日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

頭でわかっても違和感がある

 

流行語や新語の意味をわからず困ると感じる人は、7年前の40%から55%に増えているらしい。その割合は加齢とともに高まり、60代では70%近いとのこと。

上の世代がスマホなどからネットで、若者の言葉を頻繁に目にするようになったからなのだろう。

加齢で増えるものに度忘れがある。顔まで浮かぶ有名人の名前が出ないのは日常茶飯事。無理して調べず、思い出すまでの時間をゲーム感覚で楽しんでいる。AIスピーカーに教えを請うこともある。聞き方が上手くいくときは、見事に答えてもらえる。

なんでもネットで調べるクセがつくと、“自分の悩みは自分で引き受ける”という自律心を、育てたりすることができなくなってしまう。

その理屈なのか、難しい「数独」で時間をかけながら解くのが好きである。コンピュータにお願いすれば一瞬で答えを出してくれるが、まずは自分の頭で考える訓練である。

 

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丸紅情報システムズという会社が、「胎児3Dモデル 造形サービス」を行っているという。いったいなんのことかと思えば、妊婦のおなかの中の赤ちゃんを、3Dプリンターで再現するサービスなのだという。

写真撮影だけでもすごいと思っていたが、今ではおなかの中の赤ちゃんを3Dプリンターで再現して、お手元に・・・とのことらしい。

産婦人科医と連携し、出産の記念や、家族へのプレゼントにすることもできる。

再現では、おなかの中の赤ちゃんを超音波で検査する“4Dエコー”の立体的な画像を使う。指をくわえたり、笑ったりする愛らしいしぐさを医師が撮影し、提供同社の最新の3Dプリンターを使い2~3週間でアクリル系樹脂製の置物が完成する。

少子化のこの時代なればこそ、産まれる前からの新たなる商戦が始まるのか。

 

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作家・司馬遼太郎さんは土地を公有にすべしと、1970年代半ばの対談で訴えていたようだ。

不動産に熱を上げる風潮は投機の対象となり、小刻みにした土地をたがいにつかみ合っては投げ合うような時代であった。司馬さんは、後の不動産バブル危機も察知されていたかもしれない。

持ち主が誰か分からない。分かっても連絡が取れない。そんな状態の土地は、九州の面積を超えているとのこと。農地や山林などの値段が下がり、相続しても仕方ないと思われた土地が、登記されず宙に浮いてしまう。

今では、(司馬さんのおっしゃるように)所有者不明の土地を、“公共の目的で使いやすくしたらどうか”との議論も始まったらしいが。

 

和ませることに長けた立役者

 

急速な戦後復興を続ける日本を、アメリカは“驚き"の目でみたという。やがてそれは“警戒"、“脅威"へと変わっていった。

日本製品流入は目を見張るものがあった。ナショナル(現パナソニック)、ソニー、東芝などの電化製品。トヨタ、日産、ホンダなどの自動車もどんどん目にするようになる。

1950年代後半から日本は高度成長を続け、「いざなぎ景気」の中で60年代後半には西ドイツ(当時)を抜き、アメリカに次ぐ世界第2の経済大国となった。

当時、日本は外貨不足のため、好景気が続くと輸入が増え外貨が尽きてしまう。それを避けるため、高度成長下でも金融を引き締めて、作為的に景気減速局面を作り出す必要があった。反面、ほどよいところで金融を緩めると、労働力や貯蓄、技術力がある日本経済は敏感に反応し、すぐ好況に反転した。なんという余裕であろうか。

 

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<日本に 長寿はあるが 老後なし>(猫 猫 山さん)。よみうり川柳の投稿作品にあった。今の日本の“余裕の無さ"を言い当てている。

スポーツの世界にピーキングという言葉がある。本番で調子がピークに達するように調整することである。若々しい体質の日本経済は、マクロ経済政策がうまく効いていた。日本はあらゆるところで元気があった。

幇間は「たいこもち」とも称される。踊りや客との軽妙なおしゃべりで宴席を和ませる男性の芸者である。滑稽でしゃれた座敷芸を披露して、女性の芸者とともに出向き、芸や会話で客との“間"を“幇助"するのが役目なのだ。今やその数は少なくなっている。

