日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

道を行く人々の顔は果たして

 

落語の枕などで聴く小咄である。

韋駄天(いだてん)と称される男が駆けていく。
「泥棒を追いかけている」というが、逃げる泥棒は見あたらない。
すでに追い抜いてしまい、その姿ははるかうしろにあったそうな。

物事、速く走ればいいというものでもないらしい。
昨年、“IoT機器”を巡り、サイバー攻撃の脅威が話題になった。
今はどうなっているのだろうか。

インターネットで遠隔操作や自動制御を可能にする監視カメラや家電、車などのモノに通信機能を持たせることに力を注ぐ。しかし、パスワード設定などの対策を怠れば、第三者に乗っ取られ、個人情報を盗まれ、誤作動させられたりする。

台所や寝室で、身近な生活用品が突然に勝手な振る舞いを始めたら、まさに道具の反乱だ。背後で操る人間の悪意は、いともかんたんにモノへと伝わるからだ。

 

1883

 

英国の外交官・ウィリアム・ジョージ・アストンさんは、日本学者で朝鮮語の研究者でもある。19世紀当時に、(始まったばかりの)日本語および日本の歴史の研究に大きな貢献をした方だ。

劇作家・岡本綺堂さんは、父親が英国公使館に勤めていた縁で、書記官・アストンさんと面識を得た。明治の中期、中学生だった綺堂さんはアストンさんとふたりで、東京の神保町を歩いた。

道幅が狭く、商店の多くの品が道をふさいでいた。
案内をする綺堂少年は、雑然とした街並みが(体裁悪く)恥ずかしくてたまらない。
その気持ちをアストンさんに告げた。

<気にすることはありません。街はいずれ美しくなり、道は広くなり、東京は立派な大都市になるでしょう。でも、そのときに・・・>。アストンさんは続けた。

<道を行く人々の顔は果たして今日のように楽しげでしょうか>と。

 

1884

 

お互い同士がぶつからないようにする「肩引き」や、雨のしずくが相手にかからないようにする「傘かしげ」。いわゆる“江戸しぐさ”である。

その習慣が明治の中期に引き継がれ、当時の狭い道をいくらかでも心地よいものにしていたのだろう。

江戸しぐさ”は今もあるだろうが、“人間関係が希薄になりつつある”ということは否めない。

往来を自転車が乱暴に通り過ぎ、突き飛ばされそうになった歩行者は自転車の行方を険しい目でにらむ。今は、日常で見かけるふつうの光景なのかもしれない。

傘の手放せない季節が去っても、心中の「傘かしげ」は忘れないようにしたい。
AI(人工知能)があらゆるモノに宿る時期もドンドン早まりそうではあるが、果たして“江戸しぐさ”をきちんと組み込んでもらえるのだろうか。とても心配なのである。