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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

音楽の言葉使いに耳をすます

 

松任谷正隆さんに、ずっと前から興味があった。
音楽プロデューサー、作曲家、編曲家、自動車評論家で、大学の客員教授でもあるらしい。
ご本人いわく、「自分の好きなことだけしかやってこなかった」そうだ。徹底してしつこい性格だと付け加える。

音楽をやるようになったのも、コラムを書くようになったのも、正隆さんが小さな頃に作文をいつも添削してくれた父親のおかげだという。赤字を入れてくれるのがとても勉強になったそうである。

そういえば、吉田拓郎さんの『元気です』というアルバムや、ユーミンの楽曲の編曲はお見事であった。まさに、赤字を入れてすばらしい変貌ぶりを示してくれた。その原点が、父親の添削だったかもしれない、というのがおもしろい。

 

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その父親は、<ふつうの銀行員だったけど、自由人になりたかった人>なのだとか。
ユーミンとの新婚旅行に行くとき、銀行から抜け出して父親が見送りにきてくれた。
クリエイターとして影響を受けた著名人はだれもいない。「でも唯一親父がそうかもしれない」。

でたらめなテーマを決めて、でたらめにピアノを弾くのが大好きな少年だった。
仮面、霧といった抽象的なキーワードを頭に浮かべ、その言葉をイメージして即興的に演奏をした。

「ピアノをぼくよりうまく弾ける人はたくさんいる。でもぼくが考えた仮面はぼくしか弾けないから」。正隆さんの性格は<放っておかれたいくせに寂しがり屋>とのこと。

 

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モノを作っていて暗礁に乗り上げることはしょっちゅう。
「でもスランプなんて便秘みたいなものでしょう。それで死ぬことはない。軽く考えるようにしている」と。

<動物的に子孫繁栄を目指している部分がDNAの中に組み込まれているのはたしかにそう。でも自分をもっと深く知りたいと、人が願った時に恋をするんじゃないか>と考えている。

「ふだん、自分の顔って鏡でしか見られない。その顔はどうしても鏡を見ている顔になってしまうでしょ。写真だって、写真向けの顔をしちゃう。油断した自分の素顔とはなかなか出会えない。ところが恋愛しているときはちがう。大好きな人と付き合っていると、あるとき、自分のリアルな部分が見えてくる瞬間がある」と言う。

<恋愛ってとても歪んだ鏡。だけど真実も見せてくれる。相手の人が変わるとすぐ自分の部分も変わる。また同じ自分の顔でもちがうところが写り込む。内省を深めていくうえで恋愛は役に立つものだと確信している>。

音楽でも美術でもなんでもいいが、なにかモノを創ろうと志している者は、恋愛観をしっかり持っていないといろんなバリエーションは作れない。
<なかなか独力ではみえてこない自身の可能性や素顔を教えてくれるもの>。
それが恋愛なのでは、と正隆さんは言う。

 

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「ダイコン」という言葉がある。役者などにそれが使われると”不器用な”という意味に変わる。不器用の裏合わせを考えると、<器用に演じてないから>ということになる。そして、”器用に演じていない役者”には、なにか魅力を感じてしまう。

「歌は語れ。芝居の台詞は歌え」。俳優の森繁久弥さんがよくいっていた言葉である。たしかに、森繁さんの歌は語り、台詞は歌っていた。

アナと雪の女王』の劇中歌『Let It Go〜ありのままで〜』では、複数の方の歌が聴けて楽しめる。好みはそれぞれにご自由であるが、松たか子さんの語りっぷりはなかなかのものであると思っている。

上述での(正隆さんの言う)“恋愛観”を、“器用に演じていない役者”や“歌での語り”に置き換えて、観たり聴いたりしてみると楽しめる。
<スラスラいっていられるひとは感動を与えられない>ということかもしれない。

 

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昨年末、「iTunesとオリコンの売り上げランキングのちがい」が書かれた記事を読んでおもしろかった。iTunesのランキングには、AKBとジャニーズのグループがほとんど入っていなかったそうである。

特典を餌に小判鮫商法でCD媒体の楽曲を多く売上げるケースと、特典抜きの配信のみという購入方法のちがいで、ランキングの景色が清々しいくらいに変わってしまうのである。

<ひとつのおとに ひとつのこえに みみをすますことが
もうひとつのおとに もうひとつのこえに みみをふさぐことに ならないように>

谷川俊太郎さんの詩の一節である。

 

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