日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

紙で読んでいた本と新聞たち

 

「春隣」という語は、俳句で冬の季語になるとのこと。大寒を過ぎ、立春を迎える直前のころらしい。ちょうど今の時期を指すようだ。「夜明け前がいちばん暗く、春の手前がいちばん寒い」と。なにかで読んだ記憶がある。

<ほんとうに字引きを読む人は、字そのもの、語そのものが面白くて、読むのである>。芥川龍之介さんの随筆『辞書を読む』にあった。

それは...いわば、植物学者が温室へはいったような心もちで、字引きの中を散歩すると思えば間違いない・・・のだとも。そうして珍しい語に逢着(ほうちゃく)すると、子どもが見たことのない花を見つけでもしたように嬉しがる、という。

 

 

<ほんはほんとうは しろいかみのままでいたかった もっとほんとのことをいうと みどりのはのしげるきのままでいたかった>。

谷川俊太郎さんの詩集『すき』にある『ほん』という詩である。そのエンディングに、<ほんはほんでいることが ほんのすこしうれしくなった>とある。

もう本にされてしまったのだから過去は忘れようと、わが身に印刷された活字を読んでみたことで、本とは人の気持ちを伝えるもの・・・ということを知った。

 

 

一昨年、ニュースをインターネットで読む人の割合が、新聞の朝刊を初めて上回ったという。ネットは71.4%、朝刊68.5%で、差は3%弱だった。そのときは新聞も善戦しているではないか、との感想であった。でも、今はもっと差が開いていることだろうが。

作家・向田邦子さんの随筆『新聞紙』で、新聞は3つに大別できるとあった。

配達されて、まだ読んでいないもの。ざっと目を通しただけで、すぐ手を伸ばせるところに置いておくもの。これらはシンブンである。それも日付が変わると、新聞は“新聞紙(シ)”になり、1週間も過ぎればば“シンブンガミ”になってしまう。

紙の“シンブンガミ”は案外お世話になっている。折りたたんで野菜を包んだり、換気扇の掃除などで重宝しているのだ。さて、ネットの中の“シンブンガミ”はどうなっているのか。

 

寒さで養えるのは集中力か?

 

本日は“大寒”らしい。日付としては今月6日の“小寒”から、来月3日の“節分”までの寒の内のちょうど半ばにあたる。

武術などの鍛錬をめざす“寒稽古”や神仏に詣でる“寒参り”。“寒垢離(かんごり)”は寒中に水をかぶって神仏に祈る修行だという。昔はお金をもらって代行する人もいたらしいが。

商売は厳しいという教えで、<寒垢離屋が商売は冷たい>との古いことわざもあるようだ。長唄や三味線の稽古では寒復習というのがあり“かんざらい”と読むそうな。寒中に声をからし、指を凍えさせての練習が上達の常道なのである。

寒中の試練が厳しいほど豊かな実りがもたらされるという。寒さの中では集中力も養えるような気がする。そういえば、大学入試センター試験もまさにこの時期である。

 

 

寒い時期にヒントが浮かんだかどうかはわからない。目に映った光景を撮影できるカメラ付きの双眼鏡やレンズ内蔵でカメラにもなる小型ラジオなど、半世紀前には日本にアイデア商品が登場した。

しかし、複数の機能を組み合わせた製品は、それぞれの機能が十分でないためにヒットしなかった。その後も、ビデオデッキと一体化されたテレビも発売されたがパッとせず、「複合商品は売れない」というジンクスができた。

デジタル技術が全盛になると、その説は覆されることになる。スマートフォン(スマホ)は高画質の写真を撮れ、ラジオやテレビ放送を視聴できて音楽も聴ける。デジタルの力がそれぞれの機能を中途半端にせず、大いに伸ばしているようだ。

 

 

なんでもできる優秀な複合商品も、手放しで喜んでいられないようだ。スマホはそばにあるだけで注意力が散漫になるらしい。北海道大学での実験結果がそのことを裏付けている。