<我々は出過ぎてもいけないし、くどすぎてもいけない。お客さまが心地よいと感じる加減が大切。芸は、洒脱でないといけません>とのこと。

良き時代には、日本の財政会にも“和ませることに長けた立役者"が多くいたはず。

 

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1年前の今頃、北朝鮮のミサイル問題があらゆるメディアで報道されていた。今はほとんど聞かれない。韓国の文在寅大統領は“和ませることに長けた立役者"なのだろう。

ミサイル騒ぎと同時期に、また「年金の支給漏れ」が明らかになった。その規模は過去最大の10万人分で、支給漏れの総額は598億円にものぼる。

ピークの日本では“今の多くの高齢者たち"が若者だった。給料から天引きの年金も今と比べ物にならない金額が集まったはず。莫大な“それ"の使われ方は不透明で、当時もまともな計算ができていたのかどうか疑問である。

日本年金機構(東京)の対応も、過去からつながる怠惰な体質を思わせる。設けた相談受け付けの専用ダイヤルに、初日から4万9790件の着信があったが、対応の電話器はたったの10台だった。実際に電話がつながったのは591件だけ。

4日間で9万件を超える電話が殺到したが、できた対応は5千件。危機意識も甘く、電話料金さえも国民払いだ。

この国をきちんと仕切れる、(まともな)政治家の登場を、切に願うばかりである。

 

枷という名のおいしい隠し味

 

ロケット博士・糸川英夫さんはシステムを称して、米国の人気テレビドラマ『スパイ大作戦』のようなものと著書に書いた。スペシャリストチームが、数々の難関をクリアする物語だ。

昔から、少年たちのヒーローは完全無欠ではない。<いかなる困難、危険も越えて少年ジェットは今日も行く>。月光仮面の少しあと、テレビドラマにあったナレーションである。

ウルトラマンが戦える制限時間は3分。スーパーマンは苦手な鉛(なまり)を利用され、悪者たちに苦しめられる。多くの枷の中でもがいて勝ち取るから、視聴者たちは手に汗を握る。

フジテレビの“月9ドラマ" の代表格といえる『東京ラブストーリー』が再放送をされ、録画して観ている。1991年に放送。平均視聴率は22.9%。最終回には32.9%の視聴率を稼いだ。

今となにかがちがう。まず感じたのは、若者たちがスマホを持っていないこと。“携帯電話が存在しない時代”なればこその枷(かせ)がとてもおもしろい。

 

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デートの待ち合わせ場所へ向かうカップル。間に合わない事情が生じる。しかし、そのことを連絡できない。なぜならば、携帯もLINEもメールもない時代だから。今ならお互いの外出先からかんたんに連絡がとれる。携帯電話がないからこその重要な枷も、今はまったく役に立たない。

<惚れ合った男女がかんたんに結びつかず、いくつもの困難や枷を乗り越えていく。観客だけがおたがいの気持ちをわかっているが、当のカップルは鈍感すぎて(観客は)嘆く。「さっさとなんとかしろ」と躍起になるが、カップルの誤解、ケンカ、恋敵の出現などで思うように物語が進まない>。

恋愛ものはとくに“すれ違い”のハラハラドキドキが視聴者を釘付けにする。元々、メロドラマは、音楽の伴奏が入る娯楽的な大衆演劇であったが、感傷的な内容や衝撃的な内容のドラマがそう呼ばれるようになってきた。

 

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有名な『冬のソナタ』では携帯電話が存在していた。それでも“すれ違い”の場面はものすごく多かった。交通事故、記憶喪失、意図的な精神科治療、記憶の植え替えなどと、作品作りでタブーとされる偶然の連続もあるのだが、枷の使い方がとてもおもしろかった。

隠された過去として、出生の秘密や“親の代”の人間関係、そして家柄など。限りなくヒロインを愛する恋敵(こいがたき)の使い方もうまく、枷のオンパレードであった。

半沢直樹水戸黄門などの“勧善懲悪モノ”では、はらわたが煮えくり返るような悪党が必要不可欠である。その中でも、時間的な枷、状況的な枷、精神的な枷などの使い方がドラマの味を生かしている。

ドラマだけではなく、どんなジャンルにも枷が必要だと感じる。現実の社会も、枷があるから自分を奮い立たせ、伸ばせるることができているのではないだろうか。それは自分の体験でもあるのだが・・・。

 

気になる話を集めてつなげば

 

