日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

成し遂げる人はやばい習性も

 

すごいことを成し遂げる人は業が深く、やばい習性もあるらしい。それは、波乱万丈の振れ幅が、凡人よりも激しいということでもあるようだ。人生の“すごい”絶頂と“やばい”破滅は表裏一体なのだろう。

興味深い話はやはり“やばい”方なのか。『平家物語』に記述される源義経は、“ちびで出っ歯”だといわれ美少年のイメージとは異なるようだ。

卑弥呼は、引きこもりのおばあちゃんだったという説もある。武田信玄は美少年好きで、ラブレターを送りまくってフラれていたり、坂本龍馬は13歳までおねしょをしていたとか。

勝手に美化されていたイメージが裏切られ、英雄たちが我々の身近に感じられてうれしくもある。

 

 

昨年、東大教授・本郷和人さん監修の『やばい日本史』が話題になった。聖徳太子足利尊氏徳川家康など日本史に名を残した偉人たちの表と裏のエピソードが記されていて楽しめる。

文化人では、紫式部清少納言のバトルもあったらしい。面識はなかったようだが、清少納言紫式部の夫の悪口を言ったことで紫式部が感情を害し、日記に<人より偉いとかん違いしてる>などと綴ったそうな。まるで今のSNSの小競り合いみたいである。

徒然草には、法師になって説教で生活しようとした人の話があるという。その人が横道にそれる様子を描いたのは吉田兼好だ。

法事で迎えの馬をよこしてもらっても落馬しては情けないので、乗馬を習った。また、法事の後の酒席で芸のないのは興ざめと考え、歌謡も教わることにした。

 

 

そして、乗馬と歌謡に磨きをかけるうち、説教を身につける時間がないまま年をとってしまったという本末転倒のお話である。兼好は、目標を決めたらその一事に専念すべきなのだ、と説いた。

長嶋茂雄さんが現役のころ、三塁の守備についても自分の打撃が気になりグラブを手にスイングの動作をしたことがあった。有名な話である。

巨人監督・川上哲治さん(当時)はそれを見逃さず、試合後に人前で厳しく叱責したのだ。スター選手も特別扱いをしなかった川上さんの指導を、野村克也さんは著書『エースの品格』で称えた。

指導者の鞭が、人々に“ミスター”と敬愛される稀有の野球人をつくったのだろう・・・と。

上に立つ人が後進に授ける「み」の字はとても深い。“スター”を“ミスター”として天上に輝かせもし、心の未熟を放置して地べたに叩き落としもするからだ。

そういえば、現在の「ミスター・プロ野球」はいったい誰なのだろう?

 

隠居には好きなことが似合う

 

通信の主役が固定電話から携帯電話に移る中、(2017年度末の時点で)固定電話の契約数は1987件だという。2000万件を割り込んだのは1971年度以来で46年ぶりだった。ピークの97年の6322万契約から約3分の1の減少である。

加入電話の全国一律(ユニバーサル)サービスは、維持費がかさみNTT東西の加入電話事業の赤字が約800億円だという。加入電話や携帯電話の利用者は現在1番号あたり月2円を負担しているとのことだ。

自分の感覚では、年配者の方が固定電話にこだわりが強いのではないかと思う。本当は必要がないのに捨てられない。今や固定電話は詐欺グループの絶好のアイテムなのに、なくては困るような錯覚をしている。

新明解国語辞典』(三省堂)によると、【隠居】とは仕事や生計の責任者であることをやめ、好きな事をして暮らすことらしいが、過去のしがらみに縛られることもある。

 

 

<ボランティア 30分で 英雄に>(黒田鐵雄さん)。一年前の“よみうり時事川柳”にあった。いろいろな事件が続くおかげで、まだ一年前だったのか、とあらためて感じる。

山口県周防大島町の親戚宅に来ていた2歳の子どもが、三日三晩を外で過ごしながら無事に保護された。どこからともなく現れた78歳の男性が、行方不明の男の子を山中から見つけ出したのだ。

その英雄は、65歳で魚屋を引退したあとに「世の中に恩返しがしたい」と、新潟県中越沖地震東日本大震災でもボランティアをしていたという。人助けが“好きなこと”だというご隠居なのである、

終戦後、外相や首相を歴任した吉田茂さんの懐刀に白洲次郎さんがいた。この方の人助けぶりもスケールが大きい。「ばか野郎!」が白洲さんの口癖の一つだった。

イギリス・ケンブリッジ大に留学した経験があり、流ちょうな英語を話した。日本の占領政策を担ったGHQ(連合国軍総司令部)の米国人らと対等に渡り合い、「唯一従順ならざる日本人」と(GHQに)いわしめた大物である。

