日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

時は流れずに積み重なるもの

 

切れ味が悪いと刃を折り新しい刃先を使う。カッターナイフは1959年に日本で誕生した。当時の靴職人が使っていた“ガラス片”と“板チョコ”の組み合わせが着想のヒントになったという。

靴底を削り取るのに、職人はガラス片を打製石器のように先端を割って使った。切れにくくなったナイフも同様に、刃先を板チョコのように折れば、何度も1枚の刃が使えるのでは・・・と。開発したのは、(当時)印刷会社に勤めていた岡田良男さん。

仕事を終えると岡田さんは研究を続け、1956年に試作品が完成。その3年後に岡田さんも製造・販売に乗り出して評判になる。60年後の今も使われ続けている長寿商品だ。

<きょうから春、今こそ秋、身にしみてそう感ずる瞬間が年に何度かあるものだ>。随筆家・白洲正子さんは『人間の季節』の一文に書いた。新しいアイデアを感ずる瞬間と自然は似ているのか。自然を生業とする人や職業も多い。

 

 

昨年から気象庁は、降雨や台風などの気象予報を改善。1時間ごとの降水量予報を、それまでの6時間先から15時間先までに延長。気象予測の計算をする新型のスーパーコンピューターの運用で、従来より処理速度が10倍、データ量も30倍向上した。

夕方の時点で翌日の明け方までの大雨が予測できるため、避難などで早めの対応につなげられ、屋外での作業やイベント、販売業などでも、食材や商品の(事前の)仕入れ調整がやりやすくなる。

<時は流れない。それは積み重なる>。サントリーの名コピーである。

ウイスキーは、原酒の熟成を待つ。やはり、自然との関わりが大きい商品だ。連続テレビ小説『マッサン』のモデルになった竹鶴政孝さんは“日本のウイスキーの父”と呼ばれた。

1934年、北海道余市町に「大日本果汁株式会社」を設立した。ウイスキーをつくる仕事は、何年か先を目標とする気長な事業。よい原酒を熟成するまで事業がもちこたえるかどうか・・・と。

 

 

まず、竹鶴さんは地元産のリンゴの果汁からジュース作りを始め、ジュースが事業の支えとなった。待望となる“ニッカウヰスキー”の第一号はその6年後に完成。“ニッカ”の名称は“大日本果汁”の略である“日果”から生まれた。

十数年に及ぶ時の積み重なりを味わう酒こそがウイスキーである。しかし、嗜好には年々変化が伴う。世紀の変わり目の時期、日本でウイスキー離れが起こった。焼酎類がもてはやされ、日本酒やビールも落ち込む。ウイスキーの原酒の仕込みは当然、控えめにせざるを得なかった。

10年前、ハイボールの人気が再燃した。テレビCMが話題になったのだ。また、日本産ウイスキーの評価が国際的に高まりブームに拍車がかかった。朝ドラでウイスキーブームも「マッサン効果」、「マッサン特需」と頂点に。

さて、チャンス到来・・・とばかりにいきたいが、原酒に限りがありすぐ増産に応じられない。十数年先のウイスキー人気がわかるスーパーコンピューターがあれば、なんとかなったのだろうか・・・。