日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

一つの出来事を巡るエフェクト

 

<わけがわからん>。超ワンマンの永田雅一大映社長は言い放った。黒澤明監督が撮った『羅生門』の試写を見たときのことだ。その作品は1951年のベネチア国際映画祭でグランプリを獲得。

戦争の傷が癒えぬ世の中も大いに沸いた。クロサワの名が世界にとどろく大きな契機となった。もちろん、永田社長も受賞作を一転して激賞した。

羅生門』の原作は芥川龍之介さんの小説『藪の中』である。一つの殺人に四つの異なる証言がなされる映画の内容が由来で、「ラショーモン・エフェクト」という国際的な心理学、社会学用語までもが誕生した。

ラショーモン・エフェクトをわかりやすく言えば、“真相はやぶの中”の喩えがなじみ深いかもしれない。

 

 

黒澤明監督の反骨的エピソードは多い。映画『赤ひげ』で、杉村春子さん演じる女主人がおかみさん連中から大根で頭をぽかぽか殴られるシーンもそうだ。

相手は大女優のため殴る方はどうしても遠慮する。撮影は難航したが、監督は満足できず何度も撮り直した。杉村さんは最終的にどれだけ殴られたのか。

創作には、強い思い入れが必要なのだろう。ニーチェは説いた。“人間は赤い頬をした動物”に分類され、しばしば羞恥を感じなければならなかった。歩みを止めて、省みては自分を恥じる。人が人たるゆえんだ・・・と。

<特別なことは何もない。ただタイプライターの前に座って血を流すだけだ>。こちらは、文章を紡ぐ苦しみを言い当てたヘミングウェーの言葉である。

 

 

辞書にも名文があるという。個性的な記述で知られる新明解国語辞典の「世の中」は、有名らしい。<個個の人間が、だれしもそこから逃げることのできない宿命を負わされているこの世>なのだと。そこには複雑な人間関係がもたらす矛盾や、許容しうる面と怒りや失望をいだかせる面とが混在する・・・と続く。

歴史ある旅館などで<文人墨客に愛された>とのフレーズを目にすることがある。昔の芸術家はよく長逗留して小説を書き、絵などの作品を描いた。神奈川県茅ケ崎市にある「茅ケ崎館」は明治32年創業の旅館で、日本映画の巨匠、小津安二郎監督の仕事場としても有名だったらしい。

<やっぱり映画は、ホームドラマだ>との言葉を残した小津監督は、家族の映画を撮り続け、今も世界中で根強い人気を誇る。『東京物語』や『早春』など名作のシナリオは、茅ケ崎館で生まれた。

私の住居から茅ヶ崎は、クルマでも電車でもそう遠くはない。この旅館の付近を仕事で訪れた時期もあったが、その旅館のことは最近知ったばかりである。目先のことに追われる我が身も(この世に関して)疎いことばかりのようだ。