日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

どういう訳か面白い人ばかりを好きになる

 

 「私は嫌いな人に会ったことがない」と言ったのは、 映画評論家・淀川長治さんである。「人」ばかりか、淀川さんからは映画の悪口を聞いたことがない。

私は平凡な作品だと思っていた映画でも、淀川さんが誉めているのを聞くと、あらためて観なおしたりしてしまうほどであった。どんな人間にもいいところがある。淀川さんには人を好きになるポイントのようなものがハッキリあったのではないだろうか。

 

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 「笑う門には福来たる」か どうか知らないが、私はとにかく面白い人が好きである。知り合いや友人でも、それぞれの人の「面白い」ところを見つけると、気に入ってしまう。それを無意識の内の本能みたいなものでキャッチしているようなのである。

訳が分からない人。型破りな人。変な人。偏屈な人。変わり者。天然ボケの人。飄々としている人。わからんちん で きかんちんの人。

面白い基準としては、こういう類の方たちが多いのである。お笑い芸人の面白さとは、少しちがうものだと思っている。ビッグダディ一家だと3男のあの彼、みたいに、自分の好みのパターンがあるようだ。

 

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 友人や会社の同僚などでも、周りが気がつかないうちに、その人の面白さを自分が先に発見して、さんざん盛り上げる。いつしかその人物が人気者になっていると、うれしくてたまらない。そのターゲットは男性のみならず、女性も同じである。「なにを笑っているの!」とよくおこられる。電車の中で女性の友人からのメールがおもしろくて吹き出してしまい、周りから白い目で見られたことも何度かある。

逆に、悟りきった人や決めつける人は苦手である。人にはそれぞれの考え方があって当たり前なのだから。

 

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 若い時から水谷豊さんが面白くてたまらなかった。テレビの連続ドラマ『傷だらけの天使』を観てからであろうか。私は、ドラマでも映画でも、脇役が主役を喰うのが大好きである。水谷さんの茶目っ気がたまらない。その後に観たドラマでも、和服でチャラチャラした踊りの師匠を演じていて、踊っているときの目がおもしろくて、腹を抱えて笑い転げた。この数年は、杉下右京さん役で大いに笑わせていただいている。

「この人面白いよね絶対!」という人は、周りを見ているとかなりいるかもしれない。その面白みこそがその人の個性だと思い、飲みに誘って大笑いしたくなってしまう。

作家でいえば太宰治さんがすごく面白い。またまた昔の話で恐縮であるが、人間的に面白さを感じて、短期間のうちにほとんどの作品を読み漁った。『走るメロス』に関しては、ギリシア神話の(エピソードの)形をとっていて、内容は(教科書で読んで)知っていたので、読み流す程度であった。だいぶあとになって、『走るメロス』が実話だったと知って、太宰さんのむずかしそうなお顔を想像しながら大笑いしたのが忘れられない。

それは、檀一雄さんの『小説 太宰治』にて、その真実が明らかになった。

 

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 熱海の旅館に太宰さんが長期滞在していつまでも戻らないので、奥様が太宰さんの友人である檀さんに、交通費や宿代を託して様子を見に行ってもらった。

太宰さんは檀さんを大歓迎して、(引き留めて)連日の放蕩が始まった。ふたりは奥様から預かったお金もすぐに遣い果たし、飲み代や宿代がどんどんたまってきた。まさに、「ミイラとりがミイラ」状態であった。

そこで、メロスならぬ太宰さんは考えた。親友の檀さんに宿の人質(宿賃のかたに身代わり)となり、待つように頼み、東京にいる師匠の井伏鱒二さんのところに借金をしに行ったのである。それから、いくら待ってもまったく連絡のない太宰さんにしびれを切らした檀さんが、宿屋と飲み屋に待ってもらうべく話をつけて、宿のご主人といっしょに井伏さんのもとに駆けつけると、二人はのん気に将棋を指していた。太宰さんは散々面倒をかけている井伏さんに、借金を頼むタイミングがつかめずにいた。さすがに激怒した檀さんに言った太宰さんの言葉は「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」。

それからすぐに発表された『走れメロス』を読んだ檀さん曰く、「おそらく私達の熱海行が少なくもその重要な心情の発端になっていはしないかと考えた」とのこと。

今にして思うと、私が酒飲みになりたいと思ったきっかけは、太宰治さんと坂口安吾さんへのあこがれだったようである

 

今週の一枚「いきものの写真」

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