日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

簡易さの裏側には人手いらず

 

地方へ行くと人の数が少なく、廃業店舗が目立つ。“東京一極集中”の言葉がどうしても頭に浮かぶ。しかし、そればかりではないらしい。

東京都への流入超過は1957年の24万4010人をピークに一度下降し、1967年から1996年までの30年間のうち、29年間は流出超過を記録している。同期間の他都道府県への流出は208万2586人だという。

地方暮らしがブームだもいう。移住者にとっては、アマゾンなどのネット通販が打ち出の小づちらしい。衣食などの生活用品を始め、映画や本もかんたんに賄える。

しかし、万能のようなネット通販の時代も移りゆき、“現実の店、ネット、無駄のない物流”などが融合した“新小売”が、今後の主役になるかもしれない。発信地は中国だ。

 

 

無人コンビニやスマホ決済と、中国流通業の変化は進む。丁寧な接客と洗練された店を誇った日本の小売業も、中国のIT技術に飛び越されるのではと懸念。

日本の大手流通グループも中国でITにより店員をぐっと減らした大型の店を作り、いずれ日本などにも広げる構想があるそうだ。電子マネーや顧客データなどを生かした新しい店を急ぎ開発するため、その参考になるのが中国の無人店舗だという。

時代の流れは建築現場にも大きな変化が・・・。大工がノミやカンナで木材を削り、穴を開けて柱やはりを組む。そして、何もなかった土地に戸建て住宅が姿を現す。

そうした建築現場は、もうほとんどないといわれる。今、木造建築の95%以上はプレカット工法らしい。プレカット工法とは、木造住宅に用いる木材を事前に工場で加工し、
現場に搬入する工法である。

大工が現場で一本ずつ木材を加工していく在来工法に代わり、コストカットや工期短縮に資するプレカットが急速に普及してきた。それを支えるのは木材加工の工場である。

 

 

ある会社の基幹工場は無人作業で、ベルトコンベヤーの上を無数の木材が流れていく。ドリルやカッターが器用に動き回り、1本の木材をはりや柱、(家を支える)構造材以外の部材などとさまざまに加工していく。

人間の仕事は木材の梱包や運搬、そして機械のメンテナンスだけ。別の工場ではそれすらも機械化を進めており、工場内に人間がいない。

顧客は、大手ハウスメーカーから地元の工務店まで広がり、プレカット抜きに木造住宅は成り立たなくなっている。プレカット市場の背景には、(木造住宅の)工法の変化がある。

かつて、柱やはりを組み、筋交いを入れることで骨組みを作る在来工法が主流だった。1970年代からコストと工期を圧縮し、住宅を大量に供給するための手法として、柱の代わりに壁で家を支えるツーバイフォー(2×4)やプレハブ工法が主流になってきた。

プレカットなら現場での作業は部材を組み立てるだけで、墨付けや刻みといった職人技術を身に付ける必要もなくなった。人手を省けば省くほど、家が短期間で建つようになっているのである。

 

ロスジェネ世代が中心なのに

 

“バブル景気”と呼ばれた好景気の急激な後退は1980年代後半に起きた。高騰し続けていた株価や地価も下落に転じた。

バブル崩壊後から約10年間の期間に就職活動をした人たちが、“ロスジェネ世代”と呼ばれるらしい。1970年~1982年頃に生まれた世代である。

ロスジェネ(失われた世代)といわれる人たちは、生きづらい青年期を生きて、今は30代後半から40代。社会に出る頃は不況のあおりで“就職氷河期”まで始まってしまう。格差や貧困といった問題にも直面した世代である。

本業以外にも収入源を確保したいと考える人は多いはず。しかし現実はなかなか厳しい。昨年2月、某協会が全国の20~50代の働く女性1200人へ副業に関する調査を行ったという。

 

 

副業に取り組みたい人は全体の22.9%で、理想の収入が平均で月5万2164円だという。金額帯別の最多は月3万円以上5万円未満で34.9%。既に副業をしている人は全体の19.4%で、その平均月収は1万9903円であり、理想との開きは3万円以上であった。

