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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

面倒くさいにおける質の違い

創作・作家

 

<大事なことはたいてい面倒くさい>。これは宮﨑駿さんの名言である。

“創りながらテーマを見つける”、“台本がない”、“少しずつ創っていく”などと、独特な創作法も訊いていておもしろい。

そして、創作中は頻繁に出てくる言葉が「面倒くさい」なのである。
テレビ番組の特集で、長編アニメーション映画の最後の作品『風たちぬ』の製作中に、なんども「面倒くさい」がつぶやかれていた。

途方もなく手間のかかる仕事を見事にこなしている宮﨑駿さんの頭の中に、“面倒くさい”が駆け巡っていたことにはおどろいた。
<魚を釣るため、糸を垂らしてじっくり待つ釣り人たちは、短気な方が多い>と訊いたことがあるが、宮﨑さんのつぶやきで、そのことを連想してしまった。

 

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10年前に宮崎駿監督は、イタリア北部で開催された第62回ベネチア国際映画祭にて、栄誉金獅子賞を贈られた。

それは優れた作品を生みだした映画人の功績をたたえる賞で、フェデリコ・フェリーニ監督、スティーブン・スピルバーグ監督、スタンリー・キューブリック監督、ウディ・アレン監督などの名監督が受賞している。

金獅子像を手にした宮崎監督は「アニメーションという映画の端っこにあるものに、光を当ててくれてありがとうございます。アニメーションはコンピューターの出現により大きな曲がり角にあると言われていますが、私たちの道がゆがむことはありません。これからも少しでもましな作品を作るため、白い紙に向かっていきたい」とあいさつして、満場の拍手を浴びた。

今年の2月、ラジオ出演された宮崎駿さんは、仏政治週刊紙「シャルリー・エブド」の本社銃撃事件をめぐる風刺画問題について言及した。

「異質の文明に対して、崇拝しているものをカリカチュア(風刺画)の対象にするのは、僕は間違いだと思う。やめた方がいい」と述べ、風刺画は「まずもって自国の政治家に対してやるべきだ」とも指摘した。

 

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わが国で風刺の対象政治家といえば、この方をおいて右に出るものはなかなかいない。麻生財務相は、「複数税率(軽減税率)を入れることは面倒くさい。それを面倒くさくないようにするところが手口だ」と説明した。

<軽減税率代替策が面倒くさいで済まされるのか>、<あまりに無責任ではないか>などの声が噴出している。

飲食料品の購入で消費者が払った税率2%分の相当額を、後から給付するという。財務省は軽減税率の代案と位置づけるが、欠陥だらけで、代替策とはなり得ないと言われている。

政治家というお仕事がそれほど面倒くさいのであれば、消費増税を中止するか、辞職されればいいと思う。ただでさえ、税金の無駄遣いが目につくところへ、やるべき仕事が面倒くさいと言いつつ、ふつうのサラリーマンよりはるかに高給を、国民の税金から受け取っている。

軽減税率の場合、対象品目の線引きが難しいのは事実だろう。そもそも与党が積み重ねてきた議論を、「面倒くさい」の一言で投げ出すことは、到底許されないし政治家の責任を果たしているとは思えない。

 

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所得や家族構成などに応じて消費額を推計して、給付額を割り出す仕組みにも問題がありそうだ。買い物の実態と関係なく金額を決める粗雑な制度設計では、適正さや公平性への疑念が拭えない。今抱えているオリンピック問題にしても、設計段階の粗雑さがボロボロ出ている。だれも責任をとらず、違約金や回収費など多額な税金が失われてしまう。それも国民へツケを回せば済むと思っているのであろうか。

ばらまき批判をかわすための苦し紛れのアイデアなのだろうか、マイナンバー(共通番号)の将来的な活用も盛り込まれた。原案は、マイナンバーカードの情報を店頭で読み取り、買い物の履歴を蓄積すれば、給付金額を正確に算出できるとしている。

小さな商店までくまなく読み取り機を設置し、データ管理のシステムを構築する。
「面倒くさい」からと絞り出したアイデアから、いったいどれほどの税金が遣われてしまうのだろうか。だったら、オリンピックと消費増税を中止して無駄遣いを防ぐほうが賢明なのではあるまいか。

 

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自分も面倒くさがり屋で、人前でなければ「面倒くさい」をよくつぶやいている。
長年の営業職で、あからさまに面倒くさいなどとは言わず、面倒くさいをどれだけこなすかが仕事だと思っている。

鬼怒川の堤防決壊で、ヘリからの救助を見ながら思った。被災者の方もたいへんだし、救助する方もたいへんなお仕事だと感じる。どちらにも、「面倒くさい」の気持ちなど入る余地がないほど、緊迫した状況である。

世の中すべて、面倒くさいことで成り立っている気もするが、その「面倒くさい」の質はそれぞれに違うはず。多くの観客を楽しませるため<面倒くささを乗り越え作品を創作する監督>と<しかめっ面や口をへの字にして暴言を吐き、国会でよく居眠りをしている議員>の「面倒くさい」の差は歴然としている。

そういえば、<恋愛が面倒くさい>という若者が増えているそうであるが、他人がとやかくいう必要もないだろう。自分の人生で、面倒くさいものがあれば、まったく面倒にならないものもあるはずだから。

 

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