日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

一番若い日は今日であり、残りの人生の最初の一日でもある。

 

「今日」の持つ意味をいろいろ考えてみるとおもしろい。はたして、今日という日は軽いのか重いのか。まず「今日」について興味のある言葉は「今日がいちばん若い日」である。これは重兼芳子さんが書かれた本のタイトルなのだそうである。私は2年前に、作家の森村誠一さんがラジオでおっしゃっていたのを聴いて、なるほど、と思わず納得をしてしまった。
そして、もうひとつが「今日という日は、残りの人生の最初の一日」というものである。『アメリカン・ビューティー』という映画の中のセリフらしいのであるが、残念ながらまだこの映画も観ていないし、重兼芳子さんの本も読んでいない。

 

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今日という日を大切に、と思いつつ、ホメオスタシスで自分の恒常性を保とうと、「昨日も無事に生きてこれたのだから、今日も同じように・・」と流されてしまう傾向もありそうだ。(詳しくは、『だれもが知って だれもが持ってる ホメオスタシス』にて)

それでも現実は、昨日の自分を取り戻すことができない。この先の準備をすることはできても、オギャー!と産声をあげてから、今日にいたるまでいくつになっても、「自分の一番若い日」は「今日の『今』」の連続に他ならないからである

 

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最近は、懐かしき時代の日本映画をDVDでよく観ている。小津安二郎監督、溝口健二監督、そして、黒澤明監督たちの作品である。もちろん前に観ている作品ばかりである。
前に観たときは、それほど気にならなかったが、最近とくに気になることがある。それは、役者も監督もスタッフも、ほとんどが亡くなっているということである。スクリーンの中では活き活きと演じたり、撮影されているのに、今は(その作品に関わる)大部分の方たちが現存されていないということなのだ。

 

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田宮二郎さん主演の『白い巨塔』も観た。原作者の山崎豊子さんは2ヶ月前に亡くなられたばかりである。骨太ですばらしい作品を数々残された。私の好きな作家のひとりである。映画も前に観たときより、良く感じた。スクリーンの中で堂々と演じていらっしゃる田宮さんの姿は忘れられない。また、今はテレビで寅さんシリーズの映画を毎週放映しているので、録画してまとめて観ている。観ながらも、寅さん、おいちゃん、おばちゃん、タコ社長、御前さまたちが、今は亡くなっていることを想う。レギュラー以外で出演の名優さんたちもである。

 

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映画の世界で、撮影に費やした「今日」という日には、まちがいなくみんながそこに生きていた。そして、スクリーンの中のどこにでも、生きている証(あかし)がある。その中では、過去や古さというものが存在しないのかもしれない。
一番若い日の役者や監督、スタッフたちが、残りの人生の最初の一日に集結して、数々の作品が生まれている。それらはまるで「今日」というものの記録のようにさえ思えてくる。

 

 

今週のお題「紅葉」