2組に分けた40人の大学生に、パソコンで課題の作業をさせたという。片方は電源を切ったスマホを目の前に置き、別のチームはスマホではなくメモ帳を置いた。

その結果、スマホを置いた組の方が、メモ帳組より作業に1.2倍ほど時間がかかったという。その要因は、画面に触れなくても、視界に入るだけでスマホへ意識が向かってしまったから・・・とのことだ。

寒さ暑さに関わらず、スマホは見えるところになくても、ポケットにあるだけで気になる存在にもなるらしい。

 

過去の最高と最低を連続更新

 

毎年この時期になると、前年の集計を元にした記事が新聞に載る。3119万1900人。2018年の訪日客数は3000万人を初めて突破したという。初めて1000万人を突破した2013年から5年間で約3倍に増えた。

2018年に日本を訪れた外国人が国内で使った金額・・・といえば、4兆5064億円。こちらも過去最高ではあるが、訪日客1人当たりの消費額は近年で低迷している。

中国などの訪日客が大量に家電製品や日用品などを購入する“爆買い”が注目された2015年、1人当たりの消費額は約17万6000円だったが、2018年には15万3000円。

ちなみに政府が掲げる目標が、2020年の訪日客は4000万人、その消費額として8兆円とのこと。現状でアジアの国や地域などからの訪日客が大半を占めているため、欧米などからの誘客を強化したいようだ。

 

 

14年連続で過去最低を更新中なのはビール類の出荷量である。2018年は、前年比2.5%減の3億9390万ケース(1ケース=大瓶20本換算)。

低価格の第3のビールは3.7%増の1億4983万ケースだったが、ビールが5.2%減の1億9391万ケースで発泡酒も8.8%減の5015万ケースだった。課税出荷数量でピーク時の1994年に比べて3割も減っている。

酒類メーカーの苦労も無視して、国が安易に税率を操作することが、ビール離れの一因であることは明らかである。“税”とくれば、大嫌いな与党議員の顔が脳裏に浮かんできそうになる。

<市民のみなさまと市役所を直接結びつけるのが仕事です>。こんな表示を掲げたのは黒澤明監督の名作『生きる』であった。市役所の市民課が舞台で、住民が窓口を訪れて、「公園を造ってほしい」と訴えても、他のいくつもの課にたらい回しするだけ。

現実の役所でそんなことはないだろうが、“お役所仕事”のイメージはあまりよろしくなさそうだ。

 

 

志村喬さんが扮する課長は、機械のようにひたすら書類にはんこを押していた。映画では、胃がんで死期が近いことを知った課長が、生きた証しを残そうと公園造りに邁進する。

黒澤監督のすごいところは、主人公が活き活きと仕事を全うし始めるところの次のシーンで、本人の通夜の場面へと切り替わる構成だ。

(余談であるが)大正時代末期、大阪の洋食店パンヤの食堂」(現「北極星」)で、胃の具合の悪い常連客が毎回オムレツとご飯を注文していたのを見かねた店主。トマトケチャップで炒めた具入りのご飯を卵で包み出した。オムレツとライスだからオムライスと名付けられ、瞬く間に人気メニューとなった。

オムライスは、れっきとした日本発祥の創作料理なのだ。『生きる』の課長さんもオムライスを食べたのだろうか。

映画では、通夜の席で課長のそれぞれの想いとエピソードで、その人を偲んだ部下たち。生まれ変わったつもりで仕事をしようと誓い合った。

もっとも一夜明ければ、「われ関せず」のお役所仕事に逆戻りである。

 

言葉にならないところの表現

 

