日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

その素顔には笑いのドーラン

 

作家・劇作家の井上ひさしさんは、すばらしい喜劇作家でもある。

笑いを使いこなし、深刻なテーマにも迫った。喜劇の手法で、権威のばからしさや、正体をあばくことができると信じた人といえよう。

大きく見えたおそろしいものの姿を小さくし、庶民たちの小さい力を大きく見せる。
ただ、その方法を使いこなすには勇気が必要になると言っていたそうだ。
権威は、おのれの矮小化を黙って見ているはずがないからだ。

チャップリンさんの映画『独裁者』は、権勢をきわめるヒトラーへ笑いを武器に立ち向かった名作である。公開に際しては様々な脅迫を受けた。

その作品は、現実より5年も早くナチスの敗北を予言したといわれている。
刹那的なおもしろさだけではなく、深い洞察を秘めていた。製作者に、強い“志”があればこそである。

 

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昨年の今頃、大騒ぎになった映画がある。
アメリカ映画『ザ・インタビュー』である。北朝鮮の第1書記の暗殺を描いたコメディのため、(北朝鮮によるとされる)サイバー攻撃やテロの脅しがあったという。

そのため一度は公開を見送られたが、アメリカで公開された。
<どこかの独裁者が米国で検閲するような社会を許してはいけない>。
アメリカ大統領の弁である。

すったもんだの騒ぎのわりには、映画そのものの評判は芳しいものではなかったようだ。とはいえ、表現の自由の下に傑作も愚作もなく、脅しをはねかえす勇気を示した一幕でもあった。

 

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伊東四朗さんが「てんぷくトリオ」の時代、テレビのあるバラエティ番組に出演した。
歌う場面があった。本職ではなく、普通はあまりうるさく言われないものなのに、<コメディアンというのは歌手よりも歌がうまいものなのです>と、(渡された)伊東さんの台本の裏に書いてあったそうだ。

完璧なショーを追求する井原高忠プロデューサーの念押しだという。
井原さんは、テレビ史に残るバラエティ番組を制作・演出した伝説のテレビマンである。

なつかしい『巨泉・前武ゲバゲバ90分!』では、90分の番組に130本ものギャグを詰め込んだ。ハナ肇さんの<アッと驚くゥ~為五郎(ためごろう)ォ>が思わず浮かんでくる。
タイトルにしても、当時の世相ではかなり過激で、スポンサーもよく承諾したものである。おそらく、井原さんの情熱に押さえこまれてのことであろう。

 

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<どうらんの下に涙の喜劇人>。コメディアン・ポール牧さんの一句だという。
コメディアンのみならず、目に見えないドーランを塗っていることは、だれにもあるようだ。
人といるときは明るくはしゃいで見せても、透明なドーランの下には苛立だちやゆがんだ別の顔が隠れている。

小説『火花』が240万部のベストセラーだという。お笑い芸人・又吉直樹さんの芥川賞受賞作品である。<笑いというドーランに隠れた孤独な傷口に読者が共感>などの評をなにかで読んだ。

「東京には、全員他人の夜がある」。
作中の漫才師が舞台でウケなかった夜、つぶやくひとりごとである。
<傷つきやすい自意識が描かれた直球の青春小説>とも評される。

又吉さんは太宰治さんを愛読しているという。太宰ファンの私としても、これからのご活躍に期待してしまう。暗いニュースが多かったこの年で、この快挙はいつまでも忘れられない。