<気に食わぬ奴を寄せつけないでおく便宜の一部を放棄せざるを得ぬ悪魔の発明品>。なんだか小難しいが、“電話”の説明らしい。ブラックユーモア溢れる解釈で、様々な言葉を定義したA・ビアスの『悪魔の辞典』にある。

もし、LINEの既読スルーで右往左往する現代人を見たら、ビアスさんはなんと表するだろう。

使用頻度が激減している国語辞典も見ようによっては楽しめる。“役人”と“厄難”。二つの言葉が並んでいると、またなにか発覚したか? と気を回し、“識見”の隣に“失言”を見れば、総理&副総理の“ダブルAコンビ”の顔が浮かぶ。

<今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私はしたいだろうか?>。私がとても気になる言葉だ。

米アップル創業者・スティーブ・ジョブズさんが、2005年にスタンフォード大の卒業式で行ったスピーチだという。ジョブズさんは33年間、毎朝、鏡に映る自分にそう問いかけていた。『違う』という答えが何日も続くと、何かを変えなければならないと気付く。

 

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<人生の時間は限られています。他人の意見に惑わされず、自分の心と直感に従う勇気を持ってください>。スピーチの当時、ジョブズさんはがんで闘病中であり、その6年後に56歳で亡くなった。

とぼけた人の話も好きである。今は亡きマンボウ博士・北杜夫さんと狐狸庵先生こと遠藤周作さん。お二人は、たいへん仲が良かった。

ある日、マンボウさんが狐狸庵さんへの不平をつぶやく随筆を、雑誌に載せた。マンボウさんの入院中に狐狸庵さんからもらった見舞品は、マロン(栗)10個だった。それなのに、孤狸庵さんは友人らにメロン10個を持参したと触れ回っている、のだと。

随筆には随筆で対抗するのが狐狸庵先生。<私は多少、発音を正確にする男である。かつて英語を習ったとき、トマトのマは「ムエ」と発音すべしと教えられたのを実践したまでである>。マロンなら「ムエ(メ)ロン」と発声することになる・・・という理屈だ。

 

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1年前、<ハチの一刺し、電車ストップ…車掌が被害>という記事の見出しに思わず反応した。

「ハチのひと刺し」といえば、1981年の流行語であり、国中を大騒ぎさせた事件関連である。ロッキード裁判で元首相秘書、榎本敏夫被告の夫人だった榎本三恵子さんが、田中元首相の5億円受領を裏附ける証言を、“丸紅からの5億円受領を榎本被告は認めていた”と発言。この証言で田中被告は決定的に不利になったのである。

昨年の“ハチのひと刺し”は、愛知県のJR飯田線新城駅で、新城発豊橋行き普通電車の男性車掌(当時23歳)が、発車前の車内点検中にスズメバチに左手親指刺され、手がしびれる症状が出たという。

この電車の運転は取りやめ、乗客約50人には約30分後の後続電車を利用するよう案内した。こちらの“ひと刺し”は大事にいたらなかったが、見出しには恐れ入った。

 

器を替えてヒットした飲み物

 

この夏、家ではビールをまったく飲んでいない。外では相手もいるため、“とりあえず”の生ビールを1~2杯飲む程度。

2017年の国内ビール販売数量で、主力ビールの「スーパードライ」(アサヒビール)は前年比2.1%減の9794万ケースだった。1億ケースを割り込むのは29年ぶりとのこと。発売3年目の1989年に1億ケースを突破して以降、毎年1億ケース超を売り上げていた。

総務省の調査では、2017年に2人以上の世帯がビールに支出した額は平均1万1213円で、前年を516円上回ったそうだ。支出額は08年から9年連続で減少していたという。

2017年は酒の安売り規制が強化されて、ビールの値上げが相次いだ。発泡酒や第3のビールを含めたビール類の出荷量は、1992年の統計開始以来の最低値を、昨年まで13年連続で更新している。

 

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<消費者は節約するだけではなく、価値あるものに支出する傾向がある>という。アルコール度が高い酎ハイやサワーは若者に人気である。ジュースのようなアルコール飲料や、ウォッカ使用の「チューハイ」も売れている。私自身も、ビールよりもお得感があり、ビールに見向きしない。

一方、ウイスキー市場は順調に伸びている。1983年をピークに減少傾向であった国内のウイスキー出荷量は、ハイボールブームもあり2009年から増加に転じている。17年の出荷量は08年の2倍以上に拡大した。

