日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

人の口が3つ寄り 評判が立つ

 

黒澤明監督の映画『悪い奴ほどよく眠る』(1960年)のオープニングシーンは、結婚式で登場人物が一堂に会していた。そこでは、公団の汚職に絡む複雑な人間関係が手際よく説明されていた。

事件の始末を幹部が末端の職員に押しつけ、自殺に追い込んでもみ消しを図ろうとする内容だったと記憶する。

哲学者・梅原猛さんいわく「どうでもよいことはきわめて正しい真実を語り、自己の政治支配を合理化する点においては、きわめてたくみにうそをつく意思がはたらいている」・・・のだと。日本書紀などでも、歴史とはそのときの権力者に都合よく書かれるものなのらしい。

さて、この方もきっとよく眠られていることだろう。安倍前首相である。うその上書きを、現代の官吏が行っていたのが森友問題をめぐる財務省の公文書改ざん騒動である。自殺に追い込まれた人がいても知らん顔のまま。

 

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また、安倍さんは眠ることだけでなくよく笑う。桜を見る会のゴタゴタでは、国会で笑いながら118回も嘘をついた。

「鉄面皮」は鉄のような面の皮のことで、恥を恥と思わないさまをいうそうな。厚くて硬い皮一枚は防具にもなる。そしてその皮の上に笑みを浮かべるのだから、理解しがたい神経だ。守ろうとしたのは国のトップの立場か、わが身か。おそらくその両方だったのであろうが。

日本はニホンとニッポンのどちら? この議論のテーマは昔からのもの。どちらでもOKというのが正解だという。2009年に政府が「いずれも広く通用しており、統一する必要はない」と閣議決定している。

国の名の読み方なのに、おおらかでありあいまいさも感じられる。ニホンと口にすればやさしく聴こえ、美しいニホンの景色や季節の移ろいも連想される。ニッポンだと力強く、経済が元気だった時代に海外で活躍するチャレンジャーだったニッポン人の姿が浮かぶ。

 

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だから「がんばれ!」とくれば、続くのはやはりニッポンなのだろう。そんな声援あふれるはずの東京五輪も、相次ぐトラブルと新型コロナ禍でゴタゴタのままに開催。

人が3人寄れば社会が生まれ、人の口が3つ寄れば評判が立つ。「品」という字はよくできている。「しな」と読んでいろいろな物を、「ひん」と読んで物の等級や人柄を表す。物の値打ちも人柄の尊卑も決めるのは他人の口、つまり評判である。

それにしても品のない与党の政治家たちが目につく。「反日が五輪反対」とほざいていた安倍前首相は、雲行きが怪しくなればサッサと五輪の開会式の出席ををキャンセル。それも前日の鞍替え発表だった。

飲食店いじめに強硬な態度を示した西村大臣も、影で糸を引く菅首相にあっさりとしらを切られ、持ち前のチャラさが露呈した。その強行ぶりを見て見ぬ振りしていたのが麻生氏。この人って副首相だったと思うけど。もはや品がないとかの次元ではなく、無知な者たちの集まりになってきた。

 

なにかの実験なのか東京五輪


米国での奇想天外な実験を集めた文庫本に『狂気の科学者たち』がある。記憶のテストでは、あなたが5歳のときショッピングセンターで迷子になったことを覚えていますか? 
24人中7人が「もちろん」と答えたという。誰も迷子の経験などないのに・・・だ。

困った能力が人間にはあるようだ。ありもしないことなのに、そんなことも(言われてみれば)あったね、と冗舌に話し出す。

思えば、大ヒットの商品名も消費者になじみが深くなりすぎて、それが一般名詞と思い込んでしまう。

電子オルガンのことをエレクトーンと思い込み、ツナ缶がシーチキン、ラップはサランラップ等に、固有の商標が品物の名にすり替わる。

 

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“朱肉つきはんこ”のシャチハタもメーカーの名前であり、銀行や役所などで「シャチハタでもかまいません」などと普通に使われている。