食べ物を見つけ出したり敵の動きの推測などと、生存に欠かせなかった嗅覚。今では豊かな暮らしでの役割が大きい。

香りと結びつくものごとはいくつもあるだろう。新鮮で冷たい空気の正月にも、おせち料理や雑煮、初詣のお寺、書き初めの墨などといくつもの匂いがあった。

人間の鼻には約400種もの匂い検知器があるそうだ。対して、食べ物や花が放つ香りも多数の成分を含む。そして、微量の成分の違いが香りを複雑に変化させるという。

かつての流行歌『シクラメンのかほり』を聴いたとき、シクラメンの花の香りが充満している光景を頭の中に浮かべたが、国内で流通している一般的なシクラメンには“香りがない”というのが現実であった。

匂いのニュアンスを言い表すのはむずかしい。それでも、子どもは生活の中で多様な匂いを体感して育つ。今は冬の香りをじっくりと楽しみたいものだ。

 

 

以前、プロ野球DeNAの主砲・筒香選手が、野球人口減に危機感を持つという記事を読んだが、それも嗅覚のように感じた。

2010年に約1万5000だった少年野球チームが、6年後には約1万2000まで減った。「野球人口がなぜ減っているのか」。それをわかりやすく論じていた。

まずは勝利至上主義で楽しそうに野球をやっていないこと。子どもたちは指導者の顔色を見ながらプレーしていることに憂いている。

強豪チームほど結果が優先されて、勝つための練習量が増え、(ケガで)未来がつぶれてしまった子どもたちもいる。

“負ければ終わり”というトーナメント方式で、多くの大会が運営されることにも危機感を抱く。少子化が進み、中学生以下の競技人口は大幅に減少。球界全体で問題意識を共有するべき・・・とも訴えていた。

 

 

雪との縁が深い地方では、言葉が寒暖計の代わりになる時代もあったという。魚沼地方の方言で、“穏やかに寒い状態”のことは「しわら寒い」と表現。また、よく似た言い回しで「しはら寒い」は“防寒具を着てなお身震いするほどの寒さ”なのだと。

雪と暮らす人々の「わ」と「は」で異なる寒さの目盛りに、(匂いのちがいみたいな)細やかな神経を感じる。

ひな飾りの前で、幼い姉妹がおめかしをして座っている。<この写真のシャッターを押したのは 多分、お父さまだが お父さまの指に指を重ねて 同時にシャッターを押したものがいる その名は『幸福』>。

春先の匂いがするような吉野弘さんの詩『一枚の写真』である。。

古いアルバムをひらけば、幼い自分の写真を見ながらシャッターを押した父や母の表情に思いをめぐらすときもあるだろう。困ったことに思い出したいものはいつも写っていない。写真とは思い出の記録なのに、匂いだけしか感じとれないのだ。

 

どのくらい使いどんな気分が

 

電話のない家ではご近所の電話番号を親類や知人に教えて、かかってくるたびに「電話ですよ」と取り次いでもらう。昭和の中頃、今では考えられないようなのどかで温かい電話の取り持つ人づき合いがあった。

各家庭に固定電話が定着後、重さ3キロの肩掛け式の携帯電話が登場して34年。1年前の統計では、携帯電話契約数が1億7009万件。PHSは260万件だった。

スマートフォンが一般化して、使用量に応じたプランが様々に設定された。本来の電話機能を超えて“使用”を意識する場面が広がることになる。スマホで本を読んだり、映画を見たり、ゲームをしたりと、モノを持たずに楽しめることが増えた。

  

 

「顔ハメ」という言葉があるらしい。ご当地キャラやゆかりの人物の顔の部分がくりぬかれていて、そこから自分の顔をのぞかせては、写真に納まる。観光地やイベント会場などで見かけるあの看板のことだ。

最近は種類や設置される場所がかなり増え、そこでも同行の人がスマホで撮影するシーンをよく見かける。わざわざカメラを持ち歩かなくとも、スマホで写真も動画もかんたんに撮影ができてしまう。

さて、“大きな顔をした人”といえば、少々付き合いにくい人を想像するが、前後が入れ替わり“顔の大きな人”となれば、化粧品業界で歓迎されたという。

ファンデーションなら顔の面積が広いほど量を使ってくれる。成績のいい美容部員は顔の大きなお客を抱えているもの・・・だったようだ。商材をたっぷりと使ってもらうことが、ライバル会社との競争であった。

