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日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

医師たちの口から発せられた“神頼み”の言葉

 

神頼みという言葉がある。その意味は、神に祈って加護を願うこと。神の助けを願い求めること。“苦しいときの神頼み”は、私もよくやっている。

さて、“元気で留守”の多かったわが女房が突然倒れたときは、ふしぎと“神頼み”への意識がなかった。その症状は予断を許されないと判断して、早朝もはばからず速攻で救急車を手配。隊員の方たちも迅速な処理で、(地域で有名な)大学病院へと運んでくれた。
病院での応急処置も早かった。

とにかくできる限りムダのないリレーで、(なんとかなってほしい、という気持ちを持ちつつも)冷静に見守れた。

 

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あえて、病名は伏せるが、後遺症の伴う危険な病気である。この病気を経験され現在ブログを書かれている方、もしくは、介護でたいへんな思いをされながらブログを書かれるご家族の方もいらっしゃる。また、仕事の訪問先などで、(この病気で)ご苦労されている方もよくお見受けする。

女房の救急処置後の面談で、対応をしていただけたA医師から伝えられた病名も、私の想像どおりであった。

説明を受けた後、病気の程度を質問したら、「軽くもなく重くもなく中度くらいでしょう」とのお返事。そして、「手足の麻痺がどれだけ残るかが心配。できるかぎりの処置はするが、その先はどうなるかわからない。誤算であってくれるように祈ります」と付け加えた。

 

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その緊急入院から、明日でちょうど40日である。そして、その朝に退院する。先週の土曜からこの月曜まで、外泊許可で家に戻っていた。もう、すっかり元の状態である。

最初の大学病院では、3日間の集中治療室を経て3週間過ごした。そして、その病院の紹介で(そこから車にて15分の)神奈川県立リハビリセンターに転院した。

その転院の話が決まり、受け入れ待ちの10日間で、女房の回復力は飛躍的に高まっていった。担当のB医師は「驚異的な回復力で信じられない!」と言い、前述のA医師は「これほどの回復は、うれしい誤算です」と、おどろいてくれた。

 

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集中治療室から、一般病室に移ってすぐ、私は女房にiPadと携帯電話を渡した。まだ、点滴がとれず、からだも自由に動かせないうちから、女房はそれらを使い出した。その大学病院と転院先のリハビリセンターでも、“iPadを持って入院している患者がいる”、と有名になったらしい。

今どきめずらしくもないだろう、と思ったのだが、どちらの病室もまわりの患者さんたちは、そういう余裕のない体調の方ばかりだったのである。

転院の際、(救急車でそのまま入院したままの)女房が、私といっしょに大学病院を歩いて出て、少し離れた駐車場の車まで行けたということが、ふしぎでならなかった。実際にその数日前まであんなに歩けなかったのだから。

 

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県立のリハビリセンターは厳しいことでも有名な伝統ある病院だ。県外からも著名人や政治家たちがここにくる。あの長嶋さんもこちらでリハビリをされていた、という噂を訊いていたが、実際は入院の見学にいらして、御家族の方が「遠いから」と、都内の病院へ決めたということらしい。(そのことを昨日知った)。

患者の多くの方たちが厳しい思いでリハビリをこなしていたが、女房は1週間の検査で、病院内と外のリハビリ(散歩)コースなどのすべてが、フリーでOKと言われた。毎日の温泉入浴も許可された。

そして、先週半ばの(入院後)初面談で、担当のC医師から「いつでも好きなときに退院してかまいません」と。
そのベテラン医師は「それにしても、これほどまでに回復したのを見たことがない」、「本当に運が強い! まさに強運だよ」、「ぜひ、神様に感謝しなさい!!」と、“運”や“神”を担ぎ出していた。

そういえば、ノーベル賞を受賞したあの山中教授でさえ、細胞の話をしているときに「これから先は“神の領域”だから」と言っていたことがある。

いずれにしても、なんとか治ってくれた。再発などの心配はあるが、女房がこれからも、大好きな旅やお出かけを、できるということがなによりである。
あらためて、『女房元気で留守がいい!』と言えそうだ。

 

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