余談だが、正式な企業名はシヤチハタだという。また、カメラやレンズでお馴染みのCanonもキヤノンと書く。

さて昨年から、シヤチハタのアイデア商品が、新型コロナウイルス対策になると話題になった。ばい菌キャラの描かれたスタンプを、帰宅した子どもの手に押すものである。

その手を消えるまで洗うと、コロナ対策で推奨される20秒以上になるという。害にならないものにて手を汚すことで、丁寧な手洗いをうながす逆転の発想なのだ。

また、シヤチハタは“はんこの不要論”の対応で、電子印鑑をテレビのCMで流していたが、こちらの反響はいかがなものか。ずっと以前からフリーの電子印鑑ソフトがあったり、エクセルなどでも作成をしてかんたんに使えている。私には必要ない商品だが、市場のニーズがどれくらいあるのかを見てみたい。

 

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古代五輪の発祥地・オリンピアでの競技会は真夏に開かれており、見物する側にとってもかなりの苦労だったという。観戦しながら日に焼かれることは、当時の重労働であった粉ひきよりもつらい罰になる・・・などの記述もあったとか。

酷暑の中での開催といえば東京五輪パラリンピックもそうだ。2013年に開催が決まったが、なぜ猛暑の中でやらなければならないのか? そのニーズがまったくわからず、当時からずっと反対であった。

日本の夏は、熱中症という言葉のない時代に比べて、明らかに暑さの質が違っている。近年はとくに、熱中症で命を落とす人が急増。

統計史上で初めて、2010年に年間1千人を超えてから、19年までには計4回、1千人超の死者が出ている。そして、19年までの10年間の死者数は、それ以前の10年間に比べほぼ倍増だ。

“それどころじゃない”という言葉は人を強く引っ張ってしまう。自らは右往左往の“右往でやめて判断”で、情報を見極める冷静な対応が必要になる。

反面、どれだけ“それどころじゃない”非常時なのかわかっていないのが、国の責任者たち。少人数の来日外国選手に対したコロナ対策でも、すでにボロを出している。これから万単位の外国人が入国したら、いったい何が起こるのか。

もし、大量の熱中症患者や感染の拡大が起きたら、誰が責任を持ち、どのように対応するのか。その概要が、国民にはまったく伝わらない。

もしかして、神風が吹くとでも思っているのだろうか。

 

1時間は50万年に相当する

 

10進法は人間の心理を縛るものらしい。元陸上選手の為末大さんは著書『限界の正体』にて述べた。たとえば100メートル走で目標を10秒に設定した場合など、キリのいい数字を意識することでプレッシャーや力みが生じ、本来の能力を発揮できなくなる恐れがある・・・のだと。

地球誕生から現在までの歴史を、1年365日に換算したお馴染みの地球カレンダーによれば、1日は1300万年、1時間は50万年に相当する。人間や動物の一生なんて、1秒もたたないうちに終わってしまう。反面、100メートル走では百分の1秒短縮を人類の歴史の中で競っている。

地球カレンダーにおいて、ホモ・エレクトスの一部がアフリカで進化した現生人類(新人=ホモ・サピエンス)の誕生は12月31日の午後11時37分だという。最後発の生物である人間とは、なんと態度のデカイ動物なのか。

 

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文芸評論家・ドナルド・キーンさんが、奈良の吉野山にて日本で初めて花見をしたのは1950年代後半だという。そして、その光景には大いに幻滅を感じたらしい。

酔っぱらいが多く、弁当の重箱がうずたかく積まれていた。桜の幹に拡声器を付けて音楽まで流している。騒々しい花見が気に召さなかったという。「人がいなかったらどんなによいだろうに」と。

それから70年近く経た今も、同様な光景をテレビで見る。コロナ禍のナントカ宣言による東京の公園での飲酒風景もさることながら、京都の鴨川の河原でも驚いた。

散々飲み食いしたあとのゴミの山。時折、注意にくる巡回の人を意識したのか、飲食後のゴミを川に流す(酔った)若者たち。

どんなに時が移ろいでも人間の本性は変わらないのだろう。

 

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浜田省吾さんの『愛の世代の前に』という楽曲は、30年くらい前に(私が)初の生ステージで聴いたオープニング曲だった。横浜アリーナでこの曲のイントロが流れると、思わず踊りながら場内で大合唱をしていた。

