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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

殺しの免許証といえば007

 

ジェームズ・ボンドが大活躍の映画“007(ダブルオーセブン)シリーズ”は誕生から53年。半世紀を超えたことになる。イギリスの諜報員であるボンドは、絶体絶命のピンチでもユーモアを交え、クールに切り抜ける。

作者はイギリス生まれの冒険小説家であるイアン・フレミングさん(1908年~1964年)。陸軍士官学校卒業後、銀行や問屋の勤務を経て、ロイター通信の支局長としてモスクワに赴任した。

1939年からイギリス海軍情報部に勤務し、イギリスも参戦した第2次世界大戦中はスパイとして活動し、ゴールデンアイ作戦などの指揮を執り、戦後にスパイ活動から引退した。

「007」はコードネームである。殺しのライセンスを与えられたボンドは、フレミングさん自身の諜報活動をもとに創作され、ジェームズ・ボンドという名は愛読書からとったといわれる。

 

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1953年、それまでの経験をもとに“ジェームズ・ボンド”シリーズ第1作となる長編『カジノ・ロワイヤル』を発表する。1964年には、遺作となった『黄金の銃をもつ男』を校正中に心臓麻痺で死去。56歳の若さであった。

映画化された自分の作品は、2作目の映画『007 ロシアより愛をこめて』までしか目にすることができなかった。半世紀後の現在も、自身の作品が世界中の映画館で上映されていることなど、おそらく想像できなかっただろう。

イアン・フレミングさんは“007シリーズ”のみならず、幻想的なファミリーミュージカルの映画化作品である『チキ・チキ・バン・バン』(1968年)も残されている。

さて、世界屈指の人気シリーズ“007”は、ハリー・サルツマンさんとアルバート・R・ブロッコリさんという、2人の映画製作者の出会いからすべてが始まった。

 

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1962年、第1弾の映画『ドクター・ノオ』(日本公開時『007は殺しの番号』)が公開された。

たくましくも色気のあるショーン・コネリーさんのボンドは女性にも受けた。メリハリのある展開にワクワクするテーマ曲。ボンド像の基本形はデビュー作で出来上がった。

<酒、車、女性、服など、ボンド映画には、男の欲望がすべて詰まっている。酒の飲み方一つとってもボンドの流儀があり、まねしたくてもできないかっこよさ>との指摘は多い。

6人の個性派俳優がボンド役を継いできたが、どの作品にも期待通りのボンドがいる。
大胆不敵に任務をこなす痛快なボンド。いつも変わらないのは、製作のイオン・プロダクションが007の“お約束”を貫いていることが大きいといわれる。

 

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第5作の『007は二度死ぬ』でボンド・ガールを演じた浜美枝さんは、製作陣のこだわりを肌で知るひとりである。

<劇中でコネリーさんが乗る1人用のヘリも、スーツケースから出して組み立て、火山内のロケット基地のセット設営にはNASAの専門家が来るほど。妥協せず本物にこだわるスケールの大きさが、長続きする一番の理由では。製作陣の高いプロ意識が作品づくりを支え、プロの心構えを学ぶいい機会になった>と言う。

世相を映した物語の設定も心憎い。冷戦期の作品には米ソがたびたび登場。宇宙開発や環境問題など、タイムリーな動きを意識したような作品もある。フィクションなのにリアルであり、まさに社会を映す鏡である。

音楽ではポール・マッカートニー&ウィングス、マドンナなど多くのアーティストが007の世界を彩っている。数年前、フィギュアスケートのショート演技で、『007ジェームス・ボンドメドレー』をBGMに、見事な滑りを披露してくれたキム・ヨナ選手が印象深い。

ボンドの服装はスーツが基本で、ブリオーニ、トムフォードを着用し、時計は定番のオメガだ。車はアストンマーチン・・・。その他の秘密兵器も続々登場している。

そして、“007シリーズ”はどの作品も(何作品分もの)クライマックスシーンが凝縮されている。観るたびにいつも思うのは、<傑作とはサービスシーン満載なり!>ということである。『七人の侍』、『スピード』も同様である。しかし、50年以上もそのクオリティを持続しているのは、このシリーズだけではなかろうか。

 

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