日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

何か大きな忘れ物をしたのか

 

一般家庭にテレビが普及する前は、映画の黄金期であった。
その立役者である黒澤明監督には、数多くのエピソードがある

泥まみれでゴミが散乱する汚い場所の演出。これでいいかと思っても映画に映るときれいに見えてしまう。少なくともその3倍は汚くする必要があったという。

『用心棒』を撮影中に、5人のアメリカ人女性が見学に訪れた。
血まみれの宿場町が舞台のシーンであった。見学の女性たち全員が真っ青になり、1人は気絶しかけたそうだ。体調不良の原因は“におい”であった。

黒澤監督の後日談で、<セットが血だらけで、それににおいつけたんですよ。赤い塗料に重油かなんかまぜてね、いやなにおいがするように。奥方たちが青くなってひっくり返りそうになるわけです>と。

臭いは見えない部分でありカメラには写らない。それでもそこまで神経を使う。
名作はそうして生まれるものなのだろう。

 

1719

 

映画の黄金時代はプロ野球の歴史にも重なる。
昭和20年代から30年代にかけては、松竹ロビンス大映スターズ東映フライヤーズと、映画会社の保有する球団が勝敗を競った。

球団とは、その時代時代に“旬”の業態を映しだす鏡でもある。
地域経済の王者の鉄道会社が次々と姿を消し、遠洋漁業の水産会社も球場を去った。
価格破壊の申し子であったダイエーも、消費不況のなかで退場した。

インターネット商取引の大手企業「楽天」が、パ・リーグへ新規参入したのは今から12年前のこと。当時、参入を競ったのは「ライブドア」であった。

そして、ダイエーホークスの買収に名乗りを上げたのが「ソフトバンク」であった。
上述の水産会社だった球団も今では「DeNA」の名に変わっている。
ともにIT関連の企業であり、旬のありかを示している。

 

1720

 

今の建設現場では、大音量で杭打ち機の音を響かせたりはしないそうだ。
高度成長期の象徴でもあるような“建設の槌音”も、周辺には迷惑以外の何ものでもなかった。

1968年施行の騒音規制法が転機になったという。対策を迫られたのが土木業者たちであった。その結果、現在ではドリル式の杭など、打撃音を伴わない100種以上の工法があるらしい。

杭打ち機がうるさかった時代には、建設現場の技術者は固い地盤に杭が行き着いたかどうか、その音の微妙な変化で判断したという。コンピューターを用いたデータ計測の登場以前の話だ。

横浜の傾いたマンションの問題も、まだ1年前のことである。
複数の担当者による“杭の安定を装うデータ”の使い回しが明るみに出た。

人の耳や足元に伝わる感触までも、この半世紀でデジタルに置き換えられている。
何か大きな忘れ物をしたままで、それが置き去りにされているような気がしてならないのである。