日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

よくある噴飯モノのできごと

 

その昔、小学校で先生から「ひとの嫌がることを進んでしなさい」と児童が教わった。
日本語はむずかしい。ある男の子は、女の子の嫌がることをしながら歩いたという。

数年前の文化庁国語に関する世論調査」では、“噴飯モノ”を「腹立たしくて仕方ないこと」と誤解していた人が、本来の意味とされる「おかしくてたまらないこと」を倍以上も上回った。

“食べている飯を笑って噴き出す”との語源はわかっていても、そのままのつもりで使ったら誤解を受けてしまうこともありそうだ。

テレビ番組『笑点』の大喜利を見ながら、「ああ、おかしくてたまらない。じつに噴飯モノだ」と言っても、周りから怪訝な顔をされるのがオチだろう。

ましてや、先輩や上司にお世辞のつもりで、「そのユーモアのセンスは噴飯モノですね」などと言えば、どのような目にあうかわからない。

 

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夏目漱石さんは真の噴飯モノがお好きなようで、大の落語ファンだったとか。
小説『三四郎』では、登場人物のセリフを使い三代目柳家小さんを絶賛している。

「小さんは天才である・・・彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合わせである」。
その生身の芸に触れられる幸せをうれしそうに語っている。

また、司馬遼太郎さんにも桂米朝さんの芸に触れた一文がある。
「私は人生の晩年になって米朝さんという巨人を得た。この幸福をどう表現していいかわからない」。

古今亭志ん朝さんが脂の乗りきった高座をつとめていたころには、
志ん朝と同時代に生きられるぼくらは、まことに幸せではないか」と作家・小林信彦さんが書いた。

この方たちもまた、真の噴飯モノを追いかけていられたようである。

 

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思えば、憧れる人たちと同時代に生きられるということは、とても運が強いことなのであろう。若人と老人の年齢差があったとしても、同時代に生きられる幸福感はとても大きい。

南米には、年の取り方について「老いる者と、若さを重ねる者がいる」という表現があるそうだ。真の噴飯モノを追いかけていることだけでも、若さを重ねる人生に結びつくかもしれない。

めしべとおしべだけでは受粉できない。虫や風が仲立ちをするからこそ子孫がつながる。
ヒトも同じで、父と母、友、自然・・・に仲立ちをしてもらっている。この世に生まれ出た命には、欠如を満たしてくれる他者がいる。

栄華を誇った巨獣でさえ、自然という他者との絆が切れた時に滅び去った

余談であるが、いつまでも続く政治家たちの不正や不透明な仕事。そして相も変わらず、お得意の弁明が繰り返される。新聞やテレビのニュースに触れるたび、噴飯ならぬ憤懣やるかたない思いにさせられる。

『三四郎』の書生いわく、「今から少し前に生まれても小さんは聞けない。少し後れても同様だ」と。「自分の人生とは、生きてきたその時々の目撃ではないだろうか」と語っていたのは、秋元康さんである。