日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

消えゆく物から宿る文化とは

 

あの時代、ラジオのディレクターはみんな若くて志があった。コンサートへどんどん足を運び、お気に入りのシンガーをディスクジョッキー(DJ)に登用する。ダイヤルを合わせた若者はお気に入りのDJを見つけ、初めて聴いた曲を輸入レコード店で探し出す。

テレビは一家に一台、ラジオは一人に一台の時代となった。若者にとって、親の目を気にせずに楽しめる娯楽である。大学の大衆化により、深夜に受験勉強をする受験生が急増。深夜放送ブームを支え、ラジオが若者文化の発信地となっていく。

1967年10月、大阪で『ヤングタウン』(毎日放送)、東京は『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)が開始した。

“誰も聴いていない”とされていた深夜帯の番組に火がついた。ちょうど受験競争が激化して、若い世代が深夜に眠らなくなりつつあったときである。

 

2187

 

深夜ラジオは“若者”という鉱脈を掘り当てたのである。その波は、地方にも波及していく。そして、タレントらを起用するようになるのだ。

1974年スタートの笑福亭鶴光さんを先頭に、タモリさんやビートたけしさんらの才能が、ラジオで異彩を放つ。当時売出し中のシンガー・ソングライターや人気アーティストも、深夜に続々と登場することになる。

さて、固定電話が一般家庭に普及しはじめたのも1970年代以降である。各家庭では居間などに1台設置され、家族が共同で使用するものであった。

通信の主役が固定電話から携帯電話に移る中、ピーク時の1997年11月の6322万契約の約3分の1に減った。2017年度末の固定電話の契約数が1987万契約。2000万契約を割り込んだのは、1971年度末以来、46年ぶりである。

 

2188

 

逆に、携帯電話の利用者は増加。年間で1000万を超える番号が使われる年もあるとのこと。総務省は携帯向けの番号が不足する恐れがあるとの判断で、枯渇に備えて新たな番号を確保するそうだ。

携帯向けに割り当てている「090」と「080」で始まる番号は全て使われ、「070」もあと数年で使い切る予測らしい。総務省は携帯電話に「060」で始まる番号を導入する方向だという。

固定電話網に関しては、2024年からIP(インターネット・プロトコル)網へ全面移行する計画もあるようだ。その場合は、24年に固定電話の契約者数が1000万程度に減るともいわれている。

それにしても、固定電話の価値は下がる一方である。我が家に関しては、墓地の売り込み、保険の勧誘、その他わけのわからぬ商品の売り込み、怪しい電話・・・ばかりかかってくる。受話器を取る前から断る口実を考える癖がついた。が、電話を受けた相手がたまに知り合いだったりするのであせる。