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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

仕事始まれど正月はまだまだ

生活・娯楽

 

正月2日と3日の箱根駅伝が終わると、<仕事が待ち受けている>という気がしてならない。ちなみに、私は今日から仕事であるが。

“駅伝”は、もともと古代の交通制度なのだという。唐の仕組みに習い、諸道の所どころに駅を設け、緊急の官使が用いる駅馬、不急の用にあてる伝馬を置いたとか。

スポーツ用語としては、1917年(大正6年)に京都~東京間での“東海道駅伝徒歩競争”が初登場なのだという。

襷(たすき)の手渡しもこの大会が最初で、第82回を数える今回の箱根駅伝にも受け継がれた。私自身はテレビで観ることもほとんどないのであるが、その視聴率の高さには毎回おどろく。

箱根駅伝の歴史では、終戦を挟んだ3年間の空白があるという。終戦から71年の年月が流れようとする今、駅伝の消えた初春は遠い昔になりつつあるということか。正月にこうしてスポーツ観戦に興じられる幸せの襷は、忘れずにいたいものだ。

 

1477

 

『漢字の成立ち辞典』(加納喜光さん著)によると、正月の「正」の字は“一”と“止”の組み合わせなのだという。“止”は形から「足」を表し、“一”は目標物を示す符号とか。つまり、「正」は人が目標に向かいまっすぐ歩む姿のイメージなのだという。

今、非正規労働の改善はどうなっているのか。非正規労働は若者や女性に多い。まっすぐ歩こうとする人に、にべもなく「非(あらず)」と告げているようでは情けない。

バブル景気後、日本の多くの企業では、正社員を減らし人件費を削った。そして、低価格競争をした。そのたどり着いた先が、みんなを苦しめるデフレだった。

正月の「正」の字も、途中で書くのを投げ出せば“下”になりかねない。政治家のかけ声だけで終わらぬよう祈る。

 

1478

 

今年は申年(さるどし)である。“サルと人間のちがい”の話はよく訊く。
人間はサルと違い、食物を仲間のところへ運び、一緒に食べるようになったとのことである。ばらばらで食べるサルに対し、人間は“共感力”を発達させ、家族を営み、さらに150人程度の共同体をつくった。

その歩みは、人間が言葉を獲得する以前のコミュニケーションがもたらしたとか。
そして現在でも、言葉以前の交流が大切となる。触覚では、握手や抱き合うことが人間関係に好影響を与えるそうだ。

近年の傾向では、実際に会わずネットだけでつながることが増えている。しかし、人間の身体はまだ新技術に適応してはいないという説もあるようだ。どうやら、人は効率性だけでは生きられない動物のようである。

生身の身体を使いつながれ、との共感では、現代人のペット熱もうなずける。
正月、久々に大勢で食卓を囲み、言葉のいらないつながりに浸った自分にも、また効率に追われる日々が始まっているのであるが。

 

1479

 

1910年(明治43年)夏、夏目漱石さんは療養先の伊豆・修善寺温泉で吐血し、生死の境をさまよい小康を得た。<横に見る世界と竪(たて)に見る天地と異なる事を知る>と、そのときの日記にある。“横に見る世界”とは病床から眺める世間なのか。

バブルの大患を経た日本経済は今、身を“たて”に起こそうとしているのだろうか。“横に見た世界”から学んだものは何だったのか。近江商人の哲学である「三方よし」とは、<売り手よし、買い手よし、世の中よし>の三方だという。金ぴかの80年代後半、“世の中”を視界の外に追いやることで、潤う人は潤い、酔う人は酔った。

<生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉(とんぼ)>とは、漱石さんの病床吟である。
生きて仰ぐ空が以前の金ぴかに戻らぬためにも、“横に見た世界”の記憶を大事にしたい。そのためにも、新年の土台であるこの正月をしっかりと踏み込みたい。

 

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