全体の過半数が月5000円未満のようで、(理想の)月3万円以上5万円未満を実現している人は6.9%にすぎなかった。

<正社員になります>。この3月、東京都内のある小学校の卒業式で1人の男子が、こう言ったそうな。東京新聞の社説にあった。目指す職業や進学する中学での目標を語る中での話だ。

今春卒業した小学生たちが生まれた約2年後の2008年、リーマン・ショックが起き、多くの派遣労働者が仕事と住居を一度に失い、非正規雇用の不安定さを社会に突きつけた。

本来、働くことはやりがいや喜びを感じるもの。そして自分が社会の役に立っている実感を得る大切な営みであるはずが、まずは正社員になることのハードルが高いのである。

 

 

平成の世に入り、バブル経済が崩壊し経済が低迷した。生き残りへ企業は賃金を抑える非正規雇用を増やし、非正規で働く人はこの30年で(働く人の)約2割から4割近くに増えた。その人数は約2千万人と2倍以上である。

生活を支える社会保障制度は時代に寄り添えているのか。そして、子どもを産み育てることを難しくしているのは何か。

非正規で働きだすと技能向上の機会も少なく、正社員になることは容易ではなくなる。低賃金で雇用も不安定だと結婚もままならない。当然、出産や子育てにも影響してくる。

長時間労働で仕事に追われる夫では子育てができないし、安定した高収入がなければ学費も賄えない。

誰でも汗を流して働けばやりがいと生活できる賃金が得られる。私が、今のロスジェネ世代と同年齢の頃はそれが普通のことであった。そういった労働に戻さなければならないのに、そこからますます遠ざかっているような気がしてならない。

 

 

今週のお題「平成を振り返る」

 

声の個性に魅了されることが

 

彼女の歌声が会場に響く。ミュージカル『レ・ミゼラブル』の挿入歌『夢やぶれて』の一節である。審査員は目を丸くし、観客は一瞬息を呑んでから総立ちになった。そして、割れるような喝采が贈られた。

天使の歌声。スーザン・ボイルさんの代名詞となった。そのオーディションの場面がYouTubeで公開されてから、閲覧数が爆発して一気にスター歌手になった。

アメリカのジャズアンサンブル、“ピンク・マルティーニ”のリーダーは中古レコード店由紀さおりさんのアルバムを手にとった。ジャケットの写真が気に入り購入。楽曲を聴いて歌声に魅了された。

由紀さんはピンク・マルティーニとのコラボレーション『1969』が海外で高く評価され、2011年に世界20ヵ国以上でCD発売・デジタル配信され、iTunesジャズ・チャートやカナダiTunesチャート・ワールドミュージックで1位を獲得。

 

 

現在は、国内外の教会のコンサートなどで神の愛を歌い、賛美歌の歌い手として活躍している本田路津子さん。

47年前の連続テレビ小説藍より青く』の主題歌『耳をすましてごらん』のあの歌声に聴き入ってしまった。彼女のオリジナル曲はその歌声とマッチしてすばらしいものばかり。『めぐりあうためには』という曲も好きで歌詞も素敵だ。

ふるえるような声と少したどたどしい日本語。『八月の濡れた砂』という映画作品は、若き時代の湘南海岸が舞台であった。作品の内容はどうということはないが湘南海岸のなつかしい雰囲気がたっぷり。

そのエンディングシーンに流れるテーマソングの歌声がたまらなく好きになった。石川セリさんが歌う映画と同名の曲である。

私の中の永遠の名曲『八月の濡れた砂』(作詞:吉岡オサムさん / 作曲:むつひろしさん)は今も宝物で、聴く度にからだがゾクゾクしてくる。

 

 

私が子どもの頃と比べ、男性の役者さんや歌手の方たちの声が高音になっているような気がする。裕次郎さん、雷蔵さん、勝新さん、高倉健さん、加山雄三さん、三船敏郎さん、など思いつくだけでも、魅力的な低音の役者さんたちがどんどん出てくる。

映画館の大きなスピーカーで聞く俳優の低音が大好きだった。声変りをする直前の時期、自分の声がどう変わるのかがわからない。どうしても低音になりたかった。その願いもどうにか叶った。