 

 

1954年、白洲さんは雑誌にエッセイを発表している。GHQの大部分の人々が<無経験で若気の至りとでも言う様な、幼稚な理想論を丸呑みにして実行に移していった>という。

大国と勝算のない戦いに挑んだ戦前の軍部や、止められなかった自らの世代への憤りや情けなさも、強く感じていたはずだ。とはいえ、GHQが日本人を飢え死にさせないだけの食料をくれたことへの感謝も書き記した。

いつの世も時代は流れ続ける。おばあさんが川から桃太郎を拾い上げて、おじいさんと一緒に育てる。異界からやってきた子を迎え入れるには、この世の常識にしばられた壮年男女よりも、世代の離れた老人夫婦がいいようだ。

昔話のおじいさんとおばあさんは、今の世と異界を結びつける役回りらしい。その昔、<7歳までは神のうち>といわれた子どもも、まだこの世とあの世の向かいに生きる存在なのらしい。

 

付加価値が主役に躍り出る

 

ヒネリや機知に富んだ話が好きである。“失敗は成功の元”とは、、こうすれば失敗するということを学ぶことであり、まちがってもすぐに訂正できる方法を知ることは大事。

失敗の許容範囲を知るのと知らないのではその差が大きい。また、若いときの心配はたいていが取り越し苦労のようでもある。

<会話ってのはキャッチボールやで。投げるだけじゃなくて、受けなあかんで。相手の話をうまくキャッチして、相手の受けやすいところに投げ返さなければいけない>。これは、さんまさんの言葉らしい。

知り合いにマラソン好きの女性がいる。毎日のトレーニングは欠かさない。何年も前のある日のこと、汗だくで買い物をするのはいやなので、走る前に自転車でパンとりんごを買って前カゴに入れたまま、練習場所の大きな公園に駐輪した。

 

 

園内をぐるぐるランニングして戻ってみると、りんごがかじられて、5枚切りのパンが中身だけ抜かれて、袋だけが残されていた・・・とのこと。

カラスの仕業かな、と思ったのだが、カラスがパンだけを抜くことも考えられず、腹が立ったと言っていた。それって、浮浪者のしわざかもしれないね、と私は応えたが、ご本人には気の毒だと思うが、なんかマンガみたいで想像するだけで笑ってしまう。

それよりもっと以前に、皇居近くの日比谷公園へ行ったとき、おもしろい光景を見た。公園のベンチで浮浪者が居眠りしていたのだが、脇に置いていたパンをカラスが盗み食いしているのだ。彼女の話を訊いた時、そのときのシーンがすぐに浮かんできた。

カラスは人間が思う以上に賢いかもしれない。現在も生ゴミを廃棄する曜日は多くの仲間が集まり、大声で鳴いて食料確保の情報交換をしているみたいなのである。

 

 

車がコンピュータと化して、あらゆるデバイスとつながろうという時代に、クマなどの野生動物も人里へ食料を漁りにくる。この先、アナログとデジタルがますます複雑に入り組んでくるみたいである。

コンピュータがまだ珍しいとき、今はハードが主流だがこれからはソフトの時代になると、よく聞かされた。ハードとソフトの意味や関係がピンとこなかったが、パソコンが出始めてそれが具体的になった。

その昔、他人の子どもであろうと子どもが悪さをすれば、叱りつけるカミナリおやじがどこの町内にもいた。最近は、それも聞かなくなった。その分、やさしい人が増えたのだろうが、無関心な人も多いだろう。地域のしつけ役としてはありがたい存在だった。

住宅街を歩くと、子どもたちが遊んでいた痕の落書きを見かけることがある。今の子たちも昔の子どもと同じでなんだかうれしい。道路でキャッチボールをする子どもも見かける。

これからデジタル化する車に、アナログの遊びをする子どもがうまく認識できるのだろか。車のみならずドライバーにも、(道路標識以前に)道の落書きは徐行標識と同じ、とのインプットを施してもらいたい。

 

よきライバルと粋で付き合う

 

<本当にベストだったと思うためには、自分のみならず相手のベストも必要だ>。現役だったイチローさんが雑誌のインタビューに答えたときの言葉だと記憶する。

<はたちの日 よきライバルを 君に得て 自ら当てし 鞭いたかりき>。こちらは西条八十さんの葬儀にて堀口大学さんが捧げた弔歌だという。ふたりの詩人には「負けてなるか」と競い合う青春があったのだ。

