日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

神無月は神在月でもあるのか

 

読書の秋なのに、紙の本を読む機会がめっきり減っている。
今もあるのかどうかわからない。買ったばかりの本を開くと、余分な紙を折り畳んだ不体裁なページに出くわすことがあった。製本の際の切り損ねである。

この裁断ミスのページを“福紙”または“恵比須紙”というらしい。
商品の欠陥部分を指すにしては、とても縁起のいい名前である。

それは、陰暦10月の異名“神無月”に関係があるそうな。
神無月には諸国の神々が出雲大社に集まるが、恵比須さまは赴かず、地元に残る。
旅立たずに残る神。立ち残る神ということで、裁ち残る紙のシャレから生まれた名前とか。

出雲大社に全国の神が集まり一年の事を話し合うため、出雲以外には神がいなくなるというのは、中世以降の後付けなのだという説もある。
出雲地方などでは逆に、旧暦10月に“神在月”を用いるようだ。

 

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1年前の神無月には、おもしろい言葉が新聞紙面に掲載されていた。
“木の葉法”である。なにやら忍術みたいなものを連想してしまった。

「賢い人は葉をどこに隠す? 森のなかに隠す」。
森がなくても手はある。
「1枚の枯れ葉を隠したいと思う者は枯れ木の森をこしらえるだろう」。

英国の作家・チェスタートンの小説『折れた剣』の一節だという。
その“木の葉法”なるものを、政治資金規正法のことに喩えたようだ。

昨年、「日本歯科医師連盟」の元幹部3人が、政治資金規正法違反(虚偽記入、寄付などの)容疑で逮捕された。

法律で決められた上限を超える金額を国会議員の後援会に献金するため、関連団体を利用して“迂回献金”した容疑である。

支援する国会議員に対し、法定の上限を超える寄付をしながら、収支報告書でうその記載をしたというのだ。

上限を超えていないように見せかけるため、一部を別の国会議員の後援会にいったん寄付した形にする、いわゆる“迂回”の手口を使ったらしい。ある意味、これも忍法なのだろうか。

 

1700

 

2004年に自民党・某派へのヤミ献金疑惑が発覚し、政治資金規正法が改正された。
日歯連自身の過去の事件が上限枠を設けるきっかけだった。

自分の手で「政治とカネ」をめぐる不信のタネをまき、生じた法の網をまたかいくぐろうとする。

日歯連は議員1人を誕生させるまでに、4億円もの資金を動かしていたとか。
2013年の参院選前、議員の各地での遊説会場費などに約2億円、会員たちの集会までの旅費に約7800万円などを使ったとされる。

企業・団体献金をなくし、国民の税金を政治資金にあて、クリーンな政治にする。
その前提で生まれたのが政党交付金のはずだった。

そのしくみを改めようという政治の動きはにぶく、寄付の上限枠についても、法改正の当初から“抜け穴だらけ”と指摘されてきた。

“木の葉侍”、“木の葉仙人”と、木の葉には、「威力のない、つまらないもの」という意味合いもあるようだ。政治資金規正法にも“木の葉法”の名がお似合いなのか。