日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

いつまでもあると思うな金と髪

 

<一生に一度のお買い物です。十二分にご吟味ください・・・>。

広告コピーだ。その商品は、車でも家でもなく白黒テレビだった。

1955年(昭和30年)、販売価格は12万5000円である。
サラリーマンの初任給が9000円の時代だ。まさに、“一生に一度”の覚悟で購入する品物だったようだ。

フラフープ。ダッコちゃん。氷で冷やす冷蔵庫。路面電車。駄菓子屋・・・。
懐かしい風景がいくつも脳裏に浮かぶ。

身元不明の他殺体が見つかったのは東京・国鉄蒲田駅の操車場。
殺害されたのは誰か。松本清張さんの名作『砂の器』のオープニングだ。

被害者はやがて、51歳の元巡査と判明した。そして、<すでに50を過ぎた老人>と書かれていた。

その歳でもう老人? と信じがたいつもりでも、鏡に映るわが身を見て納得しかけることも度々だ。昭和の時代の自分はこんなではなかった。あったのだ! 髪の毛が!!
もっと、フサフサと“ジャマになるほど”に、である。

 

1725

 

新聞の連載が始まったのは1960年(昭和35年)だった。今より平均寿命が15歳ほど短かった頃の小説なのだ。その頃、人は50代で晩年に差しかかるというのが、多くの日本人に共通する感覚だったそうだ。

家の雨漏りには幼い頃の思い出があるという。洗面器を置いて受けるのだが、ピチャピチャと騒々しい。雑巾を、洗面器の中に敷いて雨垂れの音を弱める。

野育ちの人には、その知恵を会得した昔の楽しからざる記憶だが、温室育ちの花には縁のない“生活の知恵”かもしれない。

<家のうち鍋などさげてゆきかへるゆふぐれにきく秋雨の音>。
歌人・三ヶ島葭子(よしこ)さんによる雨漏りの歌である。

葭子さんの異母弟にあたるのが俳優・左卜全さんだという。
平成の世に漂う“いやな感じ”を憂えるには、弟の歌った『老人と子供のポルカ』の方が適切なのか。

<♪ やめてケレ・・・やめてケ~レ ◯◯◯◯>。
今は国内よりも、大統領選挙後のアメリカ国民の心情と合致するのではないだろうか。

 

1726

 

女性にサインを求められた作家・幸田文さんは、署名にひと言、「御多幸を」と書き添えた。そう書いたつもりだったのが、「御多福を」と書き間違えていたそうだ。

大いに気がとがめたとエッセイ『福』にある。
よく気のつく幸田さんにしてそうなのだから、人生に誤字はつき物だろう。

国文学者・池田弥三郎さんは、見知らぬ学生から手紙をもらった。
<見識のない先生に、突然、手紙を差し上げます>との書き出しだった。
もちろん「見識」は、「面識」の間違いである。

<もし人生に第二版があるならば、私は校正をしたい>。
英国の詩人、ジョン・クレアさんは友人へ手紙に書いたという。
残念ながら、“人生とは初版がすべて”のようだ。

人生の部分を昭和に置き換えたらどうだろう。
お金と便利な品々を手に入れながら、繁栄の坂道を登り続けたつもりだったのに、あの時代は遥か高みに輝いて映る。いったいなぜだろう。

 

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