興味のないまま、騒がれていた『冬のソナタ』をネット配信で観ておどろいた。ペ・ヨンジュンさんがあまりにもすばらしかったからだ。

惹かれる第一の要因は、なんといってもあの低音の声。ソフトな顔立ちとの違和感がとてもよかった。日本の役者さんによる吹替版は、ヨンジュンさんより高音で声質もちがう。もし、初めに吹替版を観ていたら魅力は半減していたはず。

そして、ヨンジュンさんは市川雷蔵さんの再来にも感じる。共通点で、魅力的な低音はもちろんのことリアリズムの役者さんだから・・・なのである。

 

なんでもできるスマホの弱点

 

そよ風といえば春のイメージだが、そよ吹くとはかぎらない。つい先日も風の強い日があった。“鉄砲西”や“西風(にし)落とし”など、風向きの急変に準備する言葉はこの季節に多い。侮るな・・との戒めとして、気象用語の本にあった。

本といえば、“本屋ゼロ”の市町村・行政区が全体の2割を超えて久しい。人々に愛されてきた街角の書店が廃業しているらしい。私は経験ないが、立ち読みをしていてハタキでぱたぱたと掃除をする店主さんのイメージが浮かぶ。

ハタキにも“ルール”があり、<30分は立ち読みを黙認。それ以上の時間になると、やおらハタキをかける>。そして、客の方も心得ていてハタキが始まると本を書棚に戻し、店を出ていく・・とか。楽しそうな風景である。

 

 

本を読まない。またはネットでの注文が当たり前になったとのことで、町の書店は近年、毎日1軒のペースで消えているらしい。また、無料で漫画が読み放題とあれば、昔ながらの書店、出版社、漫画家の商売は成り立たなくなりそうだ。

海賊版サイトによる著作権侵害の損失額が推定で約4千億円、などときけばゾッとする。もちろん正規の料金を払う“読み放題”にしても、本の時代よりかなりお得感は大きい。

今ではスマートフォンで本や漫画を読めて、音楽や動画の視聴もできる。便利な道具であるスマホだから、その裏合わせで電池の消耗は激しい。

そのため、モバイル電池が(持ち歩きの)必需品となっている。私も外出時はカバンの中に入れているが、いざというときにつないだり付けたまま使うのがけっこうわずらわしい。

外出時に使用しているスマホのバッテリー切れを気にしなくてもよいということで、使わなくなったスマホを活用している知人がいる。スマホは一括購入すれば10万円前後する高価なモノである。部屋のどこかでホコリをかぶっているのならもったいない。

 

 

物は考えようで、使わないスマホには使える転用方法が多い。本体や外付けメモリーカードに、音楽や動画を詰め込み持ち出す。そして、音楽や動画の再生専用プレーヤーにしてしまうのだ。お気に入りのイヤホンで好きな音質も楽しめる。

在宅時などWi-Fiにつなげば動画や書籍の閲覧もできるし、音楽のストリーミングサービスも利用できる。古いスマホを(Wi-Fi接続で)チャージしておけば、オフラインでもおサイフ代わりに使える。他にも使い道は幅広いはずだ。

そもそもが、スマホで電源を多く使うのは画面を点灯させること。音楽を選ぶ操作や動画を再生する操作でどんどんバッテリーが失われる。

それらの作業を旧スマホにやらせて、現役スマホのバッテリー不足を気にすることもなく使い分ければいいのである。

 

 

今週のお題「新生活おすすめグッズ」

安物で銭失い ただは高くつく

 

“故事ことわざ”では、今も通ずるものが多い。<安物買いの銭失い>。安いものは品質が落ち、買って得をしたように感じるが、すぐに壊れて使い物にならなくなるから、高い買い物をすることになる。『江戸いろはかるた』の一つだという。

<ただより高いものはない>との言葉もある。本来の意味合いとして、「ただの物は返礼に苦労したり無理な頼みごとをされ、かえって高い代償を払う」ということ。

人類学でいう“互酬性(ごしゅうせい)”は、もらい物には返礼をという習慣で、ほとんどの人類の文化にはそれがあるそうだ。無意識のうちに、返礼や(代価の)支払いが浮かび、人の自由を拘束する力が潜むとか。