昨年、You Tubeでこの曲を歌う浜田さんを観ておどろいた。どこかのステージのライブシーンであった。そのバックの大スクリーンに流れる、戦争兵器の数々。命を失う人々もさることながら、巨大な建物や地球という星も様変わりするような衝撃力を感じた。当然、今の兵器はプロペラ戦闘機で戦った太平洋戦争とは比較にもならない。

向田邦子さんの小文らしい。<戦争中だからといって笑い声がなかったかといえば、決してそんなことはなかった。校長先生が渡り廊下の“すのこ”につまずいて転んだというだけで、明日の命もしれないときに心から笑った>と。

今もどこかで続いている戦争では、笑うことも(自分が)なぜ死んだのかもわからず、“姿かたち”が消滅してしまうのか。

人間は太陽系の惑星のごく表層に生きる小さな小さな存在だ。直径10センチのりんごを地球にたとえれば、地球上で人が到達できる範囲を(最も高い所で)エベレストと考え9千メートルとする。それをりんごの皮の厚さにしてみれば、わずか0.07ミリメートルだという。薄すぎて、皮をむくどころではない。それなのにそれなのに人間って・・・。

 

真実味が増す言葉かもしれぬ

 

厳島の戦いにて戦国武将・毛利元就は、数千の軍勢で2万の大軍を率いる陶晴賢(すえはるかた)を破ったという。その際、元就は将兵に3日分の糧食しか持たせなかったとのこと。

人間は、期間が区切られてこそ頑張れる。それを知っていたがゆえの真価といえそうだ。
元来、日本刀と日本語は切っても切れない仲らしい。「切羽詰まる」、「さや当て」などは今も使われる。

「しのぎを削る」では、刃と背側の峰との中間で厚くなっている部分を指す“しのぎ”が削れるほど激しく争う様子を表す。また「反りが合わない」だと、曲がり具合が合わず日本刀をさやに収めることができない状態に進捗するらしい。

 

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在りし日の映画界では、太陽を直接的に撮ることはタブーとされていた。レンズを通してフィルム上に光が焦点を結び、焼ける危険があると考えられていたためだ。

黒澤明監督の『羅生門』ではその常識を破った。森の中の光と影を基調に人間心理の不可解さを描くため、監督が強くこだわった。

私の記憶に間違いがなければ、抜き身の刀からもたっぷりの太陽光が反射したシーンがあったようにも思う。

その映像効果は抜群で、ベネチア国際映画祭でグランプリを受賞。世界のモノクロ映画の撮影の一つの傑作とも称された。

黒澤監督は「宮川君の傑作」とも語った。映画史に残る名カメラマン宮川一夫さんのことで、撮影に鏡を用いるなどして巨匠の理想を見事に映像化してみせた。

 

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<陛下、鉄砲でなんでもできますが、ただ一つできないことがございます。その上に座ることでございます>。軍事の才能を駆使して天下を取ったナポレオンに、臣下のタレーランが言ったと伝えられる言葉である。

武力で権力をつかむことはできても、武力で権力を保ち続けることはできない。皇帝のその後を思えば、真実味が増す言葉のようだ。

現代にも例外の国がいくつもあるようで、とてもキナ臭い。ネット等の発達でいくつものうわさがかんたんに飛び交う時代でもある。

人のうわさも75日。なぜ75日かといえば...春夏秋冬に土用を加えて五季とし、365日を5で割ると73日なのだという。

つまり、一つの季節ほどしかもたない、という解釈などもあるらしい。内容によっては75日も続いたらたまらないうわさもあるだろう。

開幕まで50日を切ったという東京五輪パラリンピックの開催判断については、説明がないままでいろいろな憶測が出ている。数日前の参院決算委員会では、菅義偉首相が「私は主催者ではない」と発言。この人いったい何???

 

言葉に触れる時間を足せば?