今は商売も様変わりをして、在庫を抱えすぎず効率よく市場に回していくというビジネスの考え方になっている。選別の基準は「どのくらい使うか」、そして「使うことによってどんな気分が得られるか」だという。今の時代、モノを手に入れるより、使う時間や場所を確保する方が難しいのだ。

  

 

“所有”から“使用”へとモノの価値が転換しているのはよくわかる。CDが売れないから音楽は聴かれていないか、と思えばそうでもない。レンタルの必要もなく、配信やダウンロードでコトはすんでしまう。

かつて売り手優位だった市場は、今後ますます買い手が優位に立つ。価値を感じる企画に個人が出資するクラウドファンディングや複数の人でモノを持ち合うシェアリングなどの新しいサービスもウケる。利用者が体験を共有することで広がり、体験して満足を得る消費が増えているのだ。

その昔、家に小包みが届くとワクワクした。小包の紐は解かれることを想定し、ほどきやすいように加減して結ぶこともできる。今は、ネット注文の商品が頻繁に届く。ダンボールにテープを貼り付けたその姿に、小包の紐のような情緒は感じられないが、必要なモノがかんたんに届く感謝を忘れていない。

だから・・・こそ、<余分なモノはストックしなくてもすむ>という気分にさせられる。

 

AIやゲームの立てる聞き耳

 

団塊世代は2025年、すべて75歳以上の高齢者になるという。認知症患者も増えていくとの予想だ。それでも、社会との交流で知的な刺激を受けることが予防になるそうだ。

ロボットなど人工知能(AI)を使い、予防の実現を目指す人もいる。たしかに、AIスピーカーと楽しい会話をしたり、音楽をかけてもらうことは現実化している。しかし、ふだん便利に使えているから気を許し、気が付かない部分もあるのだ。

マイクが家庭での会話から物音まで、サービス提供側に筒抜けとなってしまう不安はある。専用のアプリには会話のログも残されている。

ゲームも今やスマートフォンやタブレットでプレイするのが普通の時代。あるゲームをプレイするようになってから、自分をターゲットにした広告ばかり表示されるようになった経験がある方も増えている。だれかがゲームの向こうで自分を監視しているかのように・・・だ。

  

 

北米では現実に、原因も判明して物議を醸しているらしい。ある企業の提供する技術を採用するゲームアプリがインストールされた場合、そのスマホタブレットからゲームとは無関係に収集された音声パターンが発見された。

そのことで、ゲームユーザーがどのようなテレビ番組や映画を好んで見ているのかを分析し、それに応じたターゲット広告を配信するというビジネスの存在が明るみに出た。

思えば多くの機器にマイクやカメラが付属している。企業側はその機能を耳や目として活用しているのだろうか。

あと最近気になるのがポイントである。マイクとカメラがあるわけではないが、企業から見透かされているように感じてならない。

ポイントの始まりは1850年代の米国。業者が間違って大量に仕入れたせっけんの在庫を少しでも減らそうと、景品と交換できる特典付きのクーポン券を購入者に配ったサービスだった。

  

 

クーポン券により客を店に囲い込む効果が出ると、米国や英国でスタンプカードが登場。そして、スーパーなど複数の店舗で使えるようになった。日本でも1932年、江崎グリコがお菓子の箱の中の引換証で、景品と交換する販促活動を展開。

ポイントの電子化(80年代)では、クレジットカードや航空券など様々な分野に広まった。ポイントは電子マネーと一体化され、提携店の支払いに使えて便利になっていく。私は昨年あたりからポイントでの買い物が増えている。しかし、しくみはよくわかっていない。

3万円台の買い物で5千円くらいのポイントが付くこともある。ただし、期間限定のためすぐに欲しいものがなくても、いろいろな商品を物色することになる。すると、ネット閲覧時やメールで広告がどんどん増えてくる。まるでだれかに見張られているかのようである。

