日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

「縁の下の力持ち」は好奇心

 

舞台の裏手で、楽屋のある場所や大道具置き場を「舞台裏」という。一般人にはわからない裏事情との意味にもこの言葉は使われる。

舞台裏でがんばる「縁の下の力持ち」は、元々「縁の下の舞」といわれ、甲斐のない“無駄な努力”の喩えだった、という説もある。

哲学者・鶴見俊輔さんは、東大が嫌いで、成績一番のやつが徹底的に嫌い。父親は東大出の政治家で、一番に執着したという。

鶴見さんの見た目で、一番の人間は状況次第で考えをころころ変えて恥とも思わない。
二番になった人間は努力すれば一番になれるのに、<そこの追い込みをしないところに器量があり、遊びがある>とのこと。

鶴見さんを語るには、「器量」と「遊び」という二つの言葉は欠かせない。
<失敗したと思う時にあともどりをする>。その大切さを説いた。

 

1893

 

大型のスーパーや百貨店が全盛の頃、コンビニが誕生した。当初は売上の占める割合はわずかで、“無駄”扱いにされることもあった。

「街の個性を奪う」、「食文化を乱す」などと、コンビニの副作用にばかり目がいった。今は、コンビニなしの日本は想像できないし、コンビニに足を運ばない日はない。無数の“コンビニ人間”に支えられて日本社会がまわっているのだ。

全国に5万数千店、毎月延べ14億人が訪れる。

<同じ言葉、同じ態度で接客し、暑さ寒さにあった商品を手際よく販売できれば認めてくれる。自分らしく生きられる・・・>。芥川賞小説『コンビニ人間』の一節だ。

2016年の主要コンビニエンスストア売上高(既存店ベース)は、前年比0.5%増の9兆6328億円と2年連続で拡大。

セブン―イレブンは、セブン&アイ・ホールディングス(HD)の営業利益の約9割を稼ぎ出し、「一本足打法」と言われるほど貢献度が高い。

 

1894

 

「僕ハモーダメニナッテシマッタ」。亡くなる前年の正岡子規さんは、ロンドンに留学中の夏目漱石さんに手紙で、闘病の苦しみを訴えた。

その手紙には、「倫敦(ロンドン)ノ焼芋ノ味ハドンナカ聞キタイ」ともある。
苦しみながらも好奇心は衰えていない。その明るさが人々を引き入れ、子規さんのそばに添わせてしまう。

<枝豆や三寸飛んで口に入る>。死の迫る病床で屈託を感じさせない句を詠んだ人だ。

2016年5月にセブン&アイHD社長に昇格した井阪隆一氏は、1980年にセブン―イレブン・ジャパンに入社した“コンビニ生え抜き”の人である。

傘下に総合スーパーのイトーヨーカ堂や百貨店のそごうなどを抱える総合流通グループの難しいかじ取りを迫られることになる。

昨年2月期決算で営業利益が初の赤字に転落したイトーヨーカ堂が特に厳しい。20年までに全体の約2割にあたる40店を閉店する方針だ。

<一店舗一店舗見ていかないといけない。『採算が合わないから閉める』では、そこで暮らす方の生活を見切ってしまうことになる。計画が間違っているなら修正してやり直す>。井阪氏には、鶴見さんや子規さんと共通するなにかがあるような気がする。

 

ビッグデータは利益を極大化?

 

目と民から成る文字は「眠」である。
吉野弘さんの詩『「目」の見方』にある。<民の目は眠くて/罠の中>と。
目が眠りこけて横たわれば「罠」に変わるらしい。

手作りの零戦に対し、米国の戦闘機は大量生産品だった。

終戦の四半世紀後、大阪万博で<日本は規格大量生産ができる>と、(世界へ)宣言することが叶った。日本中が働きづめで猛烈に働き、ついに成し遂げた復興の姿である。

「モーレツ」は時代の合言葉だった。また同じ1970年に、富士ゼロックスのCMが登場。<モーレツからビューティフルへ>が、日本人の意識の変化を先取りしたコピーだと話題にもなった。

 

1891

 

ビッグデータ活用は企業にとって、無駄を省き、利益を極大化する武器になるという。
回転ずし・スシローは、来店客が食べたいタイミングで食べそうなすしを出すため、すし皿の裏につけたICタグから顧客の消費データを集めた。

まず来店客は店の入り口のタッチパネル画面で、大人の数と子どもの数をチェックインする。その情報はネット上のデータベースに送り込まれる。

それまでに客の好みを細かく分析しているビッグデータを使い、(家族構成に応じ)着席して1分後に何を食べそうか、10分後まで何を食べるか、などという予測が瞬時にはじき出され、厨房の画面に届く仕組みである。

店長は、天気などを見ながら自分の勘も加えて微修正をする。
マグロのすしの場合、だれも手にとらないまま回転レーンを350メートル回ったものは廃棄される。それが、来店客の求めるすしを予測して出すようになってから、廃棄率は4分の1以下になったとのことだ。

 

1892

 

3年前、ヤフーの検索利用者は月間7千万人であった。昼時には1秒間に5万ものアクセスがある。巨大なデータは、4千台の分散処理システムに流し込まれるとのこと。人工知能(AI)も使い、約300人のデータ処理担当者が解析するのだ。