ただ、ウイスキーの国内需要が年々高まり、国産の品薄感は一層強まっている。原酒の熟成には少なくとも数年かかるため、代わりに輸入品の拡大を図る動きも出ている。

 

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ペットボトルコーヒーの人気がおもしろい。サントリー食品インターナショナルが昨年4月に発売した「クラフトボス」がけん引役で、発売から1年で累計販売数量3億6000万本以上を突破する大ヒット。

短い休憩時間、リフレッシュでコーヒーを1缶、というイメージであったが、消費者の生活習慣の変化で、長時間かけて飲む“ちびだら飲み”をできるのがウケた。夏季にもよく売れた。

2018年春には、ほかの飲料大手メーカーも、ペットボトルコーヒーの新製品を続々と発表。

飲料メーカーの缶コーヒーは飲料全体の25%(金額ベース)を占める大型商品だった。各社が著名ブランドを抱え、ほかの飲料に比べて単価が高く、利益を生む「稼ぎ頭」だ。

その地位も足元で揺らぎ、コンビニなど100円程度の低価格で“いれたてコーヒー”が発売された。

メーカー各社は対抗してボトル缶に力を入れた。“味”と“蓋を閉められる”ことで支持を集めたが、ショート缶をはるかに上回る原価で利益率を大きく下げた。

スタイリッシュな印象のペットボトルが、若年・女性層のニーズをつかんだこともブームの要因であった。

イデアを絞り出し庶民的なヒット商品を生み出す飲料メーカーに対し、ひたすらに増税だけしか能のない政府。ビール離れの責任など、なにも考えておられないことだろう。

 

岡林信康さんの原点は賛美歌

 
岡林信康さんというアーティストにカリスマ性を強く感じた時期がある。岡林信康さんの実家は教会で、牧師を目指していた。同志社大学神学部のときにはボクシングを経験。数試合の勝ち負けで、すべてがKOだという。

社会の不合理や社会主義運動に身を投じ、東京・山谷地域の教会へ知己を頼り牧師を訪ねた。現実を見るように、と山谷へ放り込まれた。『山谷ブルース』誕生のきっかけでもあった。

学生運動が激しくなり、学生や若者たちが反戦フォークゲリラ集会を行った。その定番曲として岡林さんの『友よ』が使われ、「フォークの神様」になった。ギターで歌う岡林さんの写真を見て、イエス・キリストのように思うこともあった。

岡林さんから影響を受けたアーティストは泉谷しげるさん、松山千春さん、山下達郎さん等。皮肉をこめた反戦歌を歌う者たちへ、(ディランズ・チルドレンのもじりで)岡林チルドレンともいわれた。高田渡さん、加川良さんは岡林さんのコンサートに帯同したためそう思われたが、高田さんは反発した。

音楽誌「新譜ジャーナル」で、歯に衣着せぬ評論家・中村とうようさんと、激しい紙上論争を繰り広げた。

 

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京都府綾部市の過疎村に居を移し、4年間の農耕生活を経たある日、岡林さんは演歌にめざめた。幼い頃から賛美歌と流行歌で育ったことを思い出した。

1975年、演歌路線の新アルバム『うつし絵』を発表。美空ひばりさんとの縁もでき、アルバム内の『月の夜汽車』と『風の流れに』は、ひばりさんもシングルカットしている。

復活コンサートが中野サンプラザで行われた。コンサート当日の開演前、私はサンプラザの喫茶室に友人といた。私のうしろの席に岡林さんともう一人の方が座っていることを、友人が小声で教えてくれた。

さりげなく振り返ると、背中合わせの岡林さんはビールを飲みながら頭を抱えていた。4年ぶりのコンサートを前に緊張していた。岡林さんとご一緒の方はギターの共演者、木村好夫さんだった。

ジャズギター界出身で、演歌や歌謡曲に転向された方だ。テレビでは石原裕次郎さんのバックで、ギター一本の伴奏をしたり、作曲のヒット作もある。すばらしいギターの音色を奏でる。

 

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ステージの幕が上がる少し前、私たちの少し前の席一角が続々と埋まった。年配の女性たちが多く着物姿の方もいる。客席にはミュージシャン、音楽関係の方もいた。

