日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

ナウいヤングはダサいだろうか

 

ナウい”と“ヤング”の組み合わせは、なんだかすごい。どちらも、リアルタイムで知っているが、今では言葉に出すことがない。うっかり口にしたら、まわりからどんな目で見られるのであろうか。

それでも、“ヤング”という言葉は思わぬところで使われている。卓球にはYGサーブなるものがあり、とても返しにくいらしい。ちなみに、YGはヤング・ジェネレーション(世代)の略称だという。

YGサーブは、普通のフォアサーブの構えから、腕を内側に折り曲げて、それを戻しながらラケットを振り、逆横の回転をだすサーブのこと。動画サイトで見てみると、球の回転がなかなかおもしろい。昔にはなかったサーブであるが、懐かしさをおぼえる名前でわかりやすい。

かつて「ヤング」という名の衣料品店もよくあったと思うが、今では“シャッター通り商店街”の壊れかけた看板に、その店名がかすかに残されているだけかもしれない。
若者の姿が見えぬ市街地は寂しいものである。

 

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ナウいヤングといえば、往年のカッコいい若者のことなのであろうか。
実在の人物を挙げるとすれば、ジェームズ・ディーンさんが思い浮かぶ。

エデンの東』のカル、『理由なき反抗』のジム、『ジャイアンツ』のジェットを見事に演じ切り、1955年9月30日に自動車事故で早世された。24歳であった。ハリウッドで仕事をしたのはわずか1年4か月で、(今年は)没後60年になる。

1954年、長唄の名取であった勝新太郎さんは、アメリカ巡業中に撮影所で紹介されたジェームズ・ディーンさんに感化され、映画俳優になることを決意したという。

<10代の若者が持つすべての特徴をディーンは備えていた>と、映画評論家・小野耕世さんは記した。自信のなさ、ずるさ、はにかみ、傷つきやすさ。そして、<あふれ出る感情が処理できない>いらだちを、ジェームズ・ディーンさんは全身で表現した。

 

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日本の新聞記事は、その将来有望な新人俳優の事故死を9行で伝えている。
映画『エデンの東』が日本で公開される前のことで、まだまだ無名であったためである。(『燃えよドラゴン』が大ヒットしたとき、すでに亡くなっていたブルース・リーさんとよく似ている)。

甘いマスクに上目遣い。少しすねた暗い目で、革ジャンがよく似合うジェームズ・ディーンさん。まさに、ヤングそのものであった。

時代は多少前後するが、日本にもカッコいい若者の小説家が登場していた。
たばこに革ジャン、あるときはマント姿。写真でしかお目にかかれなかったが、とてもよくお似合いだった。

太宰治さん、坂口安吾さんとともに“無頼派”作家と呼ばれた、織田作之助さんである。
通称オダサクは大阪の作家である。人目をはばからず腕をまくり、覚醒剤ヒロポンを打った。肺結核のため大量に吐血し、人生を33年で駆け抜け、その生涯を閉じた。
今年で没後68年になる。

 

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無頼派という響きや、壮絶な最期のため、野放図なイメージがついてまわる。しかし、それは本来の姿ではなかったといわれる。一昨年見つかった、織田さんの日記には、毎月の執筆枚数を記録した折れ線グラフが残っていた。『夫婦善哉』を発表した頃のもので、作家という仕事への几帳面さがうかがえる。

流行作家となった戦後は金遣いが荒くなり、銀座のバーで豪遊したが、酒は弱く飲むふりをするだけだったという。1940年、ぐうたら若旦那としっかり者の芸者が駆け落ちの末にたくましく生きていく『夫婦善哉』で注目を集め、本格的な作家活動に入った。

戦中から戦後にかけて次々に作品を発表。太宰治さんや坂口安吾さんと親交を結び、2人とともに“無頼派”作家として人気を集めた

結婚は2度で、ほかにも数々の女性と浮名を流したとされる織田さんだが、最初の妻、一枝さんの遺髪を死ぬまで大切に持っていたらしいことが、後年に確認された。
無頼派のイメージは、亡くなる直前の生活が荒れた時期だけで、ざっくばらんな人だったといわれている。

 

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2007年には、未発表だった『夫婦善哉』の続編が見つかったことでも話題になった。この続編は正編の発表後の1941年に書かれたことが、(一昨年見つかった)資料で確認されている。

なぜ、執筆当時に発表されなかったのか。
実はこの頃の作品では『六白金星』が発表できなかったほか、『夫婦善哉』を収めた単行本も、風俗を乱す記述があるとの警告を受けていたというのだ。

織田さんは太宰さんや安吾さんと比べて、研究が進んでおらず、今なお新しい発見が相次ぐ。私も織田さんの作品を探して、古本屋をかなり回った時期があった。その頃、読みたくても読めなかった作品が、今は“青空文庫”で無料にて読めたりするから、世の中はわからぬものである。

無頼派のなかでも自尊心が強く、自分の表現を貫こうとした人。作品は今も色あせぬ魅力を放っており、もっと注目されていい>とも言われる。(関西大文学部・増田教授)

この先も、小説作品を通じてヤングのオダサクに逢えるチャンスがありそうなので、すごく楽しみにしている。

 

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