鬼太郎とねずみ男を従えつつ
昨年、亡くなられた水木しげるさん。そのお墓に鬼太郎とねずみ男の石像があるとか。
悪事を働くもうまくいかず、時には反省ものぞかせるねずみ男を水木さんは好んだ。
私も、ねずみ男と目玉の親父の大ファンである。
「俺は人気者だ」。ねずみ男が鬼太郎に告げる。
「これから“ビビビのねずみ男”として売り出すからな」、と。
“ビビビ”とはビンタの音だと、水木さんは語っていた。
やたらにビンタを張るねずみ男のキャラには、いまいましい古兵の記憶がイメージされている。
軍隊時代、上官のご機嫌取りを一切しない水木さんは、誰よりもたくさん殴られた。
同様な話は岡本太郎さんにもあった。
ご本人も語られていたが、私の父親の知り合いに、太郎さんの上官だった人がいた。
太郎さんはどれだけ殴られても、何度も何度も起き上がる。その姿を見て上官は怖くなったという。
21歳で応召した水木さんは、南方の激戦地ニューブリテン島へ。
理由なく殴られ、敵襲から生きのびて戻れば、「なぜ死ななかったのか」と上官に責められた。
マラリアの高熱に苦しみ、飢えと渇き、爆撃で左腕を失った。
部隊は全滅し、多くの戦友を失った。
昨今のニュースでも、いじめやパワハラは後を絶たない。
江戸の俗曲に<旅は心、世は情け、捨て子は村の育(はぐく)みよ>とある。
捨て子があれば村の皆で育てるのだ、と。
水木さんいわく、「私の描く漫画にメッセージがあるとすれば<少年よ、頑張るなかれ>ですかね」。
水木語録をプリントしたTシャツにも<人のうしろをあるきなさい>との言葉が。
日本人には外国語を4字に縮めて使う得意技があるそうだ。
パソコンやリモコンなど、実に多彩だ。
「ハラ」のつく(言葉の)原点のような“セクハラ”という言葉。
最近かと思いきや、意外と古いようだ。1989年(平成元年)から使われているという。
セクハラという言葉が長く使われるだろう、と予言したのは作家・井上ひさしさんである。セクとハラの2拍が重なる語は、安定した構造を持っているから、との持論であった。
以来、「ハラ」のつく他の言葉がいくつも登場した。
上司からのパワハラ。酒をめぐるアルハラ。
生まれては消える。泡沫のような新語・流行語だが、根付いて生きのびていくものは、社会と切り結び響き合う(それぞれの)理由がありそうだ。
水木さんの残した仕事の量と質をみれば、ご自身が勤勉だったことは一目瞭然。
ところが、水木さんの言葉には、ホッとできるものが多い。
「なまけ者になりなさい」、「けんかはよせ 腹がへるぞ」などと。
そういえば、吉田拓郎さんの楽曲にも、『ガンバラナイけどいいでしょう』というのがある。
効率や成果ばかりへと神経をとがらせる日常に、自由な空気を吹き込み、人のこころの奥底に訴えて争いをいさめる。異界を知る先達の言葉は、現代への警句でもありそうだ。