ヤフーは、利用者が調べたい言葉を書き込む「検索窓」について、どの大きさが最適なのかを分析した。

“窓”の大きさを微妙に変えながら、ビッグデータを解析していく。
その結果、それまでの“窓”よりも27%大きくした方が、(利用者の)反応が良いと判明した。

そのとおりに拡大すると検索数が増え、広告収入が年5億円も増える効果が出たそうだ。

この話で思い出すのは、味の素の容器・中蓋の穴を大きくして売上が上がったという伝説である。社内で案を募って、パート勤務女性の幼少の子どもの発案が採用に、というオチである。

話の真意は定かではないが、その子どもを“手作りの零戦”に見立てると、ビッグデータは“大量生産品の米国戦闘機”であろう。ビッグデータと対等に張り合える幼少の頭脳に、拍手喝采なのである。

 

みじかびを楽しく働くサイズ

 

1969年に放送された万年筆のテレビCMがウケにウケた。
<みじかびのきゃぷりきとればすぎちょびれすぎかきすらのはっぱふみふみ>。

用意された台本がつまらないから、即興で詠んだ歌だという。
大橋巨泉さんである。短歌のあとにはひと言、「わかるネ」・・・と。

文具会社の担当者は(収録した)台本版と即興版の両方を持ち帰った。

「台本版を選ぶような会社なら、つぶれるよ」。
巨泉さんは周囲にそう語ったらしい。

歌人岡井隆さん編集による歌集『現代百人一首』には、寺山修司さん、俵万智さんなど100人のなかに大橋巨泉さんの名前もある。

 

1889

 

“レジャー”は高度成長時代の流行語らしい。本来の英語は「ひま」という意味だという。
つまり、日本人が勝手に“遊びの要素”を潜り込ませたらしい。
朝の電車の混雑が和らぎ始めた。学校で夏休みが始まったのだろう。

動物の生息密度や行動範囲と体の大きさには一定の関係があるそうな。
生物学者・本川達雄さんの計算では、満員電車の人口密度に合うのは蚊の大きさ程度だという。

小さい動物ほど狭い場所でギュウギュウと暮らし、大きい動物ほど遠くまで移動する。
<虫かごみたいな電車に揺られ ゾウのサイズの距離を行く>。
本川さんは『東京は悲しいところ』との歌を作った。

「人間のサイズに合わない生活から溢れるのものは何なのか」。
探してみるのもいいだろう。

 

1890


10年前に79歳で亡くなった臨床心理学者・河合隼雄さんは、美しい花を見ると、こころのなかで花に語りかけたという。
「あんた、花してはりますの? わて、河合してまんねん」。

“わて”という存在が、(一度しかない人生の中で)河合隼雄という壮大な劇を演じる役者、なのだという。

人は誰でも透明の仮面をつけ、「・・・してまんねん」の人生を生きている。
そして、“いい人”と見られることに疲れたり、“明るい者”の看板が重荷になったりもする。
楽屋に戻れば、役者はヘトヘトだろう。

テレビの黄金期を常に第一線で生き抜き、名司会者として親しまれた大橋巨泉さんもしかり。それでも、“みじかび”の人生を誰よりも楽しく働き、そして真剣に遊んだ人なのだ。

 

「ストロング」の強みは割安感

 

昨年あたりから、家でビールを飲まなくなっている。外で飲むときは、最初に(お約束の)生ビールを飲むが、2杯目からは(飲み仲間とともに)別のものに切り替わる。とはいえ、私の財布のエンゲル係数は、酒類が大部分を占めていることにまちがいない。

明治の頃、日本のエンゲル係数(生活費に占める食費の割合)は60~70%だったという。昭和の初期には約50%に下がったが、敗戦による貧苦で60%前後に戻った。

高度成長を経て20%台まで下がったが、この数年のエンゲル係数はかなり高くなり25%を超えた。最も低かったのは2005年で22%だという。

現在は、収入が増えていないのに、円安や消費増税で食品が値上がりしたのが要因の一つとか。

 

1887

 

“食の営みの変化”もエンゲル係数増とは切り離せない。

調理済み食品を買って家で食べる人が増えた。買い物カゴの中身では、女性客がお総菜、若い男性は即席麺、高齢男性ならお弁当であろうか。いわゆる“中食(なかしょく)”の急増が係数を押し上げた。

節約志向を背景に家飲み需要が拡大するなか、ビールなどに比べて割安な缶チューハイの需要が高まっている。

ビール各社が、中身の濃い缶酎ハイを増産しているというのだ。その人気の秘密はなんといっても“割安感”なのである。

Å社が昨春、アルコール度数9%の新ブランド『もぎたて』を発売したところ、“おいしい”、“安く酔える”として人気が高まった。

S社はアルコール度数9%の主力ブランド『-196℃ストロングゼロ』の販売目標を引き上げた。『氷結ストロング』を展開するKビールも、昨夏に生産を大幅に増やした。

 

1888

 

高アルコール度数の缶チューハイを各社が強化することで、昨年の(缶チューハイの)国内市場規模は1億6400万ケースと、前年比で9%増だった。

この夏も全体を牽引するのは高アルコール度数の商品ということになるのだろうか。同じ容量の缶ビールと比べて3割安く、アルコール度数は2倍も高い。その“割安感”がハンパではない。

かくいう私めも、この春先から各社の『ストロング』にハマっている。上述の割安感のみならず、“おいしさ”につられてついつい飲み過ぎてしまう。

消費の冷え込みで、「安く酔える」という商品性が、消費者の節約意識と合致するのだろう。高アルコール度数の商品が缶チューハイ市場全体に占める比率は、昨年34%。その5年前に比べて、13ポイントもの上昇なのである。

