「泰然自若」を実践できる人達
勝負の世界と商品開発は別物だが、記録や形を残す人たちには共通するモノがある。
「“なにか”を成した人」の話は、ジャンルの違いを超えてとても興味深い
昨年、アップルは13年ぶりの減収減益で、「成長に陰りか」と話題になった。
iPod、iPhone、iPadといった新製品カテゴリを大ヒットさせ、好業績を叩き出してきたが、ついにブレーキがかかった格好だ。
創業者のスティーブ・ジョブズさんが2011年に死去後、ヒット商品がないことを嘆く声が巷では強まっている。
iPhoneの新型機種やiPadミニなどを投入したが、iPhone登場時のような“ときめき”を与えるには至っていない。既存商品の改良版にとどまるだけなのだ。
新分野に挑んだ「アップルウォッチ」も、販売当初こそ騒がれたがスマホに比べ用途が限られ、利用者へ幅広く浸透しているとはいえない。
スティーブ・ジョブズさんの偉大さが、どんどん浮き彫りになっている。
1969年(昭和44年)の大相撲・大阪場所で、横綱大鵬は物言いのつくきわどい一番で平幕の戸田に敗れ、「45」で連勝が途切れた。
ビデオ判定が導入される前の時代である。テレビ中継のビデオでは、大鵬の足が土俵に残っているのを確認された。大鵬は勝っていたのである。
「誤審だァ!」と支度部屋に押しかけた報道陣に、大鵬は語ったという。
「負けは仕方がない。横綱が物言いのつく相撲を取ってはいけない」。
勝負審判ではなく、あんな相撲を取った自分が悪いのだ、と言い切った。
<孤掌(こしょう)、鳴らしがたし>とは、片方の手のひらだけで手を打ち鳴らすことはできない、との意味。
<人の営みはどれも、相手があって成り立っている。勝負の世界も“競い合う”という形の共同作業にほかならない>。
昭和の大横綱・大鵬が現役の頃、(北海道の実家に)自分の写真と並べて、ライバルの横綱柏戸の写真を飾っていたそうだ。
「大相撲の人気は自分ひとりでつくったのではなく、柏戸関がいてこそ」、と。
ソニーを「モルモット企業」と呼んだのは、評論家・大宅壮一さんだという。
「業界に先駆けて新しいことに手をつけても、それはほかの大企業が乗り出す前の実験のようなもので、しょせんはモルモットにすぎない」と斬り捨てた。
それを聞いて喜んだのはソニーの創業者・井深大さんである。
モルモットは“ひと真似”をしない“ソニー・スピリット”の象徴なのだ、と。
将棋の大山康晴十五世名人は生前、よく語ったという。
「得意の手があるようじゃ、素人です。玄人にはありません」。
<大駒の飛車角から小駒の歩兵までを自在に使いこなせないで、プロ棋士は名乗れまい>。
69連勝の双葉山はどんな敵に対しても、<泰然自若として些少の動揺をも示さず>に勝ったという。相手の方が自滅していくような印象すら受けたらしい。
双葉山のDVDを見て研究したという白鵬は、双葉山の「泰然自若」を自分も実践すると、以前に語っていた。
土俵上の所作一つ一つをゆっくりとする。闘志が顔に出ないと言われるのも、何ものにも動じない心を目ざしているからだ、と。
スティーブ・ジョブズさんや井深大さんも「泰然自若」を実践されてきた方なのだろう。
若き日のジョブズさんは、「ウォークマン」というソニー製品にワクワクしてときめいた。その体験で、あのiPodが誕生したのである。