 

 

今はインターネットのサイトなどで、“ただ”と思い使うサービスのアンケートなどがクセモノである。個人情報や趣味嗜好、政治信条などと企業や外国政府に利用されることもあるらしい。

個人情報の搾取や詐欺の横行で、正規のサイトへのログインに手間がかかることも多くなっている。偽装サイトの方がすんなり入れてストレスにならない、と騙されることの悪循環にならないか心配である。

本人確認が多すぎるというのは矛盾であり、今の時代での盲点でもありそうだ。早くつながりたいとの一心で疑う余裕も失せてしまう。こういうユーザー心理を、本家本元は考えているのだろうか。

ああしてはいけない、こうしてはいけない・・・との教訓を受けても、行政や警察の名を語られると、逆にだまされやすくなるような気もする。

 

 

ノンフィクション作家・佐瀬稔さんのエッセイ『彼らは支払いを拒否できない』では、元世界ヘビー級王者のジョージ・フォアマンのことが記された。メキシコ五輪の金メダリストで、その一つ前の東京五輪の優勝者であったジョー・フレージャーを破り、無敗のままプロの頂点も極めた。

フォアマンは順調に勝利を重ねたボクサーである。当時25歳で、プロ成績は40戦40勝(37KO)。1974年には連続KOを24戦に伸ばしてモハメド・アリとの対戦を迎えた。

かたや32歳(当時)のアリは3年7カ月のブランクを経て1970年に復帰。王座奪回に挑んだ1971年のフレージャー戦でプロ初ダウンと初黒星(判定負け)を喫し、1973年のケン・ノートン戦でも顎を砕かれて判定負け。アリのフットワークに衰えがみられ、この試合でキャリア初のKO負けを喫して引退に追い込まれるのでは・・と囁かれた。

アリが劇的な逆転KO勝利をおさめたこの試合は物凄く、開催地にちなみ『キンシャサの奇跡』と(今も)呼ばれる名勝負であった。

<勝者は敗者の思いを、いずれ支払うべき負債として背負わねばならない>。彼らは支払いを拒否できないということなのである。

 

メッキの下に隠れているもの


サッカーのアーセン・ベンゲル監督は名古屋グランパス監督も務め、1996年10月から2018年5月という長期で英プレミアリーグアーセナルを率いた監督である。

<監督業をしていれば、何の苦労もなく日々を過ごすのは不可能。喜びに舞い上がることもあれば、恐ろしく落ち込むこともある。サッカーへの愛を失うことなく失望に対処する方法を身につけねばならない>と、数々の名言でも知られる。

<代表監督はマゾヒストでなければ務まらない。結果は重要なのでない、結果がすべてなのだ>とも語った。たしかに、日本代表の監督でも、結果が出ないとかんたんにお払い箱になる場面を見ている。

政権が即刻吹っ飛んでもおかしくない不祥事のオンパレード。安倍政権の命運は支持率次第といわれ、(ここまでの事態なら)危険水域とされる2割台に下がってもおかしくないのに、どうしてまだ4割以上あるのか不思議だ .

 

 

仕事の関係で、与党の集まりに年配者が押しかけるのは見ていたが、安倍政権は若い人の支持も高いらしい。雇用状況の改善など国全体の経済が良くなっているという認識なのか、リーダーを代えるリスクの方を恐れているとも。

忖度、虚偽、隠蔽、改ざん、口裏合わせ、財務省でたらめ目録、失言、暴言・・・。書き出せば、切りがない。

昨年の件でも、起きた不祥事は行政側が勝手に忖度したのであり、安倍首相の問題とは思っていない人が少なくないようだ。世論も飼いならされてしまっているのか、あまりにも異常なことが起き過ぎて、本来許容すべき事態ではないのに“うやむや”な結果ですませてしまう。

官僚が勝手にやったのならそれこそ大問題で、内閣が無能ということになるし、内閣の責任は免れないはずなのに。

 

 

不祥事も何度か続くと、そのショックがだんだん軽減されていく。それを「麻酔的作用」というらしい。昨年の調査で、安倍政権を“非常に支持”する人は5.9%にすぎず、“ある程度支持”が34.1%という数字であった。