一方、ビール類の市場では、国税庁が6月から酒類の安売りへの規制を強める方針を打ち出したことで、ビール各社が年初から流通業者へのリベートを減額した。

その結果、ビール類の店頭価格は値上がりし、消費者の購買意欲が低下した。
メーカー各社はビール類の市場縮小を補うべく、缶チューハイ市場を掘り起こし、収益の改善につなげる狙いだ。その応援と期待をこめて、今晩も『ストロング』を買って帰ろう。

 

写真を撮るためのレコード店

 

アナログレコードの人気が若い世代を中心に復活しているらしい。
昨日の読売新聞記事によれば、デジタル音源とちがう温かみのある音質で、“モノ”としての実感が良いという。

1970年代後半に最盛期だったレコードの国内生産枚数は年間約2億枚。
しかし、80年代にCDが登場し、2000年代は音楽のネット配信が普及する。
2009年のレコード生産枚数は、約10万枚までに激減した。

このまま姿を消すと思われていたレコードも、状況の変化で昨年は約80万枚と、(09年の)8倍にまで盛り返した。

CDよりも大きく、アーティストの写真や、凝ったデザインが楽しめるジャケットも魅力のひとつ。

レコード売り上げは毎年3割ずつ増えているため、(音楽の)ネット配信に押される販売店は、レコード人気の復活を商機とみている。

レコードプレーヤーも売れていて、5月に発売した某社のレコードプレーヤーは、予約に生産が追いつかない状況だとも。

 

1885

 

「レコ女」や「レコード女子」などとインスタグラムで検索すると、レコード店で商品を選ぶ様子の写真が数多くヒットするという。こちらはJ-CASTの記事である。

<お洒落感がすごい!>、<オシャレなレコード屋さんに来た>などと、写真付きでツイッター投稿をする女子もいるようだ。

10代後半から20代前半の女性グループで、店の滞在時間はどのグループも、1分くらいだという。それも、CDやレコードをまったく買わず、“写真”だけを撮りに店を訪れる。
ある老舗レコード店(奈良)のオーナーは、初めて見た(若者の)奇怪行動に驚いたという。
突然、3人組の若い女性が入ってきて、“レコードを見てる様子”を友人が撮影して、すぐに立ち去って行った。今春以降、同様の行動が5回あったそうだ。そして、レコードを買った人は誰もいない。

 

1886

 

東京・渋谷のレコード店では、撮影だけして帰っていく客が1日に1~2組いるという。
なかには、商品をまったく見ず写真だけを撮り、サッと帰る人もいる。

とはいえ、レコードブームの影響で、ほとんど見なかった若いお客さんが増えていることは確かなようだ。

店側もそれは嬉しく感じているが、<正直、うちの店でレコードを買う人でも『よくレコードを聴いている』と言う人は少ないのでは>と指摘する。

<“コレクション目的”か、“お洒落なアイテム”としてのニーズの方が強いかもしれない>のだと。

フィルム写真の仕事をしていた私は、レコードブームの話と似た体験を思い出す。
カラー写真全盛の時代、たまに出る白黒写真のフィルムを、複数のカラー写真ラボ(現像所)から集めて、現像・焼き付け処理をする白黒ラボをよく知っていた。

あるとき、女子高生発信の白黒写真ブームが起こり、小さなラボにも仕事が急増した。納期に間に合わせるため、機械を入れ人も増やした。それからすぐにブームが下火で、仕事の量も元に戻った。その数年後、小さなラボの前を通ったらなくなっていた。

 

道を行く人々の顔は果たして

 

落語の枕などで聴く小咄である。

韋駄天(いだてん)と称される男が駆けていく。
「泥棒を追いかけている」というが、逃げる泥棒は見あたらない。
すでに追い抜いてしまい、その姿ははるかうしろにあったそうな。

物事、速く走ればいいというものでもないらしい。
昨年、“IoT機器”を巡り、サイバー攻撃の脅威が話題になった。
今はどうなっているのだろうか。

インターネットで遠隔操作や自動制御を可能にする監視カメラや家電、車などのモノに通信機能を持たせることに力を注ぐ。しかし、パスワード設定などの対策を怠れば、第三者に乗っ取られ、個人情報を盗まれ、誤作動させられたりする。

台所や寝室で、身近な生活用品が突然に勝手な振る舞いを始めたら、まさに道具の反乱だ。背後で操る人間の悪意は、いともかんたんにモノへと伝わるからだ。

 

1883

 

英国の外交官・ウィリアム・ジョージ・アストンさんは、日本学者で朝鮮語の研究者でもある。19世紀当時に、(始まったばかりの)日本語および日本の歴史の研究に大きな貢献をした方だ。

劇作家・岡本綺堂さんは、父親が英国公使館に勤めていた縁で、書記官・アストンさんと面識を得た。明治の中期、中学生だった綺堂さんはアストンさんとふたりで、東京の神保町を歩いた。

道幅が狭く、商店の多くの品が道をふさいでいた。
案内をする綺堂少年は、雑然とした街並みが(体裁悪く)恥ずかしくてたまらない。
その気持ちをアストンさんに告げた。

<気にすることはありません。街はいずれ美しくなり、道は広くなり、東京は立派な大都市になるでしょう。でも、そのときに・・・>。アストンさんは続けた。

<道を行く人々の顔は果たして今日のように楽しげでしょうか>と。

 

