写嘘
長年、写真関係の営業をしていた。銀塩写真。つまりフィルムの写真の時代である。お客さんからのいろいろなクレームも多くこなしてきた。ネガ(フィルム)には写っているのに、プリントでは切れてしまう。たしかに、印画紙の縦横比率はフィルムと異なり、左右をめいっぱいに焼き付けられない。右か左に寄せて焼くことで納得してもらった。
写真マニアの方たちは、お気に入りの写真を引き伸ばしてくれる。手焼き指定の場合は、トリミングの要望がほとんどである。このトリミングで、カットの部分が微妙にずれただけで一悶着ある。
今もあるのかどうか知らないが、トリミングスケールというものがあり、8切、6切、4切、半切、全紙などのサイズ別に、こと細やかに縦横比率を分けて、(ネガやサービスサイズのプリントを使って)指示できるようになっている。余談であるが、食パンで8切、6切などと表示してあるのを見るだけで、私は写真サイズとオーバーラップしてしまう。
このトリミングスケールがくせもので、あくまで目安的なものなのである。だから、現実の引き伸ばし比率とはギャップがある。それを写真専門店の方に何度も説明したが、杓子定規に「このスケールが正しいはずだ」と思い込んでいる。その口車に乗せられ、写真マニアの方たちは注文するため、同じクレームは後を絶たない。
そんなあるとき妙案が浮かんだ。このクレームから逃げるには、「逃げる」しかない。そうなのである。逃げ道を作ってしまえばいいのである。答えは簡単だった。四角四面をがんじがらめにしないで、四辺のうち一辺だけ逃げ道を作るようにお願いした。三辺をどんなにきっちりと決められても、ひとつだけ「なりゆき」を作ってもらう。たったそのことだけで、大騒ぎのクレームが消え失せた。
トリミングの件みたいにすっきり解決できないクレームとして、プリントされた写真が現実の色とまったくちがう、というもの。色の具合を細かく説明してもらったり、メモに書いていただいても、それが技術者たちにうまく伝わらない。現実の風景や色はとても抽象的で、個人によって感じ方もちがうかもしれない。技術者をその現場に連れて行って見せれば、現実に近づけることができるかもしれないが、不可能な場所も多いだろう。
あるとき、飲み仲間で大の写真好きの同僚といつものように飲んでいて、彼がなにげなく言った言葉が今も忘れられない。「写真って真を写すって書くけど、それはできないんだよな。だから、写真ではなく本当は写嘘なんだよ」。
そのころ、ビデオを夢中で撮っていた私であるが、今 写真を撮っていると、その彼の言った言葉がいつも頭の中に浮かんでいる。