2017年度の国内ポイントサービス市場規模は1兆7974億円だという。22年度には2.2兆円を突破とも予測されている。それにともない、個人の情報はどんどんさらけ出されていくことだろう。

 

キャッシュレスの裏には何が

 

自宅や街中でも、人々は“テレスクリーン”という双方向の映像装置で監視されている。その背景は一党独裁の社会である。党及び、そのトップ「ビッグ・ブラザー」に背く言動が発見されると、思想警察に捕らえられて監禁、拷問される。

英国の作家ジョージ・オーウェルさんが1948年に執筆した未来小説『1984年』のストーリーだ。71年前、旧ソ連を念頭に書かれた作品であるが、スマホやネットワーク化された監視カメラは、21世紀のテレスクリーンの如くオーバーラップされてくる。

飲食店の看板には「キャッシュレス」や「×現金」の文字。夕方になると仕事帰りの会社員でにぎわう。店内で利用できるのはクレジットカードや交通系ICカードなどの電子マネーだけ。

そこにQRコード系利用の支払いも加わるのだろうか。スマートフォンやカードをかざすだけで、割り勘での支払いにも対応できる。同様の店が日本でも現れているらしい。

 

 

世界ではキャッシュレス化が進み、韓国や中国もキャッシュレスでモノやサービスの対価を支払う決済比率が50%以上。米国で4割を超えているとのこと。

日本のキャッシュレスの決済比率は2割ほどである。キャッシュレスの流れは2001年に登場したSuica(スイカ)など交通系電子マネーや、インターネットの普及で徐々に進んできた。スマートフォンを読み取り機にかざして買い物ができる“おサイフケータイ”機能も、人気機種の対応で普及した。

キャッシュレス化の流れは、消費者にとって支払いがスムーズになるなどのメリットがあるが、決済日の違いなどで家計管理が難しくなるデメリットもある。それも、家計簿ソフトなどの利用でチェックの簡素化は可能だ。

企業側にもキャッシュレス化の利益がある。店で現金を扱わなくなることで、釣り銭の準備や売上金の入金といった作業がなくなり、従業員の省力化が図れるからだ。

 

 

さて、中国のキャッシュレス化は猛烈な勢いで進行中らしい。その主役ともいえるスマホは、銀行口座に直結している。アリババが運営の「支付宝(アリペイ)」など複数のサービスには、延べ12億人が登録しているようだ。

その利便さと引き換えに、個人のあらゆる情報や行動がネット業者に蓄積されて「格付け」される。そこへ、店頭で撮影される顔の画像データも加わり、“飴と鞭”のような感覚で人々の生活を監視していく。

携帯が義務づけられている中国人の身分証は、中国版LINE「微信(ウィーチャット)」へと(電子的に埋め込む制度が)2019年1月から全土に広がり、ウィーチャット上で表示される身分証へと切り替わる。

上述の小説みたいに、人々をキャッシュレス社会の利便性のとりこにさせながら、監視機能を飛躍的に高めることへと、コトを順調に導いているようだ。そして、数十億人分の膨大な情報を、蓄積・分析できる最新の“ビッグデータ”まで手に入れている。

 

老舗ブランド・情報・空白地

 

国や企業などの大組織が中心だった20世紀型の情報の流れを変えたもの。平成の30年において、欠かせないのはインターネットの出現であろう。

それはかつてないパワーを個人に与え、経済のあり方や社会にも揺さぶりをかける。1995年、ネット接続が簡単なOS(基本ソフト)を米マイクロソフトが売り出したことで、ネット大衆化は始まった。

調べ物はググり、ワンクリックで買い物はアマゾン・・・などと。便利なサービスは人びとをネットの世界へといざなった。

情報の受け手だった個人も情報の発信側に回る。SNS(交流サイト)やブログを表現の場に、ネット空間を膨らませていく。

 

 