1884

 

お互い同士がぶつからないようにする「肩引き」や、雨のしずくが相手にかからないようにする「傘かしげ」。いわゆる“江戸しぐさ”である。

その習慣が明治の中期に引き継がれ、当時の狭い道をいくらかでも心地よいものにしていたのだろう。

江戸しぐさ”は今もあるだろうが、“人間関係が希薄になりつつある”ということは否めない。

往来を自転車が乱暴に通り過ぎ、突き飛ばされそうになった歩行者は自転車の行方を険しい目でにらむ。今は、日常で見かけるふつうの光景なのかもしれない。

傘の手放せない季節が去っても、心中の「傘かしげ」は忘れないようにしたい。
AI(人工知能)があらゆるモノに宿る時期もドンドン早まりそうではあるが、果たして“江戸しぐさ”をきちんと組み込んでもらえるのだろうか。とても心配なのである。

 

相手の表情をうかがう作法?

 

1983年6月の公開だというから、もう34年も前の映画ということになる。
森田芳光監督で主演は松田優作さん。『家族ゲーム』という映画である。

家族が心から向き合うことを避けて暮らしていることを表現するため、(一家が)細長い食卓で横一列になって食事をするシーンが印象深い。

ところが今は、このシーンがいたるところで見られるため、映画やドラマの1シーンとして有効かどうかはわからない。

ファミリーレストランやファストフード店で、スマートフォンをテーブルに置き、ろくに話もせずに黙々と料理を口に運ぶ人々の姿は当たり前。歓談の場だった居酒屋でも、スマホに夢中な客の姿を見かけることがよくある。

 

1881

 

仲間と面と向かって食べ物を口にするのは、一部の類人猿と人間だけらしい。
以前に読んだ作家・藤原智美さんのコラムにあった。

知能が発達した(チンパンジーなどの)猿は、食べながら相手の表情をうかがったりする。
“食べる”という行為は他者との対面であり、相手と向き合い食べるのが食事の基本形らしい。

人も本来は向き合って食べるのが食事の基本形であり、「食」はコミュニケーションの原点なのだという。相手の表情や顔色を読みながら、食べ物を味わい満足したり、ときにいさかいが起きたりもする。

柳田国男さんの説によれば、江戸から明治に移ると人々は以前ほど泣かなくなったという。教育の普及で、人々は感情を言葉で伝える技術を磨き、涙という“身体言語”の出番が減ったそうだ。

今の“身体言語”を思うとふしぎである。無言で対面する目の前の相手に、スマホタブレット経由にて(コミュニケーションアプリの)LINEで対話をすることなのだろうか。

 

1882

 

<はつなつのゆふべひたひを光らせて 保険屋が遠き死を売りにくる>
歌人塚本邦雄さんによる、保険の勧誘を詠んだ一首である。

自分の生と死が“何々プラン”ということになっている。思えばふしぎな商品である。
高額な買い物なのに心が躍らない。まずは残される家族を思い、“遠き死”ではなく“長き安心”を買うのだろう。

<人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ>。
こちらは、元東大総長の南原繁さんが詠んだ歌である。

1941年(昭和16年)12月における日米開戦時の国力差である。
電力量6分の1。航空機の生産量6分の1。鉄鋼10分の1。原油生産量740分の1。

現実の数字を冷静に見つめる目も、引き返す決断力も持ち得なかった歴史の一瞬である。ただ、“相手と向き合い食べる”という食事の基本形は、今よりも確実にあった時代である。“身体言語”を駆使した人も多かったにちがいないはずだ。

 

今週のお題「私の『夏うた』」

 

飾らず手軽に読める文学全集

 

“文学全集”が飛ぶように売れた時代があったそうだ。
その元祖は“円本(えんぽん)”と呼ばれるシリーズ本であり、1926年に出た『現代日本文学全集』(改造社)がきっかけになり、1冊1円の手軽さで人気を博した。

また、戦後の1952年には角川書店が『昭和文学全集』、新潮社が『現代世界文学全集』の刊行を開始して、新たなブームが始まった。前者の累計発行部数は926万部、後者は302万部に達したといわれる。

出版科学研究所の統計では記録に残る1969年以降、文学全集が最も売れたとみられるのは1971年であり、この年だけで新規の全集が57シリーズも刊行された。

それ以降、全集の発行部数は低迷傾向が続く。活字離れで本が売れなくなったり、核家族化で家が狭くなり何十巻ものシリーズが敬遠されたことなどが原因のようだ。2003年にはピークの約100分の1にまで落ち込んだとのこと。

 

1879

 

“文学全集”といえば古めかしい響きで、(活字離れの進む)昨今はすっかり存在感が薄れた、と思っていたがそうでもないらしい。

書店で“全集”を手に取る人たちが増えているそうで、この数年は発行部数がわずかながら上昇しているとのこと。

百科事典同様に、かつては“全集を飾った”時代であったのが、今は“全集を読む”時代になっている。

3年前『日本文学全集』の刊行を始めた河出書房新社では、第1巻『古事記』が5万部を超える好調ぶりを示した。

明るい色合いの装丁で、箱にも入っていない手軽さ。従来の全集とかなりイメージチェンジをして、それがウケているようだ 。

かつて全集は全巻購入する顧客が多く、本棚ごと販売した例もあった。ところが、実際にどれだけ読まれたかはわからない。昨今のシリーズではバラ買いも意識し、“読める”ことにこだわっているのだ。