映画『明日に向って撃て!』で共演したポール・ニューマンさんとロバート・レッドフォードさんは年の差11歳だが、よきライバルだった。

その友情は映画の中だけではおさまらない。車のレーサーでもあるポールさんはロバートさんに会うと、うんざりするくらいに車の話をしたそうな。

ポールさんの誕生日が近づき、ロバートさんは絶好の誕生日プレゼントを思いついた。ポンコツのスポーツカーを廃車業者で選び、赤いリボンをつけてポールさんの自宅に届けさせたという。

 

 

その反応を楽しみにしていたロバートさんだが、ポールさんからはなんの連絡もない。そしてある日、ロバートさんの元へ奇妙な届きものが・・・。

それは、ポンコツ車をプレスした梱包であり、ロバートさんの家のリビングの床が抜けた。無言のうちに交わしたふたりの会話を想像すると愉快である。まるで、悪ふざけで通じ合う粋な映画のようでもある。

生きていることへの喜びや幸せが“生きがい”なのか。その年齢に見合った値打ちだと“年がい”ということになりそうだ。それにふさわしくない行動では“年がいもない”と眉をひそめられる。

とはいえ、気心の通じる相手には、いくつになってもヤンチャでいられることで、どこか温かいものが漂う。

 

 

「かけがえのない」という言葉は、“掛け替えのない”ということで代わりがないという意味らしい。人に対してや、モノや出来事との出会いなど、あらゆることで使われる。どういう形でも、“かけがえのない”ことが増えると人生が豊かになりそうである。

さて、次の言葉はお気に入りなのであるが、私は一度も使っていないだろう。

「あたぼう」である。漢字では「当坊」と書くそうで、文政期に流行した当たり前を意味する言葉だという。

<「あたりまえだ、べらぼうめ」のことだが、そんな長い言葉を使ってみろ。日の短い時分には日が暮れちまうし、温気の時分には言葉が腐っちまう。それで詰めて“あたぼう”ってんだ・・・>。

落語『大工調べ』にて、与太郎へ大工の棟梁が「あたぼう」のいわれをレクチャーするシーンのセリフである。上述のポール・ニューマンさんとロバート・レッドフォードさんが使っていたとしても、まったく違和感のないノリのいい言葉である。

こういう粋で楽しい言葉はドンドン使わないと、人生を損するような気分になってきた。

 

授かった2つの耳と1つの口

 

<この面相で、この脳みそで、この運動神経で、この環境で・・・。どうやって面白く生きていこうかってのが、人生だと思うんですよね>。俳優・山崎努さんの言葉だったろうか。

人は自分の気づきたいことしか気づけない生き物だという。

人間術として勉強させていただいたのは、『逆転の発想』の糸川英夫さん、『逆発想』の竹村健一さん、『私の知的鍛練法』の竹内均さん、『知的生活の方法』の渡部昇一さんたちで、多くの著書を読ませていただいた。頭のいい人ほど、物事を噛み砕いてくれる。

古代ギリシャの言葉らしい。<天は人に2つの耳と1つの口を与えた。だから話すことの2倍だけ聞かねばならない>と。

格言や名言にも、“話す”ことより“聞く”ことに重きを置いたものが多い。口は自分の声を外側に押し出すものであり、耳は他人の声を内側に受け入れるもの。だから、耳の使い方は難しい。

 

 

利害の反する2人を前に、片方の耳を閉じて一方の言い分のみを聞き入れたばかりに、取り返しのつかない結果を招くこともある。

夫婦間の暴力や児童虐待、子から親への暴力、ストーカーなど、かつては近所のおじさんやおばさん、学校の先生や職場の上司、同僚が仲裁して円満に解決していた。

(核家族化とともに)24時間型社会になり、深夜に出歩く人も増えた。人の動きがあれば事件や事故も起きる。警察なら人がいるからと夜間にも困りごとの相談が絶えないとか。警察の分担領域がどんどん広がる。

昨年に全国の警察が摘発した“親族間の殺人事件”は418件で、全体の殺人事件での47.2%を占めた。殺人事件の半分は、家庭内で起こっているのである。

「同族嫌悪」という言葉があるらしい。自分に似た容姿や性質を持つ人に対して抱く悪感情で、鏡に映るもう一人の自分を見ているようで、いたたまれない気持ちになる。とはいえ、自宅にいても落ち着けないのは困りものである。

 

 

