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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

幸福な偶然とそれ以外の偶然

人間

 

理学博士・鈴木章さんがノーベル化学賞を受賞したとき、“セレンディピティ”という英語を記者会見で使った。“幸せな偶然”のことだという。

どこに隠れているか分からない幸運を見逃さずに新たな発見につなげよ、との趣旨であろう。それでも人は“不幸な偶然”に出合ってしまうことがある。

寺山修司さんは少年時代に、修学旅行の船の甲板から、女性が海に飛び込み自殺するのを見てしまった。<わけもなく私は罪悪感のようなものにとらわれた。その後何度か夢まで見た>と随筆に記している。

 

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12年前、子どもの蹴ったボールが転がり、お年寄りが亡くなったという事故が起きた。小学校で、サッカー練習中の小6男児が蹴ったボールは門を越え、道路に転がり、オートバイの男性(当時85歳)がそれをよけようとして転倒した。

球の弾み方は路面のわずかな傾斜にも影響されるはず。男の子にとっても、男性にとっても“不幸な偶然”としか言いようがない。

最高裁が<通常は危険のない行為で偶然発生した損害は原則、親の責任は問わない>との初判断を示した。

 

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数年前に和歌山県で、マグロの無人販売所が登場したそうだ。新宮市の水産物加工業者が道路のそばに置いた冷蔵ケースは、行列ができるほどのにぎわいらしい。
生マグロの水揚げ高日本一を誇るだけに、お客さんにもうれしいシステムなのだ。

中には新鮮な生マグロが(パック入りで)入っており、料金は格安なのである。代金はお店の郵便ポスト状の代金箱へ入れるだけ。お釣りがあるときは呼び出しボタンで、隣の水産加工場から従業員が来てくれる。

外国の人が野菜や果物の無人販売所を見て、<日本に泥棒はいないのか>と驚くようだが、善意や良心に加え、隣人を疑わない信頼の心がなければ成り立たないはず。

<もし知らぬ間に変な人が毒を盛ったら>などと考えだしたら、お客さんも、提供する側も、まずそのような商売は考えられない。外国人の目には、無人販売所が“ありえない偶然の産物”に映るのも当然か。

 

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子どもの頃の時間はゆっくり流れるのに、大人になると時間はたちまち経過する。
ある脳科学者いわく<周りの世界が見慣れたものになってくると、時間が速く過ぎ去っていくように感じられる>とのこと。
たしかに、見るものすべてが新鮮な子どもと、大人との違いは大きそうだ。

<おめでとう。入学した170人は磨けば光る原石である。このなかから1つか2つ、美しく輝く宝石のような芸術家が生まれれば、それでよい。ほかの168人は宝石を磨く手伝いをせよ>。

彫刻家・澄川喜一さんが東京芸術大学に入学した式で、当時の学長による式辞なのである。裏方には裏方の喜びとやりがいがあるとはいえ、磨く手伝いをするよりは、誰しもみずから輝きたいのが人情であろう。

俗説らしいが、人は一生のうち3万人と何らかの接点を持ち、そのうちの300人と親しく会話をするという。人と人の出会いこそがなによりの偶然なのかもしれない。そして、自力で時の流れを遅くすることにより、新しいことを学び続ける。

新しい場所を訪ね、新しい人に会う。そして、どういう偶然が待っているのかと、ときめいてみるのもよさそうだ。すると脳の取りこむ情報量が多くなり、時間もゆったりしてくる。それが創造的な思考を育てることにつながるのだという。

 

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