 

1880

 

今の時代は、電子書籍の普及で新しい可能性を感じさせる。
講談社では『手塚治虫文庫全集』全200巻を電子化して、一昨年5月から配信を始めた。

文学全集が電子化されれば、何十巻あっても場所をとらず、膨大なテキストを検索できる利点がある。そこが従来と全く違う威力を発揮する可能性なのだという。

「文学全集」といえば、格式張って敬遠した人も多いだろう。
今は手に取りやすくした装丁や、「読みたい人だけが読む」という素のままの状況を前面に、(敷居も低く)読みやすくなっている。

とてもありがたいものという印象だった文学全集も、今はとくにありがたくはない。
そこが今までになく“読まれやすい”時代であるとも言える。

かつて全集を敬遠していた人たちが、古事記ぐらいは読んでみようかな、と手に取る風景を想像すると、なぜか私のこころも和んでくる。

 

サルトル・マルクス・讃美歌

先日、何気なく観たテレビの歌番組で、ミュージシャン・俳優の竹原ピストルさんが耳馴染みの曲を熱く歌い上げていた。それは、昨冬のライブから竹原さんが歌い続けている楽曲なのだという。

18世紀後半に作られ、世界中で慕われ愛唱されている讃美歌『アメイジング・グレイス』に、竹原さんが自身の思いを日本語歌詞として添えた祈りの歌であった。

(まるで)すべての人の想いが、竹原さんの声にのりうつったかの如く、力強さを増し圧倒的なパフォーマンスに結実していた。

 

1877

 

アメイジング・グレイス』といえば、歌手・女優の中島美嘉さんを連想してしまう。

2001年、デモテープを聴き彼女の声に惹かれたソニー・レコードのスタッフによって、中島さんは(ソニー主催の)ボーカルオーディションに出場できることになり、見事に合格した。

テレビドラマのヒロイン役オーディションでは約3,000人が応募の中、中島さんが勝ち抜きヒロインとして抜擢された。

中島さんは、射止めたテレビドラマ『傷だらけのラブソング』にて女優としてデビューし、劇中歌で『アメイジング・グレイス』をアカペラで美しく歌い上げていた。

 

1878

 

サルトルマルクス並べても 明日の天気はわからねえ ヤクザ映画の看板に 夢は夜ひらく・・・♪>。

シンガー・ソングライター三上寛さんが自作の詞で歌う『夢は夜ひらく』(作曲・曽根幸明)である。

竹原ピストルさんの弾き語りをテレビで観るたび、いつも私の頭の中に誰かが浮かんでくるのだが、それは誰だかわからないままであった。

ようやくその答えが見つかり、三上寛さんであることが判明した。
三上さんと竹原さんは玄人ウケをする。同業のシンガー・ソング・ライターたちの支持が多い。数ヶ月前もテレビで、玉置浩二さんが(本人を前に)竹原さんを賛美していた。

最近、三上寛さんをメディアでお見かけしていないが、お元気であろうか。
この記事を書くため、三上さんのことをネット検索したら、青森県五所川原高等学校
在学中に生徒会長を務め、ザ・タイガースやブルーコメッツなどのカバーバンドを組んで
いたらしい。

年代的には問題がない。でも、三上さんのキャラとはどうも結び付かないからおもしろい。
三上さんの作風は、怒号のような荒々しさから、ささやくような穏やかさまでを湛える情念に満ちた歌声なのであるから。

余談であるが、岡林信康さんの楽曲の原点は讃美歌だと信じている。型破りな牧師を父に持ち、幼い頃から賛美歌のメロディーに慣れ親しんだことであろう。

メッセージソング『友よ』や『山谷ブルース』も、聴きようによれば『アメイジング・グレイス』と同じに感じてくる。

 

G・バットを好んだ文人たち

 

ゴールデンバットというタバコが発売されたのは1906年9月1日だという。
店頭や自販機で見かけることがないため、今も健在なのかとネットで確認したところまだあるらしい。価格は290円に跳ね上がっているようだが。

今年で111年目になるゴールデンバットは、日本たばこ産業(JT)きっての長寿商品であり、昭和の初めは日本で最も名の通ったタバコなのだという。

灰緑色系の地に金色のコウモリをあしらった古風なパッケージが懐かしい。
課税上の等級が低くなるため、上級の煙草には使用しない葉脈の部分を主原料に製造されている。

均質な味に調整しにくいのがばらつきの原因であるが、大のバット愛好者には、この“味の変化”がたまらないらしい。

 

1875

 

<七銭でバットを買つて、一銭でマッチを買つて・・・僕は次の峠を越える>と、詩人・中原中也さんは書き記した。

太宰治さんは『富嶽百景』にて、<筆が滞るとバットを七箱も八箱も吸う>と書いている。
芥川龍之介さんも、バットの愛好家だったようだ。

文人だけでなく、味と安さで大衆の心を広くつかんだ銘柄のゴールデンバットは、1940(昭和15)年、外来語を追放する運動によりその名が「金鵄(きんし)」に変わったとか。

その由来は、「神武天皇の弓にとまった金色の鵄(とび)の伝説」にあるらしいが。
ゴールデンバットが元の名に戻ったのは、終戦直後の占領期である。

 

1876

 