“ある程度”の人たちが不支持へ動く可能性はあっても、野党の不支持がそれを上回るため空回りである。せいぜいが、<王様は裸だ>と安倍政権を支持する人たちに対して喚起し続けるしかない。

男性の受け継いできた職業が花柳界にもあるそうな。芸者や鳴り物とともに座敷にあがる「幇間」(太鼓持ち)である。

客の機嫌をとり、席のもてなしをするのが仕事で、その昔東京に(政財界人が贔屓にした)桜川忠七さんという名物男がいたらしい。桜川さんはこう言っていた。<バカのメッキをした利口者でないとなれない職業なんです>。

客の政財界人は優秀な人の集まりのはずだが、バカのメッキがよく目立つ。その中身が利口者であればいいのだが、その結果は・・・。サッカーの監督の如く、かんたんにお払い箱にされないところがもどかしい。

 

なくてはならぬこの名コンビ

 

いろいろな分野で使われているQRコード。それは生産技術として、1994年にトヨタグループの「日本電装(当時)」が開発したものだという。つまり日本製だったのである。

かんばん方式”で(在庫を持たない)生産管理をするトヨタは、書類の代わりにQRコードを使おうと考えた。

横方向に情報を格納するバーコードに対し、QRコードは縦横に格納できるのでたくさんの情報を扱える。また、汚れに強く、一部が欠けても情報を読み取ることができるとのこと。

今ではスマートフォンなどで読み取り、インターネットにつなげて様々な情報を得ることができるスグレモノでもある。

 

 

IT活用で社会をどう変えるか。そこでQRコードに注目したのが、システム工学者の石井威望さんである。

<紙の本にすごい可能性を与える技術だと思います。本とは何なのかを問いかけ、将来の本の姿を考えるきっかけにもなります>。紙の本には限界がある、と石井さん。

文章、写真、図で説明を尽くしても伝わらないことがあるため、テレビのような動画を見せれば、分かりやすくなる可能性が出てくる。仮に、小型無人機“ドローン”が出るページにQRコードをつける。それを読み込ませると、ドローンを操縦している動画につながるという具合にである。

今や、多くの人がスマートフォンタブレット型端末を使っている。QRコードを使う環境が整備された時代だからこそあらゆる可能性が広がるのだ。

 

 

読み取り端末を用意する必要がなく、スマホで読み取って決済できるため脱現金化として世界へ浸透することも・・・。

徹底的に活用しているのが中国のようだ。中国では様々なものにQRコードをつけ、現金でなくスマートフォンで決済するようになってきている。以前見たテレビでは、屋台の店までQRコードの紙を貼り付け、客がスマホをかざして飲食をしていた。

キャッシュレスでモノやサービスの対価を支払う決済比率は、韓国が89%で中国60%、米国は45%とのこと。ちなみに日本は18%である。

韓国では小さな店や食堂でも、現金のやり取りをほとんど見かけないといわれる。日本の場合、(中国に比べて)QRコード決済事業者にまとまりがなく、使える店等の共通性がなさすぎるのが低比率の要因にも思える。客からみれば、すべての店で使えることがなによりである。

急増する訪日外国人客の買い物需要などもキャッシュレス化への加速になるはずだが、どこまで対応できるかの勝負である。

そして、インターネット接続の車やキャッシュレス化で、なくてはならぬものがスマホである。端末やデバイスという役割だけでなく、スマホは正真正銘のスーパーコンピューターになってくる

企業側にもキャッシュレス化の利益がある。情報を登録すれば利用できて初期費用が少ない。店で現金を扱わなくなることで、釣り銭の準備や売上金の入金といった作業がなくなり、従業員の省力化が図れるからだ。

 

目借時には野球観戦心地よし

 

春の陽気についうとうとする眠気を目借時(めかりどき)という。この時期の季語で、カエルが人の目を借りにくるから・・・との俗説もあるそうな。私もこの春は仕事の時間が切り替わるため、夕方あたりにうとうとすることがある。

