日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

相撲で学ぶ判断力の勘どころ

 

相変わらずの相撲人気である。大相撲初場所14日目・NHK総合の生中継で、前頭3枚目・栃ノ心が初優勝を飾った27日放送分は、平均視聴率が20.2%。翌日の千秋楽の生中継でも、平均視聴率が19.0%の高数字なのである。

相撲通の作家であった宮本徳蔵さんは、著書『力士漂泊』(1985年)で“強さ”の極致にふれた。69連勝の双葉山はどんな敵に対しても「泰然自若として些少の動揺をも示さず」に勝った。まるで相手が自滅していくような印象すら受けた。

白鵬双葉山のDVDを見て研究したという。デビュー直後の序ノ口時代には負け越しを経験し泣いた。後に横綱に昇進するような力士なら、本来すんなり行くところで自分はつまずいた、と振り返る。

宮本さんいわく、“チカラビト”である力士は、本来モンゴルで生まれたとする。「国技」の背後にユーラシアの広大な時空を見るべし、と。

 

2021

 

横綱大鵬が平幕戸田に敗れ、連勝が「45」で途切れた一番は、物言いのつくきわどい瞬間であった。ビデオ判定の導入以前である1969年(昭和44年)の大阪場所。

テレビ中継のビデオでは、大鵬の足が土俵に残っている。大鵬は勝っていた。「大変だ、誤審だァ」と支度部屋に押しかけた報道陣に、大鵬は語ったという。<負けは仕方ない。横綱が物言いのつく相撲を取ってはいけない>。勝負審判ではなく、あんな相撲を取った自分が悪いのだ、と。

「孤掌、鳴らしがたし」という。片方の手のひらだけで手を打ち鳴らすことはできない。人の営みはどれも、相手があって成り立っている。勝負の世界も“競い合う”という形の共同作業にほかならない。

大鵬が現役の頃、北海道の実家に自分の写真と並べて、ライバルである横綱柏戸の写真を飾っていたことは有名だ。大相撲の人気は自分ひとりでつくったのではない。柏戸関がいてこそだから・・・と。

 

2022

 

相撲のわざに、相手の攻勢を軽くかわす“いなし”がある。サラリーマンの土俵でも、突っ張りやがっぷり四つよりも“いなし”のお世話になることが多いのではないか。会社に抱く不平不満と、いつも正面からぶつかっていては身がもたない。不満を右にいなし、左にいなし、かろうじて日々の土俵を務めている

将棋の大山康晴十五世名人は生前、よく語ったという。<得意の手があるようじゃ、素人です。玄人にはありません>。大駒の飛車角から小駒の歩兵までを自在に使いこなせないで、プロ棋士は名乗れないのだと。

どんな仕事に就いても、その分野のプロであることにはまちがいない。そのときには、いかなる手やわざでも、繰り出せることが必要になるはずだ。