今年の12月で没後101年になる夏目漱石さんは、ゴールデンバットの愛好家だったかどうかはわからない。

思春期の読書好きが「あれ読んだ?」と語り合えるような、高い人気の太宰治さんタイプではないだろうが、漱石さんには粋で新しいもの好きなおしゃれ心を感じる。作家人生はわずか10年余りであったが、漱石さんの数々の作品は色褪せない。

漱石さんはスポーツ万能であり、器械体操の名手でもあったというからおどろきだ。
また、ボート、乗馬、水泳も達者だったという。

100年超えの今も読み継がれていることを知ったら、満49歳で亡くなられた漱石さんはいったいなにを思うのだろう。

そして、時々の国策や時代の気分に振り回され続けた(111年の目撃者である)ゴールデンバットが、今もだれかに愛煙されているということにも、不思議な感動をおぼえる。

 

ハンデ逆手に個人主義を貫く

 

よちよち歩きをするペンギンの群れから、一匹を離すとすぐに速足で、仲間のもとへと駆けだすそうだ。

また、進行方向に障害物を置くと、群れは二つに分かれず全員が同じ道を進んでいくとのこと。

日本では聖徳太子の時代から、個よりも和が重んじられ貴いものとされる。
スポーツの世界も同じようだ。

ところが、(昨年に)日米通算でピート・ローズ氏の大リーグ最多4256安打を超えた大リーグ・マーリンズイチロー選手はその逆をいく。

2001年にイチロー選手は米国へ渡り、マリナーズで日本選手初のMVPになった。

<人との比較は意味がない>との意志で、イチロー選手は徹底して個を磨いていった。
人の評価に影響されず、他人が提示した型に入ることを拒否したのだ。

 

1873

 

チームが負けても自分が4安打すればうれしい、と口にしたこともあるとか。
そのため、個人主義者と見られてチーム内にも反感を持つ者がいたそうだ。

判断軸は常にイチロー選手の中にあり、人を寄せ付けない。そのうえで自分を客観的に語る。取材する側からも緊張を伴ったようだ。

<問いには内容のあるものを求め、向き合うことは簡単ではなかった>という。

イチロー選手の信念こそが、日本のスポーツ界に足りないものなのかもしれない。

イギリスの産業革命で発明された蒸気機関は、大きくなるほど効率が良くなるという。
当時、新興国・ドイツには巨大資本がなく、うまく活用できなかったらしい。

小規模の企業家しかいなくて、職人技術しかないところでは、融通の利く小型機関が強く望まれた。

そのハンデを逆手に取ったドイツは、技術を積み上げガソリンエンジンを生んだ。
そして、1890年頃にダイムラーらが、自動車を発明する。

 

1874

 

勝負の世界でも、自分の力で状況を打開しなければ世界で通用しない。
選手が個として、突き抜けることが必要になってくるのである。

個にこだわるイチロー選手も自ら“和”を前面に押し出し、日頃のクールさを封印して熱く戦ったことがある。国別対抗戦WBCの1、2回大会でリーダー役を務め、連覇に導いたときである。

日本でプレイしていた若手時代から、他の選手に比べて体格が大きくはなかった。イチロー選手がメジャーへ行き、大活躍できるとどれだけの人が予測できただろうか。

野茂投手がメジャーで活躍後、野手として渡米した日本選手はイチロー選手が初めてだったのではないだろうか。

怪力の大男たちがウジャウジャいる世界で、ホームランを追求していないイチロー選手は、日本よりはるかに広い球場をうまく使いこなした。そして、「走・攻・守」における美技の数々で多くのファンに感動を与えた。

普通の打者なら(打ち損じと)苦笑いするボテボテの内野ゴロや、野手の間にフライがポテンと落ちるテキサス安打を放った時、イチロー選手は塁上でドヤ顔をしている。

 

4Kデジタル・リマスター版

 

<哲学が束になってかかろうとも、タバコにまさるものはあるまい>。
モリエールの戯曲『ドン・ジュアン』の一節だという。

1904年(明治37年)の7月に、タバコの専売法が施行された。
本居宣長の歌にある「敷島の大和ごころを人問わば朝日ににおう山ざくら花・・・」。
から「敷島」「大和」「朝日」の官製たばこが登場したらしい。

専売制度が廃止された現在も価格は財務相の認可事項で、嫌煙傾向をいいことに種別ごとの値上げは続く。

人さまの顔色をうかがいながら煙の行方に神経を遣う愛煙家たちも、健康に悪いと言われ肩身が狭い。そのうえ懐にも響くばかりである。

(愛煙家たちにとって)古き良き時代の映画やテレビドラマには、喫煙シーンがふんだんに盛り込まれていた。

 

1871

 

くわえタバコがよく似合い、カッコよかった役者といえば石原裕次郎さんである。
当時の若者たちも、裕次郎さんになりきって くわえタバコを真似したはずだ。

映画『陽のあたる坂道』では、カレーライスをかき混ぜて頬張るシーンがあった。
その食べ方も若者たちに大流行した、と訊いた。

今年で没後30年。早いものだ。
先日、裕次郎さんの代表作が数本、テレビで放映されていた。
それらのタイトルに「4Kデジタル・リマスター版」と銘打たれていたが、録画したまま観ていないのでとても楽しみである。

昨年、松竹映像センターで小津映画のデジタル修復に取り組む五十嵐真さんの記事を読んだ。小津安二郎監督作品をはじめ、松竹の名作をデジタル技術で修復するプロジェクトを担当されているという。