 

「ホンマでっか!?」とくれば明石家さんまさんを連想してしまうが、この関西弁を漢字にすれば「本真」なのだという。意味は、“本当である”ことや“真実である”ことで、文字通りだ。ただ、漢字を頭に浮かべて口に出してみると、響きが重くなるような気がしてくる。

大阪の市井を描く織田作之助さんの短編小説『螢』には奇妙な詐欺の手口が登場する。

「中身は絶対に見るな」。旅館などで風呂敷包みを預ける男が言い放つ。数日後、受け取りに来た男は「中を見たな」と騒ぐ。

包みを解くと中にあった人形が「見たな」と口を開いた。男いわく、とある大名に贈る品であったが、不徳な目で見られてはそれもできない。どうしてくれる、と金を要求。

「見た人形」というやり口らしく、人形がしゃべるのはからくり仕掛けと腹話術だ。時代によって詐欺の手口も変化していくものらしい。

 

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さて、人がしゃべる過程では、家族の会話やラジオを聞いたりと、いろいろな情報が耳を通して心や脳に入っていくことになる。言葉に触れている時間を足すと、1日で何時間ぐらいになるのだろうか。

英語圏の調査結果では、5歳くらいまでで約1万7千時間になるという。言語のシャワーをそれくらい浴びると、会話が一通りできるようになるらしい。

聞いたものをそのまま覚える子どもは“無意識の学習”であり、大人では意識的に学ぶことができる。その目的意識があれば身につくのも早いとのこと。

やる気さえあれば、外国語の習得時間大幅短縮も可能になってくるようだ。

 

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人がしゃべる言葉から得られることはとても多い。

<勝ち続けるためにどうすればいい? ちょっと手を伸ばせば届くぐらいの目標を立てる。それを達成したら次の目標をつくり、それを繰り返すとより強くなれるのだ>。箱根駅伝で何度も優勝した青山学院大の原晋監督が著書で述べていた。

<勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし>。負けには必ず理由があり、失敗から学ぶことが大事といった趣旨だ。あの野村克也さんの名言の一つであるが、江戸時代の剣術の達人・松浦静山の剣術書からの引用だという。

こちらは縫い物から生まれた言葉だという。“つじ”は縫い目が十文字になる所、“つま”は着物の裾の両端で、「つじつま」が合わなければ形を成さず、無理があるということ。
まるでコロナ禍の政府のようだ。“ナントカ宣言”だけは出して延長。その具体策はまったく示せない。多くの店や国民に我慢を強いていながら、国民が反対多数のオリンピックを開催、などと目論んでいる。そのことになんの意味があるのかもハッキリ言わない。

 

ユーモアやシャレの妙味とは

 

作家井上ひさしさんの小説『青葉繁れる』は1974年(昭和49年)の作品だという。当時の私は本を読み漁っていた時代である。ただ、この作品は映画で観たのが先で、本をそのあとに読んで夢中になった。それ以来、井上ひさしさんに興味を強く持った。

後で知ったことだが、井上さんの作品はもっと幼い頃から夢中になっていたことが判明。1964年4月から5年間放映される国民的人気番組『ひょっこりひょうたん島』(NHK総合テレビ)を手がけていたからだ。

井上ひさしさんは、エッセイ『一盗一窃のひけめ』で窃盗癖があったと告白。とはいえ、ユーモアの達人のおっしゃることで、小さな悪事だったそうな。

盗品は喫茶店のマッチ、レストランの爪楊枝、旅の宿のタオル等。現行犯で見つかっても許してもらえそうとの計算で、“人間としては小物”との分析済みであった。

 

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イラストレーター・山藤章二さんと井上ひさしさんの対談では、日本の政治家の“同時通訳は大変”だとの話もあった。

井上さん「ここらでひとつ褌(ふんどし)を締めて、とかを連発する」。
山藤さん「それで有名なのは、日本の大臣がアメリカに行って挨拶した時、“貴国とわが  国の因縁は浅からぬものがある。なぜなら、貴国のことを日本では米国と書くし、日 本の主食は米である”・・・。いったいどう訳せっていうんだ」。

かつて、首相だった吉田茂さんは応援演説の途中で聴衆からやじられたという。
「オーバーを脱げ」。
「何を」とやじの主をにらんだ吉田さん。
「外套(がいとう)を着たままやるから街頭演説なのであります」と。

ワンマン宰相のさえをものがたる、エピソードである。場は爆笑に包まれた。

 

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やじや不規則発言は時に、政治家の言葉に関する能力だけでなく、気性や人間性の一端も浮かびあがらせる。

