日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

ネットの情報量に対抗する質

 

何十年も気がつかないことがある。<空をこえて ラララ 星のかなた・・・♪>。
鉄腕アトム』の歌詞を書いたのは、(なんと!)詩人・谷川俊太郎さんであった。
恥ずかしながら、そのことを知ったのは本日の数分前。

谷川さんは85歳で創作生活67年。
詩だけじゃ食べていけないから、いろんな仕事を引き受けたという。

劇団四季の上演台本も書いた。市川崑監督からは、記録映画『東京オリンピック』の脚本に参加するよう誘われた。

1964年10月10日。ビデオカメラを持ち開会式に臨み、風船が一斉に空へ飛んだ瞬間、観客席から爪先立ちで夢中に撮った。そのカットは映画本編に採用された。

大阪万博でも市川監督のマルチスクリーン作品などに関わり、技術とアートの出会いを体験。真剣な原稿を書き自分を鍛えるのは、詩にマイナスではなかった。

60年代は、劇作家・寺山修司さんや音楽家・武満徹さんとラジオドラマを多く作った。

 

1935

 

時代にものすごく影響されて詩を書いてきた谷川さんは、新しい技術もどんどん利用する。インターネットと詩の相性は悪くない、という。

6年前には、アプリ『谷川』を作り、昨秋には全詩集(単行本)の電子版を配信した。
<インターネットの情報量に対抗するだけの質を、詩の一行は持ち得るんじゃないか>とも、谷川さんは言う。

ツイッターも試したが、谷川さんに140字は長すぎたらしい。
いつもパソコンの画面に詩を打って、心ゆくまで上書きしながら完成させる。

ワープロもビデオカメラも出始めた頃から使う。
録画のボタンを押せば、美しい情景が撮れ、言葉から解放される思いも体感しているそうな。さすがに谷川さんである。

科学技術やメディアの発達は、医療をよくして平均寿命を延ばしたり、タブレット型の端末機器で貧しい国の子供がいくらでも本を読めるようになる。
しかし、あまりにも電子機器が生活に浸透して、居心地が悪くなった面も危惧する。

 

1936

 

谷川さんには、漢語が外国語という気がしてならないとか。
ひらがなで表記できる大和言葉の方が耳に快いし暮らしになじむ。日本の詩歌の美しさは、俳句の短さに最もよく表れると言う。

「詩も、機能的に、飾りを排して短く書きたい。貧しく痩せないようにどうするか。そこに長い経験を注ぎたい」のだと。

18歳で詩を書き始めて、谷川さんにはいつも「今、ここ」しかなかった。
それは、人間が独りで、一切の先入観も知識も、ひと言の言葉さえなしに地球上に立った時のこころなのだ。それがどういうものなのか、ずっと意識している。

そして、<詩は青春のものと言われるが、むしろ老年のものではないか>とも。

谷川さんの詩は年月に流されず、いつも生まれたてのように新しい。
すっかり口語化した小説やJポップの詞も、元をたどればこの詩人の澄んだ言葉だったのではないだろうか。