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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

時間を3倍に使いたければ3つの同時処理をするのが手っ取り早い

 

一挙両得や一石二鳥という言葉がある。1つの事をして2つの利益を得たり、1つの石で2羽の鳥を撃ち落とす、ということで、とても得をした気分になる。

昔「ながら族」という言葉が流行った。ながら族とはラジオや音楽を聴きながら勉強したり、TVを観ながら食事をするというように、別々の事を同時にしながらではないと、集中できない人のことをいう。

この症状を「ながら神経症」と名付けられた。当事は集中できない若者と問題視されていたのが、今では「ながら族」の方が効率のよい頭の使い方をしているという見解や、脳の活性化に良いという説もある。

 

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1日24時間という時間は増やしようがない。しかし、同時に3つのことができるとすれば、時間が3倍に増えたと同じである。訓練次第で、それは十分可能になる。ジャーナリストの竹村健一さんがよく言っていた。

その喩(たと)えとして、出勤前のあわただしい朝の時間も、トイレで新聞を読みながら歯磨きをすればよい、とのことである。ついでに、レトルト食品を温めながらゆで卵を作り、そのお湯をコーヒーなどに使えば、朝食も手短に作れる。

 

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同時にふたつの処理は、ふだんから感覚的に自然とこなしている方がほとんどであろう。

私の場合、同時処理を2つから3つ以上に増やすことには抵抗があった。3つ以上の処理は知恵を一捻りする必要があるようだ。それも、こなせてみるといい気分である。そのためにはそれなりの慣れと妥協が必要なのかもしれないが、複数の同時処理ができると仕事でも大いに役立つ。

しかし、料理の同時処理は、同時に仕上げようという意識が強すぎてうまくいかない。4つも5つも同時にこなしている女性を見ると感動してしまう。忙しいラーメン屋さんなどでも、カウンター席から(同時処理の)見事な調理姿を見るが大好きである。

 

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3つの同時処理には、分散して集中する心得を持つことがコツのように感じている。3つのことすべてに集中するのではなく、流して聴いたり観たりすることが必要だと思う。1つの主役に対して、2つの脇役をどう絡ませるかが問題である。

私はこの1年間で200本以上の映画を観ている。テレビの録画番組も多いが、ひととおり視聴している。映画はレンタルDVDがほとんどで、映画館離れになって久しい。

映画館では同時処理がやりにくいので、かえって落ち着けない。ビールを飲むこともできるが、途中でトイレへ行きにくく、飲みすぎることもできない。それよりもつらいのが、椅子にずっと座っていなければならないことである。かつて、映画は映画館で観るもの、と言い切っていた自分が嘘のようである。

 

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DVDの映画や録り溜めたテレビ番組は、食事、晩酌、読書、PCの作業など、なにかをしているときに、BGMならぬBGVとして観ている。集中しないからこそ数多く観られると思っている。いかに気を抜いて潜在脳に擦り込むかというゲーム感覚での視聴である。

おもしろそうだと判断したものは、寝る前のベッドで二度観をするが、そのときの時間ははるかに効率的になっている。結末やクライマックスから観たり、必要だと思うシーンを好きなようにブツ切りにして観ることもよくある。意識せず観ていても、意外と潜在脳に擦り込まれているものなのである。ときには、うたた寝しながら観ていることもある。

ブログを書くときも、PCに向かって書こうとしたらなにも書けない。通勤の往復で歩きながらiPodで音楽を聴いて、浮かんでくる言葉の断片をボイスレコーダにつぶやく。

電車内では歩くかわりに本を読むことで3つの処理にしている。家にいるときは、呑みながらテレビを観て思い浮かぶ断片を録音している。だいたい、私のブログのネタ元は酔っているときが多いかもしれない。ただ、取捨選択は素面のときでないとできないが。