私もお世話になっているネットフリックスは、第三者によるテレビや映画のライセンスを取得し、インターネットでの有料配信で成長している。そこでの利益をもとに自社制作にも力を入れてきた。

高いブランド作品を持つ老舗のハリウッド企業は、有力な俳優や監督を抱え込むことに力を注いだ。しかし、創造性に頼りがちな作り手主導の発想は当たりはずれが大きい。

コンテンツ産業特有の曖昧さを、ネットフリックスはデータで補った。動画を“流す”ことで新市場を生み、“つくる”ことで放送局や映画会社に代わる位置を確保することになる。

作品は誰がどこで評価するか分からない。配信直後にとどまらず、AIを活用して時間をかけながら何が求められているかを把握し続ける。どの作品をどの媒体で見たかなど100超の項目を基に、個々の会員の嗜好を把握するのだという。

本社があるシリコンバレーに分析チームを抱え、1億人分の視聴データから法則性や将来を予測して、ユーザーに作品を売り込んでいるのだ。

 

 

今の日本では、1日に1店舗の割合で街中から本屋が消えているという。本離れや電子書籍の普及などで、書店を取り巻く経営環境は厳しさを増し、閉店を余儀なくされる店が相次ぎ、全国で書店の空白地が拡大している。

読書が大好きだった自分の体験で、読まなくなった要因を思えばネットだった。インターネット以前のパソコン通信の頃から“読む興味”がそちらへ移行していた。とはいえ、読書で得たものは計り知れない。

書店の空白地で奮闘している本屋さんもいるという。軽ワゴン車に児童書など約500冊を積んだ“移動書店”や、インターネット古書店を営みながらマイクロバスに約1000冊の本を積んだ“ブックバス”などだ。

電子書籍で内容をかんたんに読める今、本の手触りを届ける本屋さんがいてくれる。それは、映画館で映画を観るような感覚に似ているようなものなのだろうか。私が最後に映画館へ行ったのはいつだったのか。たしか、観た作品は『シン・ゴジラ』のような・・・。

 

人と違うすごさを発揮する人

 

往年の名優・加東大介さんは東宝映画『次郎長三国志第5部』(1953年11月公開)で、主役の“三保の豚松”を演じるため、ロケ地の京都にいた。マキノ雅弘さんが監督である。

撮影開始の前夜、マキノさんのもとに電報が届いた。文面は「ブタマツコロセ」。東宝の幹部からだった。加東さん...もとい、豚松を早く殺し(加東さんを)黒澤(監督)に渡せという。加東さんは黒澤明監督の『七人の侍』に出演が決まったのだ。

「何とかしてくれと頼られとるんや」からと、マキノさんは憤るスタッフたちを説き伏せ、注文通りに早々と主役の豚松を殺した。シナリオは白紙になり、筋とせりふを撮りながら考える綱渡りで1本を撮り終えた。

「監督はなめられた」と熱くなるスタッフに反して、“いかようにも撮ってみせる”というマキノさん流の才能への自負であった。

 

 

マキノ雅弘さんは19歳のときの監督作品『浪人街』でいきなり、キネマ旬報の年間第1位に輝いた。それからも娯楽映画の王道を歩いた監督なのである。

年齢、監督歴とも、黒澤さんよりも上の人が堪忍袋の緒を引き絞ったその力には、頭が下がる。

約4万キロを歩いて測量を終えた時、伊能忠敬さんは71歳だった。この方にも頭が下がる。高齢化といわれて久しい今の時代、伊能さんから学ぶことは多い。

伊能さんは下総の佐原(現千葉県香取市)で、事業家として成功した。そして49歳で隠居し家業を息子に譲り、50歳のときに天文学や測量技術を学ぼうと江戸に出る。

伊能忠敬さんの日本地図作りはこうして始まった。

 

 

伊能さんは地球の大きさを知りたかった。そして測ってみたかった。実測は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれた北海道に始まり10次にわたる。

