれている。 また、映画にもなった“南極料理人”で元越冬隊員の西村淳さんは、極…

滅茶苦茶でごじゃりまする

コロナのせいか、この1年はとても早く感じる。普段でも大人になると、子どものころより時間がたつのは早いのであるが。 そもそも人の感じる時間の長さは年齢と反比例的な関係にあるようで、同じ1年でも年を取るほど短く感じるということらしい。 さて、令…

決してのぞいてはいけません

村上春樹さんの『アフターダーク』にある。<眠れないのかもしれない。眠りたくないのかもしれない。ファミリー・レストランは、そのような人々にとっての深夜の身の置き所なのだ>と。深夜の“ファミレス”が重要な舞台になる長編作品だ。 戦後大きな反響を呼…

豊かになっても人々は忙しい

“タフガイ”が石原裕次郎さん、“マイトガイ”は小林旭さん、そして“トニー”こと赤木圭一郎さん。もうワクワクしてくる。そこへ“キッド”の和田浩治さんを加えて「日活ダイヤモンドライン」と名乗った。日活は1960年代にこの4人の主演作品をローテーションに…

口先がうまくても真心のない

私の好きな俳優のジャック・ニコルソンさんは、米映画『アバウト・シュミット』(2002年)にて、妻に先立たれ一人娘も慌ただしく嫁いでしまった父親の孤独をすばらしく演じていた。 <歴史の中でわれわれはとても小さな存在だ。それでもせめて何かの役に立て…

聞く力と聞かない力の違いは

エッセイスト・阿川佐和子さんは、インタビューで相手から「話したら、自分の頭の中の整理がついた」と言われることがよくあるという。 考えをまとめるように意識して質問することはない。「ちゃんと聞いていますよ」という合図を相手の話の間にを入れ、「もっと…

バブルに沸いた30年前と今

“興味深い”や“楽しい”ときの「面白い」は、奈良時代以前から使われていたという。もとの意味は、目の前が明るくなった状態とか目に見える景色の美しさを表す言葉だとか。 かつての日本では夜に家族が炉端に集まった。誰かが“男女の密会の目撃談”などを始めると…

記憶の根源はいつ頃なのか

魔法のように会話がスムーズになったり、自分の思う方向に結論を導きやすくなったりする言い回しをマジックワードというらしい。たとえば、「ありがとう」と言われてイヤな気分になる人はいないだろう。人間関係の潤滑油にはうってつけの言葉である。 かたや、…

災い転じて失敗も偶然に成す

あのコカ・コーラは、痛み止めシロップを作ろうとして失敗したことで生まれたらしい。バルトロメウ・ディアスはインドを目指した嵐に巻き込まれた。しかたなく引き返す途中に、アフリカ大陸の喜望峰を発見したという。 偶然によって失敗が思わぬ大発見や成功…

総中流はすでに過去のことか

40億年以上前に地球の海は存在していた。その水がどこから来たのかは謎だという。そして、水から生命が誕生して、人体も6割が水でできている。 万物の霊長なるヒトも、動物の中では身体能力が低い。パワー、スピードともに勝る獣たちに捕食される側だった…

どこかで訊いた気になるお話

ドイツ人の定年後の暮らしぶりは優雅だと、何かで読んだ記憶がある。 ドイツでは食料品など以外の消費税率は19%で、現役世代は給与の半分が税金や保険料などで差し引かれるとか。 ネットで検索してみると、現在は半年間の限定措置として、日本の消費税にあ…

ややこしさが付きまとう光景

雨がよく降る。わが地域では8月を除き雨の日がとても多い。 その昔に気象庁は面白い調査をやっていたそうな。1960年代は、人々がいつ夏服冬服に着替えて、やめるのはいつなのか。 また、こたつの使い始めと終わりはいつなのかを各地で調べた。当時は蚊…

追い打ちをかける感性の季節

かつてアメリカで、ある実験が行われたという。メッセージに<あなたのために選びました>と書かれた飴と、<適当に選んでみました>というメッセージでの比較反応である。 どちらが甘くておいしいと感じたか。結果では“あなたのために”との飴をなめたほうが…

お得感の裏には当然訳があり

或るレストランの料理メニューで、コースが2つあるとする。リーズナブルなコースが4千円で満足コースは5千円也。これだとお客さんの選ぶ決め手がないそうな。 もし、2つのメニューに豪華プラン1万円コースを加えたらどうなるのか。3つのコースを設定す…

雨でしかたなく入った映画館

かつては電気料金が心配になる家電の代表であったクーラー(エアコン)も、燃費がだいぶ改善されているとか。 節約のためや電力不足で使用を控えるように、とのお達しのあった時代が懐かしい。今は熱中症への備えとしてぜいたく品から必需品へと変貌している。…

師匠を選ぶのも芸のうちとか

アメリカの人気スポーツはフットボール、野球、バスケットボール等の印象だが、世論調査ではアメフットが約4割の人気を保つという。そして、かつてトップだった野球は1割未満だとか。 人気急上昇なのはサッカーで、国民の半数が楽しみにするまでに成長している…

魅力のある著名人たちの逸話

「食べ物の恨みは怖い」という。それは、人の記憶に強く残るものだからなのか。美しく盛りつけられた日本の弁当は、海外でも注目されている。 かつて、脚本家・向田邦子さんは(小学生だった)戦前の“弁当の時間”について、エッセイに記した。向田さんが書いたド…

語り継がれぬその年の代表曲

ネット、スマホの流通で、映像・音楽などの配信も定額料金制が定着している。まさに今は“所有”から“利用”への転換期なのか。CDやDVDという媒体を必要としない点では、レンタルと通じるところもありそうだ。 昔、江戸でも「損料(そんりょう)屋」なるものが…

不幸にする一番確実な方法は

<みんなで吸おう 明るい煙草>。昭和20年代中期の映画館には、こんなキャッチフレーズのポスターが貼ってあったらしい。 作家・井上ひさしさんが傑作青春小説『青葉繁れる』のあとがきに、その景観を書き留めていた。仙台市での高校時代には、映画館に足…

存在感の薄まるTVメディア

「横浜市史」にあるという。江戸末期に米国のペリー提督ら一行が、黒船で来航した際に横浜で相撲見物をしたそうな。 1854(嘉永7)年、日米和親条約が締結されたときには、幕府の配慮で力士と面会した。米兵は、米俵を軽々とかつぎあげる力士に興味を抱いた…

思い起こすと一年前は平成だ

大阪を生涯、離れなかったという。作家・司馬遼太郎さんである。そこでは一極集中の東京とちがい、事象を相対化して眺められる。 アイデアや集めた素材を発酵させる適度な湿り気も、大阪の街と人にあるらしい。そして、幾重もの歴史の層により作品の史料も手…

見えぬものに囲まれて暮らす

民放の開局に合わせて、駅前や商店街などに受像機が据えられたのが1953年だという。街頭テレビである。東京・新橋駅前に(プロレス中継で)力道山の雄姿を観るため2万人が集まったそうな。その黎明期にテレビは高根の花であった。 今はスマホでどこでも動…