現代の宰相等のやじといえば、議会を軽くみていると言われてもしかたない。昨年は、前首相の安倍さんが、衆院予算委で野党議員に「意味のない質問だよ」という不規則発言を謝罪した。罵詈雑言の連続で・・・と釈明したが、のらりくらりと嘘をごまかす自身の態度の反省の気持ちはいっさい見られなかった。

罵詈雑言といえばどうしてもこの人の顔が浮かぶ。麻生財務大臣である。女性や高齢者を蔑視した問題発言もあった。国民を見下した態度も感じられる。昨年に続くコロナ禍でも再度の給付金などは出す気持ちもまったくないようで、国民からの税金なのにまるで自分のカネのような言い草である。

吉田茂元首相の孫なのに、(上述のような)ユーモア精神はまったく引き継がれてないようで情けなくなってくる。

 

 

今週のお題「やる気が出ない」

イライラでも気楽な生き方を

 

毎日、うなぎ屋の店先で匂いをかぎながら通り過ぎる男がいたという。その店の主人は、大みそかに男を呼び止めて言い渡した。「毎日の匂い代、締めて6百文になります」と。

男は懐から代金の銭を放り出し、店主に言い返した。「音だけで十分だろう」。江戸時代の有名な小話の『かば焼き』だという。

(こういう話が受ける)古き良き時代が、思わず脳裏に浮かぶ。

旅の歌人といわれた若山牧水さんは、鉄道の旅を愛した。物思いにふけりながら窓際に寄り掛かり、腰が痛くなれば鉄道案内の冊子に目を通し、適当な駅で途中下車をした。旅の時間がとてもゆっくりと流れていくようだ。

 

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<せまい日本そんなに急いでどこへ行く>は、昭和48年(1973年)に流行した全国交通安全運動の標語である。高度成長期の中で人々は忙しく動き回っていた。

全世界で日本の国土面積はわずか0.28%。しかし、全世界で起きたマグニチュード6以上の地震の20.5%が日本で発生している。

自分の思い通りにいかないのも人生か。漫画家・水木しげるさんは雑誌にその理由を書いていた。

<この世には「目に見えないもの」と「目に見えるもの」がいて、見えないものが見えるものに干渉するためだ>。だから人は神や祖霊を祭ってきた・・・とも。

<あなたの生涯は過去にあるんですか、未来にあるんですか。君はこれから花が咲く身ですよ>。夏目漱石さんは、“花”を用いて人を励ます言葉を小説『野分』に書いた。

 

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そういえば、平成時代の日本で最も売れた歌にも“花”がある。<そうさ僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい>。『世界に一つだけの花』を書かれた槇原敬之さんはお元気だろうか。

さて、名脚本家といわれる向田邦子さんは、自分のことをせっかちな性格と書いた。気がせくときに前を歩く人がのそのそしていると、非常に腹を立てる癖があるそうな。

イライラしないために、向田さんは気がせく場合は(遠回りでも)混まない道を歩くようにしていたという。

<明日にのばせることを今日するな>。こちらは、漫画家・藤子不二雄(A)さんの好きな言葉だという。

「いい方をかえれば“気楽な生き方をしろ”ということで、もし何かで悩んだら呪文のように唱えてください」と、著書『Aの人生』に書いている。

 

メモを始めたきっかけは明快

 

もう何年も(高校野球のテレビ観戦はしているが)プロ野球をまったく見ていない。ところが、“YouTube”ではプロ野球の面白さにドップリと浸かっている。

長嶋さんや王さんが現役もしくは監督時代にプレイした若手(だった)選手たちが、すばらしいエピソードを余すことなく語っているからだ。

あの時代...個性あるスター選手の宝庫だったプロ野球。多くの選手に興味が尽きない。その中でも私のお気に入りだったのは野村克也さん。

テスト生からスタートした南海時代には「不器用なので変化球にはある程度、球種を絞らないと対応できない」と感じ、捕手の配球の傾向や投手の癖を徹底的に分析し始めた。

南海では戦後初の3冠王も獲得。捕手で4番バッター、監督もつとめた。それでもスター気取りはいっさいなく、「キャッチャーは“捕手”と書くが、私は、投手を助け、足りないところを補う“補手”だと思っている」と<生涯一捕手>を何度も口にしていた。

 

