日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

「穏やかな心根」が善意や税金を食い物にする「卑しい心根」に

 

明治の初め、米国の動物学者エドワード・モースは東京の街で、4人の人力車夫がたむろする場所に歩み寄った。自国の辻馬車屋がするように、客を奪い合うかと思えば、しない。
長さの違う麦わらで“くじ”を引き当てた一人がモースを乗せた。
残った3人はいやな顔ひとつせず、モースを見送った。
その姿がモースには、争いを好まない日本人の、「穏やかな心根(こころね)」と映ったとか。

今でいう談合であろう。モースの文章から伝わるのは、日々の乏しい上がりを分かち合う相身互いの貧しさであるが、昨今の談合の主役たちとの違いは明らかだ。

この話は、今から10年前の新聞記事からの抜粋である。そして話は、新潟市発注の公共工事を巡る官製談合事件で、市の幹部職員が逮捕された事件へと続く。
その前年1月施行の“官製談合防止法”に絡み、初めて「官の声」の刑事責任が問われることになった。

設計額を業者に漏らしていたという。
談合は、割高の商品・サービスを税金で買わせる。納税者の懐から幾らかずつ金をかすめ取るに等しい。監視する立場の役人が「麦わら」を握っていては、猫に魚の番をさせているのと変わらない。

談合に限らず、「穏やかな心根」が税金を食い物にして恥じない「卑しい心根」にと、職権の乱用はいつまで続くことだろう。「明治は遠くなりにけり」とモース先生の声が聞こえる。

 

1016

 

10月~12月は「赤い羽根共同募金」の受付期間らしい。思えば、子どもの頃に学校で募金をした記憶がある。
先日、自治会から集金があり募金額500円を支払った。そのときに、“赤い羽根”ひとつと領収証をいただいた。その羽根を手に取り、昔に比べて小さくなったものだと感じた。帰宅した女房に話すと、すぐに捨てているという。

今でも、駅前や街頭での募金もされているのであろう。学校、自治体なども合わせて、長年にわたりシステムがうまく機能しているものだ。
それらの気持ちとお金が、世の中のよいことのために使われているであればよいのだが、今の世ではつい勘ぐってしまう。

ただ、募金はいつもするけれど「赤い羽根の共同募金ってなんのための募金?」という疑問は子どもの頃からある。
募金の目的を知らないまま、言われるがままに支払いをしているのは、不合理な気もする。

そういえば、わが家のご近所さんに、<そういう支払いはいっさいいたしません>というご家庭がある。そういうことを言うと、近所からは変わり者のようにとらえられがちであるが、目的のハッキリとしない500円を<なにも知らないまま払う我々>の方が変わり者かもしれない。

 

1017

 

「寄付」とは<公共事業や社寺などに、金品を贈ること。「―を募る」「被災者に衣類を―する」「―金」>などと、ネットの辞書検索で出てくる。

政治資金問題の浮上で就任一ヶ月半で辞任したばかりの大臣。
観劇会の収支が合わず、後援会が参加費を負担したとなれば、有権者への“寄付”と見なされる恐れがあるそうだ。

この「寄付」は、困った人を誰も助けていないし、支出が収入より数千万円も多いことから噴き出した疑念でもある。観劇会への参加費は“1人1万2千円”と決して安くない。

その前大臣は記者会見で「参加者の全員が支払っているはず」だと述べている。
それなのに勘定はまったく合わない。「私自身、分からないことが多すぎる」そうだ。

寄付という言葉を、疑わねばならぬない世の中は恥ずかしい。
その際、“うちわ”の寄付疑惑で同時に大臣を辞めた人もいる。

 

1018

 

『航空測量、7千万円不正受給 検査院調査、復興予算など』というネットニュースの見出しを今月初めに見つけた。

東京電力福島第一原発事故による<放射性物質の拡散を防ぐための林野庁事業>などで、航空測量大手3社と社団法人が、東日本大震災からの復興予算など、計約7千万円を不正に受給していたとのことである。

<測量に使った航空機のリース料を偽るなど経費を過大に申告>していた、とある。
復興予算を財源に2011~12年度、原発事故で周辺の森林に広がった放射性物質が、
土砂崩れで広がるのを防ぐため調査を実施。航空測量会社に委託し、上空から地上にレーザーを照射して崩れそうな地形がないか調べた。

その際の不正内容として、約1億5千万円を受給した国際航業(東京)は、高額な航空機3機を使用したと報告したが、実際は1機と、その半額程度のもう1機の計2機であった。
約92時間と報告した運航時間も、半分近くは機体の整備時間で、これだけでも約4300万円が過大だった。

こうなると、我々の支払う税金が、まったく使途不明の「寄付金」と化しているようだ。

 

1019

 

『復興支援金8億をオカマバーで不正利用』などというニュース見出しを見かけたのは昨年の春であったが、その後どのようになったのかは曖昧(あいまい)なままである。

岩手県の震災復興予算およそ8億円が、NPO法人「大雪りばあねっと」に食い物にされ、その中の3億円が使途不明、1億円は同法人が代表を兼任しているリース会社との取引に使われ、資金が枯渇すると従業員を解雇し路頭にまよわせていた。

使途が判明している部分も、その使い道は、ベンツのトラック、漁協監視船のエンジンに1700万円、目的のわからない全国への出張、慰問と称したニューハーフショーの舞台経費等と使い放題だったそうである。

ここでも被災地住民のために真っ先に使われるべき復興予算が、泡のように消えてなくなっているわけである。

寄付金のほとんどには募金者への領収証が存在しない。そのため、使われ方は<限りなく不透明に近いグレー>という気がしてならないが、勝手に徴収される税金の使われ方のずさんさは、それ以上かもしれない。

国民の意志に関わらず、不正消失されている税金までもカバーするため、8%だ10%だと消費増税を強要され、日々のやり繰りに苦労させられる納税者とはいったい何なのだろうか。