雨の降る日は天気が悪くない
最近、朝は気持よく晴れていてウキウキしてでかけると、午後は急に曇りだして雨がぱらつくことがよくある。「天気予報もいいお天気のはずだったのに」とつい愚痴が出てしまう。
さて、詩人の土井晩翠さんが昭和の初めに書いた随筆に『雨の降る日は天気が悪い』という作品がある。当たり前のことを書き連ねた文章であると、謙遜をこめた命名なのだとか。
「唐辛子は辛くて砂糖は甘い」や「鶏はみな裸足(はだし)」などの自明のことを述べた言葉は少なくない。
表題「雨の降る日は…」も「犬が西向きゃ尾は東」とともによく知られている。
しかし、晩翠さんいわく<アラビアで雨が降ると、“天気無類”と喜ばれはしないか>と。たしかに、日照りが日常の土地では「いい天気だね」と雨空を仰ぐのかも知れない。
『花粉症川柳』というのがあるようだ。その入選作に、「晴れよりも雨がうれしい花粉症」という一句があった。そういえば雨の日の街頭は周囲でくしゃみの音が、心なしか少ないように感じられる。
夏場の“いいお湿り”や“干天の慈雨”に感謝はしても、雨に胸をなでおろすことはまれであった。昨今は春先を迎えると、当たり前のはずの「雨の降る日は天気が悪い」が、しっくりこない。
立春を過ぎ、雪の交ざらぬ雨が初めて降る日を「雨一番」と呼ぶ地方もあるという。
地元の人には<待ちに待ちかねた“いい天気”の雨>なのであろう。
最近、ニューヨーク・タイムズのニュース記事からも、<雨にまつわるおもしろいお話>を見つけた。
雨や雪がやってくるというニュースは、経営者にとって朗報にほかならないのだという。日本での調査などをもとにした研究結果が発表された。
悪天候になれば、働き手の生産性は上がるが、晴天だと陽光を浴びて跳ね回ることができると思っただけでも、集中度が低くなり、仕事を進めるスピードが落ち、ミスをする確率が高まるという。
応用心理学の専門誌に掲載されたこの研究論文は、現実社会での調査と実験データをもとに検証し、「雨が多く降るほど、仕事の課題をよくこなすことができるようになる」と結論づけている。
実は、私自身そのことで内勤だった仕事から、外回りのできる仕事へと転職した体験がある。雨の日は中で仕事ができることの満足感も持てたが、窓外の晴天風景を見るたび屋内で過ごさねばならぬことへの“もったいなさ”を痛感した。
研究チームの一人、ハーバード大学ロー・スクール博士研究員のジョーア・ジュリア・リーさんは、雨と雪のどちらでも傾向は同じだという。
東京にある中規模の銀行で、行員111人が行ういくつもの種類の単純なデータ入力を中心に調べ、一つの仕事を終えて次の仕事に移るまでにかかった時間を集計した。
2年半にわたり蓄積されたデータを、そのときの東京の気象条件と重ねてみると、はっきりとした因果関係が浮かび上がった。<雨がひどいほど入力にかかる時間は減った>のだ。
そして、降雨量が1インチ(約2.5センチ)増えると、生産性は1.3%上がることが導き出された。それは、各々の働き手にとって大したことではないかもしれないが、1年間でみると、93万7千ドルもの恩恵が、悪天候により経営者へもたらされることになる。日本経済全体では、何百億円ものプラスになるそうなのである。
この発見の裏付けにと、オンラインでさらに実験をしてみた。
参加者329人に<30分で小論文のスペルミスを見つけるよう依頼して、チェックの速さと正確さを見ながら、参加者の場所のその時の天候を重ね合わせた>のである。その結果、天気が悪いほど作業は効率よく進み、正確さも向上していた。
また、雨の日に実施した“いくつかの研究室での実験”も加味された。
まず、実験の対象者に<野外活動の写真を見せて、それを楽しんでいる>と想像してもらい、そのあとからデータ入力に取り組んでもらったのだ。
結果は、悪天候にもかかわらず、“好天のもとで楽しむことを思い浮かべた対象者”の方が、他の人より成績が悪かった。つまり、天気がよいと思うだけでも集中力が散漫になり、生産性が落ちることを示すものだった。
ただ、<天気のよいことが経営者にとって悪いこと>だとは言い切れない。
この結果を活用し、勤務時間を柔軟に構え、好天なら早退も可能にする。集中できずに事務所に長くいるよりはよいだろう。雨雲で空が暗くなるのなら、いつもより長く働くように気持ちを切り替えてもらう、などと。
また、この研究結果は<創造性が求められる仕事より単調な作業>に、より多くあてはまるとリーさんはみている。前者の場合は、天気がよいと働き手の気分が上向き、アイデアがあふれ、独創性を発揮するようになることも考えられるからだ。
以上を含めたうえで、論文の全体を要約したリーさんは、「職場を設けるのに、天候以外の条件がすべて同じなら、天候が悪い所を選んだ方がよいと思われる」とアドバイスしている。