ステージが始まり、懐かしい曲をいくつか歌った岡林さんも緊張がほぐれて、得意のトークが冴え渡った。新アルバムの話、ひばりさんとの馴れ初めや、ジョークで軽い悪口も。

そのとき、客席から本家本元の美空ひばりさんが立ち上がりステージへ登場した。ひばりさんは、岡林さんとの楽しいおしゃべりをして、(岡林さんの作った)新曲を熱唱してくれた。その迫力はすごかった。

18世紀後半に作られ、世界中で慕われ愛唱されている曲に、讃美歌の『アメイジング・グレイス』がある。

岡林さんには、メッセージソング『友よ』や『山谷ブルース』もあれば、部落問題をモチーフにした『チューリップのアップリケ』、『手紙』がある。

今では伝説的なバンド「はっぴいえんど」をバックに、ロックへとアレンジされた『私たちの望むものは』、『自由への長い旅』などの名曲もある。演歌曲『月の夜汽車』を今聴いても、『アメイジング・グレイス』に通じるものがある。

岡林信康さんのどの曲にも、賛美歌のエッセンスがあるような気がして聴いてしまうのだ。

 

「普通の割合」で得られること

 

おもしろい人と話したりおもしろい話を聞くと、人生で得した気分になれる。一対一が対談、3人だと鼎談(ていだん)。では4人以上は・・・となれば“座談会"らしい。

原始時代には、スペシャリストもいなかったし、個人主義など発生する余地もなかった。文字が発明され、特に印刷技術の発明以後は、文字を知っているものだけが、より多くの情報を独占できたらしい。

言語や印刷メディアでは、それが思考パターンに課す論理のとりこになることにもなる。印刷技術の結果、人間は「目の文化」ばかりを発展させたが、原始時代の方がよほど五感平均にバランスしていたという。

 

2205

 

プリント・メディアは“ホット"であるのに対し、スピーチ(演説)などは昔から“クール"なメディアであった。それは、<与えられる情報が少なく、聴衆によって補う部分が大変多かった>からである。

また、論理的に書かれた本を読むとき、黙っていても多くを与えられるが、チカチカしたり、ボヤケたりするテレビのスクリーンから、(ぼんやりしていては)得るものが少ない。

時が流れ、インターネットでかんたんに“情報が得られること"を手に入れたが、それでも自分にとって必要な情報をネットだけでは得られない。検索方法が稚拙な場合もあるが、欲しい情報にたどり着けても内容が浅かったりする。

インターネットが一般化する前から、私はパソコンでネットを利用し、仕事や趣味で活かしていた。あのとき、書物やテレビとはちがう情報を先取りできたが、今はだれでもスマホでかんたんにそれができて、めずらしさは失せている。

 

2206

 

2対6対2という比率があるという。例えば、ある企業の社員を分類すると、優秀な者が2割、そうでない者が2割。あとの6割は普通、といった具合だ。多くの組織にあてはまるとされる。

神輿(みこし)を担ぐとき、必死なのは2割、別の2割は棒にぶら下がっているなどともいわれる。もし、普通の割合が減って、集団が二極化するとなれば不安定で、神輿は倒れてしまいそうだ。

普通が6割の塊で存在することに意味がある・・・のだと。

「さ」の1字を「か」に替えてみると、何をするにも遅すぎることはなくなる。「今さら」と思うのをやめて「今から」やればいいのだから。

過去・現在・未来。言葉だけでは3つあるが、人はだれでも常に「今」という現在地点の上に存在しているだけである。

「今から」始める機会は無数にありそうだが、「か」を「な」に替えてみて「今なら」にすると印象が変わる。この機を逃せば手遅れになりかねない、とも思えてくるからだ。

「一番の近道は遠回り」だと、イチロー選手も言っていた。<近道しようとしていたらたどり着けないこと>って、案外多いのである。最近それをよく実感している。

 

知能犯の様に単調ではない雨

 

子どものしつけで言われる<好き嫌いはいけません>。いくつもの栄養素をくまなく摂取しないと、からだによくない。

脳も同じで“雑食”を好むらしい。色々なことをバランスよく経験すると、健康が保たれる。また、左右の脳が釣り合いよく使われることで、脳を疲れさせない。偏食はだめで、単調な使い方だと脳は弱くなってしまうのだ。