眠りの貸借といえば、“睡眠負債”という言葉が以前に流行った。日々のわずかな睡眠不足が借金のようにたまるという話だった。脳の働きを大幅に低下させるばかりか、がんや認知症のリスクまで高めることもあるとか。

先日は、開幕を迎えたプロ野球をテレビ観戦しながら、うとうとしていた。相撲やプロレスだと目が冴えてくるのだが、プロ野球の間合いが私の睡眠を誘う。

刺、盗、死、殺・・・など、殺伐とした文字が多い野球用語もある。反面、安、生、敬という響きの良いものも少しはあるようだ。“敬遠”とは「敬して遠ざく」と読み、相手を敬いながら、むやみになれなれしくしないこと・・・なのらしい。

 

 

申告敬遠により、敬遠数は劇的に増加したという。2018年、各球団の故意四球の比較数では、9球団が過去5年間で最多を記録している。12球団の総数は285個で、過去5年で最小だった2017年の90個と比較すると、その数は3倍以上にもなる。

2017年から18年で監督が変わった球団は3チームしかなく、大きな戦術の変化があったとは考えにくい。その増加要因は申告敬遠の導入による影響が、大きいのではないだろうか。

あと、判定に異議がある場合、監督がリプレー検証を求める「リクエスト制度」も導入された。昨季は494件(セ251、パ243)が実施され、32.8%にあたる162件で判定が変更された。

9回で終了した試合の平均時間は、前年より5分長い3時間13分。延長も含めた場合も5分長い3時間18分だった。

 

 

豊田泰光さんが、現役時代の昭和36年に初めてハワイに行ったとき、現地では広島出身の日系人に世話になったという。<どこ遊びよるん>。豊田さんが野球選手と知ると、広島弁でポジションを聞いてきた。“遊び”が“プレー”の直訳だとわかり、豊田さんはこれこそ<野球の原点!>と納得した。

そもそも、野球とはどんなスポーツだったか。遊びなのだから、好きなポジションを選べばいい。投げるのも打つのも好きなら、投手と打者の“二刀流”でかまわない。大谷選手は野球の原点に近づいているような気にもさせられる。イチロー選手もそうだった。走・攻・守でのスピード感や躍動感。数々の名場面は何度見ても飽きない。

高校野球で熱くさせられるのは、一敗もできない状況で、テンポある試合の流れ。時間があれば何試合でも見て、うとうとする暇もない。

さて<春眠暁を覚えず>も、あまり寝すぎるのは問題らしい。真っ暗な環境で通常より2時間以上寝過ごす人は、睡眠負債があると思った方がいいという。まどろむ春の快楽にも、おちおち身をまかせていられぬようだ。

 

便利さの呼び込む低いレベル

 

90億光年離れたところにある星の観測に成功。東京大などの国際研究チームが発表したのは1年前であった。

2015年、研究チームはハッブル宇宙望遠鏡で、90億光年離れた銀河に輝く天体を見つけたが、一つの星として観測できたものでは最も遠いとのこと。

その巨星は「イカロス」と名付けられ、大きさは推定で太陽の直径の約200倍。100億光年より遠くで、(多くの星が集まる)銀河や超新星爆発などの現象を観測されてきたが、単体の星では出す光が極めて弱く、観測が難しかったそうだ。

その成果は、イギリスの科学誌にも掲載された。

 

 

小さな誤解が23年後の2002年、小柴昌俊さんにノーベル物理学賞をもたらしたという。宇宙から飛来する素粒子ニュートリノ”を検出するため、微弱な光を電気信号に変える役目を果たすこの会社の光電子増倍管が欠かせなかった。

電子機器メーカー、浜松ホトニクスの晝馬輝夫社長(当時)は当初、小柴東大教授の注文を断るつもりだったそうな。小柴さんは口径20インチを求めていたが、それは当時最大の5インチに比べて破格の大きさであった。しかも、“金はない”とのこと。

気が変わるきっかけは、小柴さんの研究室に入ったときのこと。毎朝、聖書を読む習慣の晝馬さんは、壁に掛かっていた宗教画を見た。

現代科学のバックボーンはキリスト教だと、信じていた晝馬さん。<先生も神のみぞ知る絶対真理を追い求めている>と共感した。

その絵は、小柴さんが海外旅行中に、気に入って購入した絵にすぎなかったらしいのだが・・・。

 