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どんな巧みな打者も7割の確率で打ち損じ、どんな豪腕の投手も失投から逃れられない。ならば失敗する確率を減らすしかない。そのためにデータを集め練習を重ねるのだ、とも。人生の大部分の時間を使い、野球の奥の深さと面白さを世に広めた人である。

「野球は気力1分、体力1分、残り8分は頭ですよ」。精神論が幅をきかせたプロ野球に知の魅力を吹きこんだのも野村さんで、“ID野球”のルーツだ。

監督時代には、選手へ“プレイの根拠”を求め続けた。攻略法を考えれば漫然とプレイはできない・・・と。伸び悩む選手たちをコンバートや起用法などで再生させる手腕は“再生工場”と話題になった。

そして、データ分析はあくまで野村野球の戦略の一つであり、人間を生かすも殺すも言葉次第と、選手の特性を見極めて“勝つ言葉”を与え続けた。

適性を見抜く能力に加え、人心掌握術にも長けている。“野村流再生工場”の先駆けは(先発完投が主流だった南海時代に)阪神から移籍した江夏豊さんを「球界に革命を起こそう」と口説き、救援に配置転換したことだろう。

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 「不思議なもので、一晩たつと細かいことのほとんどは忘れてしまう」。メモを始めたきっかけは明快だ。

ある日、練習後のミーティングで野村さんは語ったという。「目立たない脇役でも、適材適所で仕事ができれば貴重な存在になる」と。

ミーティング内容も、打者心理をどう読むかといった戦略的なことだけでなく、いかに生きるべきかなど人生哲学に触れる内容も多かったとのこと。

根底には、選手として能力を向上させるだけでなく、人としても大きく成長してほしいとの願いがあった。

野村さんの“ぼやき”は“愚痴”ではなく、理想主義の表れだともいわれる。「もうダメだ」と、思うようにならない時に言うのは愚痴。「まだダメだ」なら、ぼやきで突破するための方策を考え、希望というその先に向かうことができる。

野村克也さんのぼやきは、実績に裏打ちされた説得力あふれる野球理論だったようだ。

テスト生として入団し、陽の当たることが少なかったリーグで数々の記録を打ち立てた。そして、幾多の人材を野球界に残した人。いつまでも語り継がれてほしい「月見草」である。
監督として1565勝1563敗。最初は負けても時間をかけて勝ち星を増やしていけばいい。最後は五分五分で、いくらか勝って終わる。そんな人生の妙味もすばらしい。

 

モノだけでなくヒトづくりへ

 

作家・池波正太郎さんの時代小説には、あくの強い登場人物の魅力とともに、いかにもおいしそうな料理や酒が出てきて楽しめる。坂や水路が多かったという江戸の町並みも細かく描かれている。

また、映画にもなった“南極料理人”で元越冬隊員の西村淳さんは、極寒の地でジンギスカン鍋をやったらどうなるか・・・と、実際に試したことがあるらしい。

氷点下40度における野外での焼き肉は相当あわただしい。通常の食べ方は不可能で、焼けたら速攻で口に投入しないと、肉はカチカチに凍ってしまう。

缶ビールも開缶して1分以内に飲み干さないと一瞬で苦い氷になってしまう。江戸時代の粋な飲食風景とはかなり異なるようだ。

現代も大好物な人が多い握り寿司の誕生は、江戸時代の東京にて、庶民が気軽に立ち食いできる屋台としてのスタートだったという。

 

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食べ物には歴史のつながりみたいなものが感じられる。反面、明治時代以降の日本で重宝されたモノを思うと、とくにこの近年での変貌を強く感じてしまう。

フィルム写真で貴重品だったカメラも、デジタル化で新しいカメラに切り替わる。今はデジカメを持ち歩かなくても、スマホで写真や動画もきれいに撮れてしまう。

音楽鑑賞の主流も1980年代の後半にアナログレコードからCDに移行。家庭での録音方法もカセットテープからMDへとデジタル化した。そして、インターネットによる音楽配信の普及で、こちらもスマホで音楽を持ち歩く時代となった。

一方、レコード生産は2017年に16年ぶりで100万枚を超え、V字回復傾向だとか。モノの価値でデジタル世代が注目したらしく、一昨年に全米レコード協会でレコードの売り上げが33年ぶりでCDを上回りそうだと発表した。

