無名での原石を見抜く心の眼
芥川龍之介さんに『MENSURA ZOILI』という短編小説がある。小説や絵画などの価値を即座に判定する測定器があれば、どうなるのか・・・と。機械で芸術品の値打ちが測れるという国を空想している。
3年前、いくつかの図書館でおもしろい展示を試した。<あなたが最初の読者です!貸出回数0回の本>と銘打ち、過去5年間で1度も借りられたことのない図書を集めた展示である。
図書館で1度も貸し出し実績のない本は、意外に高く判定されるかもしれない。そんな貴重な本を“最初に読むのはだれ?”と。専門書等の利用の少ない本を書架に眠る隠れた宝として市民や利用者に知ってもらい、新たな本と出会う機会作りの一環である。
保存と公開が図書館の役割であり、必ずしもベストセラーだけでなく保存価値のある本も含まれている。歴史的価値がある教科書集や、専門誌など貴重な図書も多いのだ。
缶詰のラベルに「牛肉風うま煮」とある。中身は馬肉である。実在の品か、笑い話か、実否のほどは不明らしいが。国語学者・見坊豪紀(けんぼうひでとし)さんは『<’60年代>ことばのくずかご』に記した。
2013年、あちこちの有名ホテルで、レストランのメニューから“偽装”も同然の“誤表示”が明るみに出て社会問題に発展した。
小ぶりのエビは、すべて「芝海老」と表記していいと思っていた、などと記者会見での言い訳はひどいものであった。もしかして、霜降りの牛肉はすべて「松阪牛」と表示していい、と思っていたのかも知れない。
もっとも、ふだんから高級食品と縁のない庶民は、被害を被ることが少なかったためか、だれでもが怒っているような流れは感じられず、自然に忘れられてしまうような不思議な事件でもあった。
まだ20歳。俳優座養成所に通う無名のころの仲代達矢さんは、黒澤明監督『七人の侍』に通行人役で5秒間ほど出演している。テスト開始の朝9時から午後3時の本番まで歩き続けた。
歩いては叱られ、叱られては歩いた。昼食抜きの歩行練習もひとり命じられた。完成したその作品に仲代さんの名前はない。
7年後、映画『用心棒』で今度は準主役に抜擢された。「監督、ぼくを覚えていますか」と仲代さん。黒澤監督は答えた。「憶えているから使うんじゃないか」。
のちに、黒澤作品の大作への主演や、数多くの映画と演劇で活躍をする名優である。80歳代の今も、第一線で活躍されている。
叱られながら歩いた若き日の仲代さんは、心底腹を立てたことであろう。逆に、原石の輝きを見つけた黒澤監督の心の眼が、ニヤリと微笑んだような気がしてならない。