 

3世紀余前のこと。1701年の4月21日午前に、松の廊下(江戸城)にて儀式や接待をつかさどる吉良上野介赤穂藩の主・浅野内匠頭が切りつけた。取り押さえられた内匠頭は、幕府からその日のうちに切腹を命ぜられた。

家臣2人が殿中での刃傷ざたの一報を国元に伝えた。現在の兵庫県までは約620キロの道のりであった。その走破は6人がかりの早かごを宿場ごとにかえ、4日半を要した。そして、<殿、切腹>の第二報もその半日後にもたらされた。

身命を賭して揺られながら疲れ果てた姿で語る、真に迫ったその内容に疑いを持つ者はいなかったであろう。

現在、情報の伝わるスピードや量はその時代と次元が異なる。個人が手のひらで受発信できることから、電話、メール、SNSなどを駆使した詐欺情報も増える一方。フェイクニュースや誤った情報が公然とちまたに流れ、またたく間に広がる例も格段に増えた。

大国の某大統領も、地球規模の危険を孕む言葉を平気でツイッターに乗せて発信している。広大な宇宙の中の地球では、便利さが増せば増すほど稚拙さが露呈しているような気がしてならない。

 

短所の修正より長所を活かす

 

「令和」を初めて聞いたとき、私は“いいな”と感じた。「平成」のときはなにかピンとこなくて、“自分は「昭和」の人間だから”という意識が強かった。それは今も変わらない。“好き嫌い”は人それぞれであるが。

昭和の戦後に誕生した(初の名人として)将棋史に名を残す塚田正夫さんは、無口で“えらぶらない人”だったらしい。<勝つことはえらいことだ>。ファンから一筆せがまれるときの一文は拍子抜けするくらいに気取りがなかった。

私は、ひょうひょうとした人物が好きだ。塚田さんは一つの白星をあげるために、いかなる苦労をしてきたことだろうか。その一文はなによりも“自分へのほうびの言葉”であった。

平成に生まれた最年長者は今年で30歳という計算だろうか。元号が変わることより早く、この4月に社会人デビューした若者たちのほとんどは、平成生まれのようだ。

 

 

固定電話で見ず知らずの相手と話した経験のないスマホ世代は、電話応対の基本を習っても、失敗が怖くて電話に出たくない・・・などと揶揄されるのもこの時期か。

固定電話のやりとりでクレームもさんざん受けてきた経験がある。しかし、近年は固定電話が使いにくく感じてしかたがない。

パソコンが苦手な若者も、今のスマホ世代には少なくない・・・と。しかし、肝心な作業はパソコンがないとできない私から見れば、スマホを(パソコン以上)器用にこなす若者たちがうらやましい。アンドロイドの初代機からスマホを使っているが、電話をかけたりLINE利用もモタモタしている。

物は考えようで、“居直る”ことも大切だろう。スマホを使いこなす技術からみれば、固定電話もパソコンもどうってことない。慣れれば勝ちである。それよりも、プロデュース能力を高めるような意識を持つことが大事だと思う。さまざまな専門家を集めて(トータルで)大きな仕事をする場合、その価値はますます高まるはず。

 

 

人が左に行くといえば、右に行くような“あまのじゃく”も欠かせない存在である。人とは違った目でものを見て、異なる判断を下すことができる能力が身につくからだ。そして、目的とは別のものを発見するように心がけることも大切。

“なにかのついで”ということを意識していると、情報収集も効率的になる。一石二鳥が何鳥にもなる可能性が出てくる。

行きつけの居酒屋などでは、さまざまな企業、業種の人と知り合えたら楽しいはず。それも、できるだけ自分とは異質の人とつき合うことが、なにかのチャンスになるかも・・だ。

なにごとも、100%完璧を目指せば無理も生じ、エネルギーが多く必要となる。最低の許容ラインを前もって70%達成などと決めておけば、効率的に最高の結果を得ることもある。まずは、自分の得意分野をどんどん伸ばすことがいいようだ。

 

 

今週のお題「桜」