昨年2月のベルリン国際映画祭では、小津監督の『麦秋』を高精細な4K技術で修復して出品した。そして、「60年も昔の映画とは思えないほど美しく新鮮」と高い評価を得たそうだ。

 

1872

 

五十嵐さんは、2005年からデジタル技術による修復に本格的に取り組んだ。
今の技術は古い映画の画面のざらつきやノイズも全て排除できるが、やり過ぎると当時の映画の情緒を壊してしまうとのこと。

<見やすさか、作品の歴史的価値か>。技術の進歩ゆえの葛藤は世界共通の悩みらしい。

米ハリウッドのスタジオで『インディ・ジョーンズ』を修復した際は、ジョージ・ルーカスさん、スティーブン・スピルバーグさんも監修のために訪れたという。

ルーカスさんは革新的な技術を好むが、スピルバーグさんは古い質感を重視するため、
2人が一緒だと仕事はなかなか進まないようだ。

修復する時も、監督の意図を知る当時のスタッフに監修を依頼する。
映画にはワンカットずつ狙いがあり、五十嵐さんは当時の製作者と現代の技術者の橋渡し役になりたい、と語っておられた。

かつての名作が新技術できれいに蘇るのはうれしいが、技術の発達した今は後世に残る名作がどれだけ生まれているのか。アナログ時代の名ドラマの再放送を観るたびいつも思うことだが、今では見られない配役やおもしろい話が満載なのである。アナログ画質は今より劣るはずだが、それもまったく気にならず作品に没頭してしまう。

 

パソコン・電話 いたしません


濁ると澄むでは意味の変わる言葉がある。
その代表はやはりこれだろう。<ハケ(刷毛)に毛がありハゲに毛がなし>。

また、濁音の表現は不快感を誘うこともあるという。

“かに(蟹)”を濁らせた「がにまた」や、“さま”を濁らせ「ざまあ見ろ」などと。
それは濁音による心理を応用した悪口になる。

少し前に流行?した「ゲス」や「下策(げさく)」にも濁音が絡む。

春の日と掛けて金持ちの親類と解く。<くれそうでくれない>。
「日が暮れない」と「お金をくれない」の掛け合わせらしい。

“くれない”のピークである夏至である。
こちらはあいにくの雨でその実感は薄かったのだが。

夏至冬至に比べて人気に欠けるような気もするが、それは濁音の前後差によるものなのであろうか。

 

1870

 

スマホとパソコンのどちらにも濁音の表現はないはずが、濁音以外の温度差が出てきているらしい。

パソコンを使えるばかりに仕事が殺到するのだという。

『PTA界にこだまする「パソコンが辛い」問題』を、ライター・大塚 玲子さんが書いていた。

PTA活動において、パソコンを使えない人は何もしないで済むのに、パソコンを使いこなせる人が少ないとのこと。

多くの母親たちが日常的に使うのは携帯やスマートフォンであるが、パソコンは苦手なのらしい。

PTA・広報委員会では、パソコンで打った原稿データを印刷所に渡して、年に数回、広報紙(PTA新聞)を発行する。

一昔前まで、手書きの原稿でもよかったが、最近は印刷所の人が文字を打ち込み直す手間を省き、パソコンで原稿を入力して、印刷所にデータを渡すやり方が主流だという。

 

1869

 

広報委員の仕事は原稿書きだけではない。原稿チェックや、完成した広報紙を折る作業など、パソコンを使えない人でもやれることはある。

しかしパソコンができないことを理由に、だんだん(委員会の)集まりにすら来なくなる。
結局、ほとんどの作業をパソコンが使える人だけでやることになってしまうのである。

やっと、自分たちの仕事を終えたと安堵していると、今度はパソコンをできない人の手書き原稿を打ち込む仕事がまわってきたりする。

今いる私の職場も同様で、なにかあるとパソコンに詳しい(と思われている)私に泣きついてきて、パソコン以外の余分な作業がついてまわる。

<電話口「何様(なにさま)ですか?」と聞く新人>。
サラリーマン川柳の旧作である。

電話に出るのが苦手な若手社員の話題は数年前からあるが、電話がいやで退職する新人社員も出ているそうな。

スマホは見事に使いこなしているが、通話の割合が激減しているのか。それとも、固定電話に違和感があるのだろうか。

家にいて固定電話にかかってくる内容は、なんらかの営業ばかりで、鳴ると不快な気分で身構える。電話を使う仕事をさんざんこなしてきたわが身であるが、いまや電話アレルギーである。

アガサ・クリスティさんの『ABC殺人事件』のなかで、名探偵ポアロは述べている。
<会話とは人が胸に隠していることを発見する確かな方法である>と。

さて、スマホタブレットでネットをしても、パソコンや電話を使わない人の胸の内には、いったいなにが秘められているのであろうか。

 

なんのために鳴くホトトギス

 

炊飯器で炊いたご飯の、抜きん出ておいしい部分は表面だという。表面をすくい取って口に運べば、甘みがとても深いらしい。

うまい米は上へ上へと集まる。しゃもじで混ぜるのは“おいしさを均等にするためだ。

人間の社会でも、おいしい部分は上に集中する。しゃもじで混ぜる役目は政治家か、と思いきや、彼らは“上から目線”で(味をしめた)おいしいモノを抱え込んで離さない。

深い味わいのある言葉がわからなければ、伝統文化を理解することができない。
相手に語りかける言葉の品位によっては、人間関係が豊かになることもあれば、傷つくこともある。数学や論理的思考の能力も国語力と結びついているはず。

