日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

まめにチンして微妙にホウる

 

今さらではないが、「チンする」、「サボる」などと擬音や名詞などに、“る”や“する”を付けて動詞化した言葉が浸透している。電子レンジで加熱する意味の「チンする」を使う人は90%以上になるらしい。次いで「サボる」は86%。どちらも私は使っているが、いつから使い始めたのかはわからない。

喫茶店などに入るときの「お茶する」はまったく使わない。酒を飲みに行くことはあるが、“お茶する”機会が少ないためだと思われる。しかし、30代が90%も使っているようなので、そのことにおどろいた。

慌ててパニックになるとの「パニクる」は以前よく使っていたが、最近は楽な仕事が多いためか使うことが減っている。「ディスる」は、けなしたり否定したりする意味らしいが、使った経験が一度もない。

 

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「微妙」、「わたし的には・・・」などの、断定を避ける“ぼかし言葉”は、若い方を中心に幅広い世代へと浸透しているという。私と同年代以上より年下の人との会話で、よく使われている。<それって微妙ですよね・・・>という感じで。

ぼかし言葉の利点は、<はっきりとした物言いを避け、相手と距離感を保てる>ことのようである。また、いいか悪いかの判断がつかないときにも使いやすいらしい。

「わたしはそう思います」のことを「わたし的にはそう思います」と言う人は少しずつ増えているようであるが、私は“わたし的”を使ったことはない。

また、「とても良かった」と言うようなときに<とても良かったかな、みたいな・・・>ぼかした発言で相手の反応を見る言い方をする場合もあるらしい。

これらのぼかし表現は、コミュニケーションのあつれきを避けるため、不特定多数の人が閲覧するネット上でも重宝されているとか。これから、その視線でいろいろな記事を閲覧しても楽しめそうである。

 

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本来の意味を取り違えている慣用句などもあるようだ。
「やぶさかでない」を“喜んでする”ではなく、“仕方なくする”と取り違えている人がいたり、「世間ずれ」のことを“世の中の考えから外れている”と思っている人が半数いたと、調査で指摘された。“世間を渡りずる賢くなっている”のが本来の「世間ずれ」である。

<きびきびと立ち働き、面倒がらずにいそしむ>ことを「まめ」という。
口まめ、手まめ、足まめ、筆まめ、気まめなどがとあるが、いずれも最近ではあまり聞かなくなった言葉のようだ。

それでもまだまだ活躍中の“まめ”もある。それは、小まめに顔を出す「小まめ」なのだ。
小まめに散歩、小まめに節電、小まめに買い物などとあらゆるところに顔を出す。
年齢に関わらず、小まめな人は好感をもたれ、人気者になることがよくある。

 

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時間いっぱいになると「ホウ!」と気合を入れるパフォーマンスで知られる24歳。
大相撲の琴勇輝である。小まめな人にちがいない。

この春場所3日目で、横綱日馬富士を相手に得意の突き押しで、腕がよく伸び一気に出た。横綱戦での初金星を奪ったのである。

勝ち名乗りを受ける時、琴勇輝は必死に涙をこらえていた。そして、勝ち残りで座る土俵下で目に光るものがあった。

幕内4場所目の2013年九州場所では、左膝前十字靱帯断裂などの大けがで医師から再起不能を示唆された。2場所後に復帰したが、やる気も底をついた。

<自分のことを待ってくれる人がいたから>と、リハビリと稽古を小まめに続けた。
兄弟子の琴奨菊横綱昇進を目指している。
大関の役に立ちたいと思うことが自分の力になる>と語った。

琴勇輝は昨日の7日目で4勝3敗だ。1横綱と2大関を破っての成績である。
再起不能の大けがを克服して、ようやく動きが戻り、番付も自己最高位の前頭筆頭にまで上がった。

初金星を献上後、(琴勇輝を尻目に発した)日馬富士のコメントがおもしろすぎて忘れられない。横綱いわく、<おれが泣きたい気分だ>と。

 

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