旅は苦闘続きで、入り組んだ海岸線の踏破にてこずり、現地案内人が藩の機密漏れを恐れて地名を言わないこともあったらしい。

今風にいえばシニア世代の17年を費やし、日本全土を実地測量した。そしてついに、(初めての実測による)日本全図の作成という壮挙を成しとげた。隠居後に在職中を遥かに上回る大仕事を達成したのである。

測量日記には1万2000人の名が残るという。その裏で、現地で作業を手伝ったり、宿を提供したりした人たちの存在があった。その数は、伊能忠敬さんという人物の熱意で、動いてくれた人たちの多さを物語る。

今は、人工衛星を利用するナビやインターネットの地図で、世界中の地域をかんたんに検索ができる時代である。私の世代だと最近という感覚で、仕事や旅行、ドライブでは地図がなくてはならないものであった。それだけに、伊能忠敬さんの偉業はすごい。

 

30余年先の食物予想図では

 

立ち食いステーキや熟成牛肉店の流行で、当たり前に食されている牛肉だが、日本人が抵抗なく牛肉を食べるようになったのは明治に入ってからだという。

その象徴となったのが牛鍋。1868年(明治元年)創業の牛鍋店「太田なわのれん」(横浜市中区)は、今も続いて営業している。伊勢佐木町の近くで、私も行ったことがある。

鉄製の浅い鍋にぶつ切りの肉が並べられ、たっぷりみそがかけられる。炭火で温め、赤い肉が徐々に茶色へかわり、口の中でうま味があふれる。

かつて、庶民は仏教の殺生戒などから、おおっぴらに肉を食べることはできなかった。特に牛肉への抵抗は強かったそうだ。江戸後期に禁忌意識の薄れや、訪日外国人との接触もあり肉食の機会が増える。

鹿やイノシシなどの獣肉は江戸でも獣肉店で食べられ、庶民や下級武士たちでにぎわった。15代将軍・徳川慶喜は豚肉を好んだとのこと。

 

 

明治以降、牛肉を食べるようになったのは、国策による影響も大きいらしい。政府は日本人の体格を向上させるため、肉食を奨励した。庶民にとって牛食は新しかったが、みそで煮る牛鍋の手法はイノシシ鍋の食べ方と同じ。

豊かになるにつれ人々は、肉や魚などのタンパク質をより多く求める。アジアにおける牛肉の消費量も、今後10年で44%拡大するという。しかし、食用家畜の飼育は地球環境に甚大な影響を及ぼしている。

家畜の数は20世紀に激増し、ニワトリは200億羽、牛は15億頭、羊は10億頭にのぼる。世界の土地の20%を家畜のために使い、人間の活動から生じる温暖化ガスの14.5%は家畜によるものだという。

淡水の消費量もものすごい。小麦、トウモロコシを1キログラム生産するのに必要な水は1500リットルだが、牛肉1キログラムを生産するには1万5000リットルもの水が必要になってくる。

 

 

世界の人口は、現在の76億人から2050年には98億人になる予想だ。人口が増えれば食糧需要も増える。2009年の食糧生産高に比べ、2050年には世界全体で70%増の食糧生産が必要になるとのこと。

食糧を確保するには、人間が今よりも昆虫を食べ、人工肉を食べ始めることしか食糧難や水不足を補えないという。フランス南西部にある昆虫養殖会社では、人間が食べるためのコオロギを生産している。

人類はタンパク質を摂取するために、昆虫類を積極的に食べること以外に餓死から逃れる術はない・・・のだと。昆虫は最大で牛肉の約3倍のタンパク質を含み、20億人近い人間が必要とする食料の補助的な要素になっている。

昆虫を家畜の飼料にするという選択肢もあるらしい。有機肥料穀物を栽培する代わりに、ハエやウジを育てて牛、ニワトリ、養殖魚に食べさせるそうだ。

それほど遠くない未来の正月には、昆虫を食材にした“おせち料理”が、食卓に並んでいるかもしれない。