「話のネタ」などの“ネタ”という言葉。“種(たね)”の倒語で読みは逆さまだが、“材料”や“もとになるもの”という意味はそのままのようだ。

それにしても例の組織の連中は、脳を満遍なく使いネタも尽きない。

昨秋、“オレオレ詐欺”の電話を一度は見破った(埼玉県春日部市の)女性(83)が詐欺の電話に気づいて、だまされたふりをしてもらうように仕向ける(新たな手口の)「だまされたふり作戦」が行われた。

 

2203

 

おいを名乗る男から女性宅に「車の事故に遭った」との電話が入った。女性は本人と連絡を取り、詐欺だと気づいた。とても冷静沈着な判断でお手柄である。

そこへ、警察官を名乗る男から電話が入り、女性は詐欺の電話があったと伝えた。警察官という男は「それは詐欺です。お金を取りに来る犯人を捕まえるので100万円を渡してください」と要請したという。

女性はだまされたふりをして自宅前に現れたスーツ姿の男に100万円入りの封筒を渡した。すかさず、「犯人を逮捕しました。お金を返します」との警察官の男から電話を受けた。

その後、いつまでたっても連絡が入らず、女性は現金100万円をだまし取られたことを悟った。通報を受けた警察署では、“だまされたふり作戦”の場合、通常は模造紙幣を使ってもらう・・・とのことであった。

 

2204

 

今は、一筋縄ではいかないような騙し方が多いような気がする。それは、天候についてもいえる。

蝉の声がやみ、青空がにわかに曇り、水煙を立てて雨が滝のように落ちる。でも、2、30分もすればからりと晴れ、蝉がまた夕日に鳴き出す。そういう昔ながらの夕立が明治の末年から姿を消したと、劇作家・岡本綺堂さんは随筆に書いていた。

このところの降れば豪雨の降りっぷりを見るにつけ、雨の具合はどうもおかしい。海から蒸発した水蒸気が雨となって降る自然界は、巨大な蒸留装置でもある。

地球の温暖化で海面からの蒸発量である雨のネタ(材料)が増えたことで、蒸留装置に変調をきたしたとも考えられそうだ。

18世紀の半ばから地球の温暖化が始まり、20世紀の初め(明治の末期)は大気中の二酸化炭素濃度が急カーブで上昇しはじめた時期だった。

記録的な大雨は「数十年に1度の異常気象」だった、などの表現がある。それは“数十年周期で降る雨”ということではなく、“起こりそうなこと”を数字で飾りに示しているだけ。

この数年も、“50年に1度”の大雨警報が何回か出ているはずだ。「起こりそうなこと」と「確率」は別物で、今は巧妙な手口の災害が何度も起こりやすい状態でもある。

 

ヒマな時間と未来の時刻表は

 

古今東西、世の中にはすごい人がいる。

SF作家・星新一さんの父、(実業家の)一さんはアメリカで発明王エジソンに会った。大正時代である。野口英世博士の紹介という。

<利益よりも、私は人類のために新しい富、新しい道具、新しい産業を創造しようとして働いている>。エジソンは、熱く語った。そして帰り際に、エジソンが自分の写真にサインをして、<成功しない人があるとすれば、それは努力と思考をおこたるからである>と書いて渡した。

「谷川がダイヤモンドなら、私は石ころです」。ベテランの芹沢博文九段が伝説の名棋士升田幸三さんに嘆いた。将棋の谷川浩司九段が21歳で名人位に就いた頃だ。

<バカを言うな。石ころには、いいのもある。お前はコンクリのかけらだ>。升田さんの雷が落ちた。

最高位・九段で超一流の棋士でさえコンクリ呼ばわりされる。“天才”や“神童”のひしめく恐ろしい世界である。将棋界とは・・・。

 

2201

 

税関に勤めながら仕事の合間に描いていた“日曜画家”の彼は、40歳をすぎて画壇にデビューした。アンリ・ルソーである。酷評ばかりが待ち受けていた。近代美術史に異彩を放つ存在になることを、夢にも批評家たちは思わなかった。