 

1867

 

古今和歌集にある夏の歌34首のうちで、28首にホトトギスが詠まれている。
昭和の初め、随筆家・寺田寅彦さんは信州・星野温泉でホトトギスの声を浴びるほど聞いたという。

物理学者でもあった寺田さんは、随想『疑問と空想』にて<なんのために鳴くのか?>と問いかけた。

科学者らしい考察で...
多くは鳴きながら飛ぶ。雌を呼ぶつもりならば、鳴き終わった時にはもう別の場所に移っているので用をなさない。

<おそらくは自分の発する音波が地表面に反響するのを利用して、飛行に必要な測量をしているのだろう>、との結論に達した。

言葉を発し、その反響に耳をすませ、自分が現在いる位置と進むべき方角を確かめる。
思えば人の世も、ホトトギスと同じに音波測量で成り立っているのかもしれない。

 

1868

 

「感性」を調べてみると、心に深く感じること、知性や意志と区別された感覚、などと出てくる。それは、欲求、感情、情緒などに関わる心の能力であると。

巷では成熟社会を迎え、商品開発のカギは価格の安さや高品質だけではなく、感性価値が決め手になるようだ。

その昔、俳優の小沢昭一さんが東京・四谷の街を歩いていたら、お稲荷さんの前あたりから妙な話し声が聞こえてきたそうだ。

何かと見ると、先代の林家正蔵さんが誰もいない所で落語を演じていた。
たずねると、正蔵師匠は「神様に聞いてもらっている」と答えた。

つまり、“今日(こんにち)さま”に捧げる、ということだったらしい。

<その日一日を守ってくれる神様、おてんとうさま、今日さまという昔懐かしい言葉に久しぶりで出会った>との言葉を、小沢さんはその回想に添えた。

一斉に世の中が夜行性の魔法をかけられたかのように、おてんとうさまや今日さまを忘れた出来事が続いている。嘆かわしいことである。

とはいえ、日が沈みアルコールが入ると活き活きしてくる昼行灯(あんどん)の私が、言えた義理でもないのだが。

 

面白い話は やはりおもしろい

 

<勝ちに不思議な勝ちあり。負けに不思議な負けなし>。
野村克也さんが監督時代から口癖のように語っていた言葉である。

映画界では、巨匠・黒澤明監督が言っていた。
<良いシナリオから駄作が生まれることもあるが、悪いシナリオから傑作が生まれることはない>と。

こういう話が大好きなので、なにかの拍子に思い出している。

<死の場面になると、俳優たちは急にリアリズムに切り替わるのだ>。
喜劇王チャップリンさんは、東京で見物した歌舞伎の印象を自伝に記した。
直前までバレエのように舞っていたのに・・・と。

たしかに、一世を風靡した東映のチャンバラ映画より、歌舞伎にはスローな動きも多い。
<忍者がもう存在しないというのは嘘だ。シアトルにいるではないか>。
かつてアメリカで、こんなジョークが野球ファンの口にのぼったとか。
もちろん忍者は、(以前)シアトル・マリナーズに在籍したイチロー選手のことだ。

 

1865

 

株式取引の重要指標である“時価総額”は、発行済み株式数に株価をかけ、企業価値を示す数字として使われる。何千億、何十兆などの数字が並ぶと、縁遠い身にはピンとこない。
5年後に時価総額をいまの倍の1兆円に高める、との目標を掲げた日清食品ホールディングス経営陣は、社員に自社株の動きを意識してもらうのが難しいと感じた。

そこで生まれたのが「カブテリア」という名の社員食堂であった。
自社株の動きを掲示し、株価次第では翌月の昼食メニューが変わるシステムなのだ。

月末の株価が前月の平均を上回ると、“ご褒美デー”を設け、豪華な料理を振る舞う。
逆に下回れば、寂しい料理に取って代わる。その“お目玉デー”のメニューは、昭和30年代の学校給食に習い、揚げパン、牛乳、おでん・・・などらしい。

経営陣も反省の気持ちから、執行役員がエプロンを着けて配膳にあたるという。
そこがおもしろいと、社員には大受けで利用者も増えたという。

 

1866

 

人間の腸内に棲息する細菌の数は1000兆にもなるという。
人間は大量かつ多種多様の細菌と共存して、多くの仕事を細菌に“外注”しているらしい。
胃がんの原因にもなるピロリ菌だが、胃酸を薄めて胃の粘膜を守る作用を人間に代わって何万年も行っている。

ピロリ菌を除菌すると、胃潰瘍の薬を飲まなくてはならなくなることもあるそうな。
大腸の“腸内細菌”は、住んでいる場所や人種、食べ物といった地球での人間の文化や生活と深く関わっている。腸内細菌は肥満やがんに関係することがわかってきたとのこと。
昨年、横浜で開催された日本抗加齢医学会の学術総会では、腸内細菌が認知機能を高める、という報告が出たようだ。

健康な成人の腸では“善玉菌”が20%、“悪玉菌”が10%である。そして、その他の70%が“日和見(ひよりみ)菌”と呼ばれるものである。善玉や悪玉にコロコロ寝返るタイプだという。おそらく私は、この日和見菌にかなり感化されているようだ。