日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

最後最後を連発したあの春は

 

戦国武将や歌人も温泉を好んだそうな。武田信玄湯村温泉に、藤原定家有馬温泉徳川家康も熱海温泉へと湯治に訪れた記録があるという。

この3月も忙しく、やっととれた連休で熱海に一泊して温泉を楽しんできた。このご時世でさぞかし閑散かと思いきや、平日も多くの若者や家族連れで混み合っていて驚いた。

花の下では、仲間たちでむしろを敷き、連歌俳諧を連ね、歌をうたったり詩を吟じて宴を楽しんだとのこと。江戸時代前期の上野の花見の様子だという。当時の上野では歌っても三味線は禁止されて、日暮れに花見客は追い出されたらしい。

喜びを分かち合いたい春らんまんの季節であるが、今年の春は桜の下での宴も許されない状況である。そういえば、一年前の4月には新たな元号が「令和」に決まり、いつもの春よりウキウキ感が高まっていた気がする。

 

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<平成を最後最後とこき使い>。あの時、こんな時事川柳を新聞で見た。「平成最後の」という言い方も、あの4月限りで姿を消すことになる。それを思えば、去りゆく時代への愛惜が増すのも人情か。

一年前の調査では、日本人の7割が平成は良い時代だったと考えていたという。去りゆく平成から良い思い出ばかりを拾い集めているようなところもあったのか。

<いつのことだか思いだしてごらん あんなことこんなことあったでしょ>。『おもいでのアルバム』という歌である。時の移ろいと思い出の歌にも、いやな思い出は一切出てこない。

<ノスタルジーとは過去のいいとこ取り>と書いたのは、脚本家・山田太一さんである。とはいえ、ふとした時によみがえる苦い記憶もあるかもしれない。<思い出というものは音もなく心をかじっていく>と言ったのはロシアの詩人・プーシキン

 

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昨朝、一仕事を終えて自転車でドラッグストアの前を通り過ぎたら、大行列ができていてビックリした。テレビで見たり話では聞いていたが、開店の何時間も前から文字通りの長蛇の列であった。目的はマスクだったのだろうか。

1973年のオイルショックで思い浮かべるのは、やはりトイレットペーパー騒ぎか。モノ不足の情報が駆けめぐり、トイレットペーパー争奪戦が起きた。“紙がない!”との騒動は助長して印刷用紙不足も招いた。

当時、分厚さを競っていた漫画雑誌のページ数も減らされて、短く仕上げるために漫画家たちは非常に苦労したという。

令和初の4月のこの景色を、一年前に想像できた人はどれだけいるのだろうか。