「人物をなぐり描きで描こうとした十歳の子供の作品だ」との評すら投げかけられた。

見るたび引き込まれるルソーの奔放さは日曜画家ゆえに生まれた。そのことに気付く者はほとんどいなかったのだ。

消費者の自由な時間を奪い合う時代になると、将来を予想したのは任天堂の社長だった故・岩田聡さんである。

生まれながらのゲーマーで、開発者でもあった岩田さんは、かなり前から、“可処分時間”という発想で経営を語っていた。

友だちとの旅行や恋人とのデート。また、家族と過ごす時間など。これらが手ごわい“競争相手”になると認識していた。

<ヒマな時間 どう過ごす?>。もっと魅力的な商品を作ろう、という趣旨の源がこれであった。

 

2202

 

<昭和28年4月、東京大学文学部入学>。まずはここから始まった。作家・井上ひさしさんは高校時代、自分の未来を時刻表に綴ったらしい。

そして、<習作として書いた脚本が木下恵介監督に認められ、映画化される。イタリア留学から戻って映画会社に入社、ただちに監督となる>。まだまだ続く。<昭和36年、若尾文子さんと結婚。新居を数寄屋橋に構える>のだと。

時刻表は1行目の進学でつまずき、書き直しを余儀なくされた。

19歳で『花ざかりの森』を刊行した三島由紀夫さんのような早咲きの名花もあれば、『西郷札』で42歳の時、世に出た松本清張さんのような遅咲きの大輪もある。

青春とはいつの世も、“元気はつらつ”と“しょげかえる時”の狭間で、時刻表を書いては消し、消しては書く作業をしているようなもの。

ちなみに、青春には年齢制限もいらないはずだ。

 

現金を隠して金を使わせる法

 

“値上げはぜんぜん考えぬ”で始まる。フォーク歌手・高田渡さんの曲『値上げ』である。今、ユーチューブで懐かしく聴いていた。“当分値上げはありえない 極力値上げはおさえたい”。お得意の高田節で、言葉尻が徐々に変わり始める。

高度成長期にて、公共料金の値上げを見事に皮肉る。歌の締めはこうだ。“値上げもやむを得ぬ 値上げにふみきろう”。

悩んだふりをして、結局は値上げするお偉いさんへの批判だろうが、この時代はまだ悠長であった。今の政府は今から<来年こそ消費税を上げるから覚悟しておけ>くらいな脅し口調である。

働く人はもらえる予定の賃金で買い物をし、請求は雇用者へ行き、給与から天引きされる。昨秋、福岡市が“前借り特区”を検討して話題になった。

<若者にニーズがある>と市は見ているようだ。労働の収入が翌月払いになる現金社会を変えたい、との思いだ。

 

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毎日働いた分の賃金がスマホのアプリに表示されて、給料日前でも買い物や食事に使えるようにする規制緩和策を福岡市が提案し、国と協議を続けているとのこと。

福岡市が提案した規制緩和案は、すでに労働を提供しているのに“前借り”というのはおかしい。労働者にとって不利な“翌月払い”という形が当たり前となっている現状に、切り込む狙いらしい。

具体的には、働いた分の賃金(税や社会保険料などを除いた手取り額)が、即日にスマホのアプリへ表示され貯まっていく。

労働者はアプリに表示された“残高”の範囲内で、スマホ決済にて買い物や飲食店での食事ができる。雇用者は労働者が使った額を店舗に支払い、残った金額(手取り額)を給料日に支給する。

現行法では賃金の電子マネーによる賃金支払いを認めていないため、規制緩和を提案・・・とのことである。

 

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数日前の記事では、大手銀行が現金を使わない「キャッシュレス決済」サービスの開発を急いでいる、とあった。

11月から、りそなグループはクレジットカードや電子マネー、QRコードの支払いなどに対応した読み取り端末を無償で貸し出す方針である。

電子マネースマホ決済では、IT(情報技術)や小売りなど異業種に先を越されているため、巻き返しを図りたいのであろう。

スーパー、コンビニや鉄道会社のほか、無料通信アプリ大手“LINE”など新興企業が、電子マネースマホの決済アプリを次々と開発している。ネット通販大手の米アマゾン・ドット・コムも8月末、日本でスマホ決済サービスを始めた。

“非金融業”の台頭が目立つ日本のキャッシュレス決済サービスで、出遅れた大手銀行は店舗や決済事業者向けの決済インフラなども手がけ、差別化を図りたいとのことだ。

ずっと前からキャッシュレス化を実施した私も、今の現金離れの動きがちぐはぐで、なにか裏があるような気がしてならない。どこかでだれかが利益を得るようなことがなければいいが・・・。