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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

食欲は食べ盛りの昔への郷愁

 

近年は法事が多く、“おい・めいの子どもたち”との初対面が増えている。
おい、めいの子どもは何と呼ぶのか。検索すると、“またおい・まためい”もしくは、“姪孫(てっそん)”というらしい。その子たちからみると、私は“大おじ”になるのか。

核家族の始まりは半世紀以上前。それまで祖父母が共に暮らし、近所には大おじや大おばも住む。そういう時代であった。

出生率の低水準で一人っ子が増え、“姪孫”どころか“おい・めい”の存続さえ危うい。いとこって何? 何十年か先の子どもたちの会話に出てきそうだ。

知人との酒場談義で、幼い頃の食卓の話が出る。盛り上がる料理といえば、やはりカレーだろう。それぞれの家庭の味は、専門店もかなわない。とくに“夕べのカレーの残り”を翌朝に食べるおいしさのくだりで意気投合する。

食欲とは食べ盛りの昔への郷愁だという。そして「おかわり!」の記憶が、のちのちまで食欲を刺激する。

 

1665

 

少子化といえども、今の若者たちはすばらしい。オリンピックで世界を舞台に大活躍し、炎天下の甲子園ですばらしいプレーを連発している。

101年前の8月、今の高校野球の第1回大会が開幕する日、大阪朝日新聞は『初めて野球を見る人の為にベースボール早分り』という特集を組んだという。
以前、朝日新聞のコラムにあった。

まず、「野球とは18人の人々が9人ずつ敵と味方に分かれ、球(ボール)や打棒(バット)などという道具を使って互いに攻め合う遊戯である」と、始まる。

守備位置の呼び名などを図入りでこまごま説明するが、とても書き尽くせず、次のように締めくくる。

「むずかしい規則が山ほどあるが、やはり百聞は一見に如かず。我が社の大会を観覧せられんことを希望する」。そして、「野球とは思ったより面白いものだという感じを持たれるに違いない」と。

1世紀を経て、甲子園の夏は今たけなわである。

 

1666

 

高校野球第8日(14日)2回戦の東邦(愛知)対八戸学院光星(青森)はものすごい試合であった。おそらく生涯忘れられないほどの大逆転劇である。

7回の八戸学院光星の攻撃が終わった時点での点差は7。東邦は終盤に猛攻、4点差まで追い上げた9回裏、一死後に1点を返したものの、あっけなく二死である。しかし、右前打と左前適時打で2点差。左中間を破る2点二塁打で同点。最後は、左前へとサヨナラ劇の完成であった。

詩人、哲学者の串田孫一さんは、消しゴムを「救主(すくいぬし)」と呼んだ。
軽率や無知から生まれた書き損じを消してくれるのだから、と。
世の中には消しゴムのような職業がある。人は、ささくれた感情の“書き損じ”を歌手の歌声に忘れ、またアイドルの笑顔に紛らし、つかのま消し去りながら日々を生きている。

若者の熱気のさなか、SMAPが解散を発表。熱心なファンはとても多く、彼らも長年にわたり(ファンへ)消しゴムの役割を担っていたのだろう。メンバーもすでに、大人の世代だが、解散を主張したメンバーはあまりにも幼くみえる。もっときちんと、さわやかに、ファンへのお別れメッセージを伝えられなかったのか。

オリンピックや高校野球の選手たちは、職業として活躍しているわけではないが、観客や視聴者を感動させ、ふだんの“書き損じ”もさわやかに消し去ってくれる。

 

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