とはいえ、小室哲哉さんが売れに売れたあの時代など、CDのアルバムなどがミリオンやダブルミリオンという単位で出荷されていた。今のCDの衰退がこれほどまでには・・・と感慨深い。

家にテレビを持たない人が増えてきたという。私の息子夫婦もテレビをまったく観ずに、「YouTube」で動画を楽しんでいるという。“テレビが命”の私からは信じられない。

 

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一家に1台から一人1台になり、テレビは家族団らんの中心ではなくなったが、人気番組を見ておかなければ仲間と話が合わなくなる・・などの、意識醸成の役割もネットサービスにその座を譲ってしまったようだ。

<数十年後には、従来型のテレビ放送は固定電話のように主流ではなくなる>との見立てもあるという。その切り替わりも案外早いのかもしれない。たしかに私も放送番組よりも、有料の配信動画やYouTubeを観る割合が上昇している。

<夢に到達できなくても悲しいことではない。悲しいことは夢を持てないことだ>。そんな言葉が思い浮かぶ。

ソニーやシャープなどモノづくり大国を体現する企業が日本に多く生まれた。それを支えてきたのが夢やロマンでもあったのか。どれだけ今は語られているのだろう。

<やってみもせんで、何を言っとるか>。ホンダの創業者本田宗一郎さんは社員の可能性を引き出し、成長を促したという。

“モノだけでなくヒトづくりへの情熱”が言葉にあふれている。それがなにより、働き方改革が叫ばれる中で(企業の)大事な役割なのではないだろうか。

 

滅茶苦茶でごじゃりまする

 

コロナのせいか、この1年はとても早く感じる。普段でも大人になると、子どものころより時間がたつのは早いのであるが。

そもそも人の感じる時間の長さは年齢と反比例的な関係にあるようで、同じ1年でも年を取るほど短く感じるということらしい。

さて、令和2(2020)年の出生数は、前年より2万5917人減の87万2683人で過去最少を更新。

かの東京オリンピックを翌年にひかえた昭和38(1963)年との比較では、高度成長真っ盛りの日本は元気いっぱいだった。第1次ベビーブームは終わっていても、166万人の赤ちゃんが生まれている。

 

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昭和のあの頃の活気はすごかったが、今よりのどかな部分も多かった。漫才師で喜劇俳優花菱アチャコさんの得意ネタ「滅茶苦茶(めちゃくちゃ)でごじゃりまするがな」が思わず浮かんでくる。

戦前、横山エンタツさんとのコンビで(今に続く)“しゃべくり漫才”の原型をつくったといわれる。

早慶戦を見て分からんことがある。早慶の相手はどこでした?」。早稲田と慶応の試合を観戦したというボケ役がつぶやく。ふたりの十八番である東京六大学野球のネタである。

「事務所が参加者を幅広く募っていると聞いていて、募集という認識ではなかった」。こちらは、「桜を見る会」の参加者が急増した理由を問われたときのギャグ...もとい、安倍晋三前首相の言葉であった。

 

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前首相の答弁は以前から“ご飯論法”と批判されてきたという。「朝ご飯は食べていないが、パンは食べた」とはぐらかすように・・・。

ネット上では、「危ないが危険という認識ではない」や「馬から落ちたが落馬したという認識ではない」などの粋な返しのギャグが次々と続いたらしい。

会社員の犬飼淳さんが国会答弁を交通信号に見立てて分析したという。

質問にきちんと答えたら「青」、背景や経緯の説明は「黄」、質問と無関係な答弁や論点のすり替えは「赤」といったようにである。答弁内容を直感的に視覚化するとともに、「信号無視話法」という呼び名も生まれた。

さて、菅義偉現首相も負けていない。「(長男は)今もう40(歳)ぐらいですよ。私は普段ほとんど会ってないですよ。私の長男と結びつけるちゅうのは、いくらなんでもおかしいんじゃないでしょうか。私、完全に別人格ですからね、もう」。

週刊文春」の記事に端を発したあの「菅首相長男 高級官僚を違法接待」における答弁であった。

上述のアチャコさんではないが、思わず口ずさんでしまいそうだ。<まさに滅茶苦茶でごじゃりまするがな>と。