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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

いつの世も引き金の口火を切るのは口なのか

人間 雑談

 

「口がきれい」という言葉には、ふたとおりの意味がある。口先だけでりっぱなことや、きれいごとを言うさま。もうひとつが、食べ物にいやしくないさま、である。
後者の意味で、私は口がきれいと言われたことがある。人前で食べる姿を晒したくないため、食べ物に執着することがほとんどないからだ。
しかし、お酒に関しては意地汚いという自覚がある。まさに「口が卑しい」という言葉が当てはまる。
最近は知らないが、バブル期のグルメブームには「口が奢っている」人たちが多かった。食べ物に贅沢でうまい物しか食べない。そして「口寂しい」と思えば、何か口に入れるものが欲しくなる。
脂と糖分で鍛えたそのからだは、今頃になって“現代病”というツケが回ってきそうだ。
「昔ながらの粗(素)食がなによりのごちそう」と、気が付いたとき“あとの祭り”ということにならなければいいのだが。

 

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「口がうまい」人は蔓延している。巧みな話し方を駆使し、口先で人をまるめ込んだりするのがじょうずである。“振り込ませ詐欺”の手口は、ますます高度化している。その「口三味線」に言いくるめられぬよう、不断の注意が必要である。
「口うるさい」人や「口はばったい」人はやっかいだ。身の程知らずで生意気なことを言っては、人に嫌われる。「口は災いのもと」で、不用意に発した言葉や余計なひとことが災いをまねいてしまう。そして「口惜しい」思いが自分に跳ね返ってくる。くれぐれも言葉遣いは慎重にせよ、ということである。

 

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ひとことの多い人がいる。知らぬ間に年長者へ「ため口」を使い、ハッと気が付くこともある。
「語るに落ちる」こともしばしばだ。何気なく話しているうちに、うっかり本当のことを言ってしまう。とくに深酔いしているときがあぶない。
“へそくり”や“異性関係”の、よぶんなひとことは要注意である。私もいくつかの体験はあるが、関係者に読まれるおそれがあるので、これ以上深くは語らない。
「語る」という字は“吾(われ)が言う”である。“吾輩”などと偉そうにしている人たちにかぎってよぶんな話が多い。

 

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昨今のニュースでは、都議会議員府議会議員の口から「失言」がボロボロとこぼれ落ちている。かと思えば、相手に訊かれると困るため、泣き叫んでごまかす者まで。
「暴言」を吐くのも“口”。公害ならぬ“口害”である。
はっきりと言わずあいまいに「口を濁す」人や、分を越えて横から「口出しをする」人が多いのも、議員さんたちの世界であろう。
秘密などを第三者に「口外する」のが楽しみだという人がいる。
限られた人間関係で、「口が軽い」か「重い」かのお試しゲームをしてみるとおもしろい。
もし、Aさんのことを知りたければ、本人ではなくBさん、Cさんなど他の人にさりげなく訊いてみる。そのときのリアクションでだいたいの口の軽さが判断できる。また、自分の秘密をわざと一人だけに話してみる。すると、話の広がりの早さにおどろいてしまう。
なんておしゃべりな人間が多いのだろう、とあらためて確認できる。

 

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「口が減らない」とは、口が達者で、理屈を並べて言い返したり、勝手なことを遠慮なくしゃべったりするさま。私は「減らず口」とよく言われる。男どうしではそうでもないが、女性とではなぜかそうなってしまうのだ。「ああ言えばこう言う」とか「わからんちんのきかんちん」などの言葉が飛び交い、女性から“大キライ”と言われたこともある。
とはいっても、ほとんどお笑いの感覚なので、言い合ったあとはスッキリ感がある。
「口ずさむ」ような会話が楽しめればいいと思う。
“親しき仲にも礼儀あり”も、こころがけたい。
「言わぬが花」が必要なときもある。はっきり口に出して言わないほうが、あらゆることにおもしろみや味わいがあってよい。
「口だけ達者」にならず、「口にチャック」もできれば、粋な会話が楽しめるだろう。

 

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