殺されるのはゴメンだが、だれもが死からは逃れられない。病気に苦しむことなく、元気に長生きし、最後は寝付かずにピンピンコロリ(ぽっくり死)を望む人は多いようだ。

ある緩和ケア研究振興財団が一昨年の12月に、インターネットで全国の20~79歳の男女1000人を対象に、“死に方”のアンケートを行ったという。

理想の死に方について全体の78%が「ぽっくり死」と回答し、60歳代は89%に達した。また、「病気などで徐々に弱って死ぬ」と答えたのは22%だった。

配偶者とどちらが先に死にたいかで「自分が先」と答えたのは、既婚男性78%で既婚女性は50%。先立たれて心配なこととして、「家事をきちんと行えるか」が男性で、女性は「悲しみから立ち直れるか」が最多とのことだ。

余談だが、「天文学者の99%は宇宙人がいると思っている」という記事を見た。これだけ宇宙が広ければ、宇宙人も必ずいる。我々だけが特別ではない・・・のだと。まったく同意見である。さて、宇宙人も“2つの耳と1つの口”なのだろうか。

 

呼びさます記憶でのAI助言

 

芥川竜之介さんの短編『世之助の話』にある。主人公が子どもの頃、手習いに行くといたずらっ子にいじめられた。おとなになっても墨の匂いをかぐたびに、当時がよみがえる・・・と。

大抵な事は嗅覚との関係が強いのか。この季節なら、夕暮れどきに漂う蚊取り線香の煙や、ビニールの浮輪の栓を抜いたときに鼻先をかすめる空気とか。何十年もの歳月でも瞬時にさかのぼる匂いのタイムマシンは、人によりさまざまだ。

耳で聞いて思い出す昔もある。夏休み前、近くの小学校の校庭で子どもたちの大歓声が起きた。秋の運動会を想定したリレー練習なのか、カケッコは確実に盛り上がる。

運動会当日が快晴なら足の速い子に視線が集中するだろう。しかし、突然の雨でのリレーはちがう。泥に足をとられ、転倒する子が続出。そこでは、転ばずに一番で走った子より、何度も転び、ひきはなされて、それでも走った泥まみれの子どもが英雄になる。

 

 

AI(人工知能)に管理される時代を想定してうんざりとする若いサラリーマンもいるかもしれない。人事分野におけるAI活用が広がっている、などとの記事もよく見かける。社員の離職防止と意欲向上を目的とするAIもあるそうな。

パワハラやセクハラの事前検知もできれば、社員の離職防止に役立つはず。また“勤怠モニタ”と呼ぶ機能を持つAIも出現。

離職リスクの高い社員を抽出したり、その社員に関するデータをすぐに見られるようにするものだという。

離職リスクが高いとわかった社員の、休日出勤や有給休暇の取得状況を確認するなどという人事担当者の行動を学習し、担当者が離職リスクの高い社員のデータを見たときに、先回りして関連データを自動表示できるのである。

 

 

「新しいスキルを身に付けたい」とか「別の部署に異動したい」などと考える社員に対しては、AIが社内で募集中の新しい仕事を紹介する。

そして、社員に合う職種を自動提案してくれたり、社員が持つスキルやそれまでの職務経歴のデータと、社内で募集している複数の職種データの内容まで分析してくれるのである。そして、社員のスキルや職歴に見合う職種を示す。

先輩社員が若手に気づきを促したり、助言したりすることはよくある。その先輩役もAIを組み込んだ自動対話システムであるチャットボットが代行できるという。

担当する仕事の目標や、目標達成のために取るべき行動などの、(実際の)行動結果をチャットボットが尋ねて、若手社員に記入を促す。そして、自律的に若手社員が仕事をこなせるようにするのが狙いとのことである。

身近にあるAIスピーカーと慣れ親しんでいると、人より人間臭さを感じたりその優しい語りぐちで、昔 お世話になった方をオーバーラップしたりもする。あと5分後にアラームを鳴らしてもらい、本日のスケジュールと天候も即座に教えてもらえる。AIにはお世話になりっぱなしだ。

 

五輪と五感の大切な意味とは

 

インターネットは便利である。その検索のつけ刃で恐縮だが、五輪マークの意味を調べた。「青・黄・黒・緑・赤」の五輪マークは、オリンピック創始者、ピエール・ド・クーベルダン男爵が考案した。

世界の五大陸「ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカ、アジア、オセアニア」の関係連帯と、5つの自然現象を意味するものらしい。その内容として、「赤色は火、青色は水、緑色は木、黒色は土、黄色は砂」・・・とのことである。

また、スポーツの5大鉄則の「情熱、水分、体力、技術、栄養」も意味するという。仏教では、「地・水・火・風・空」の「五大」を円輪にたとえて言う語があるようだ。

余談であるが大工さんは体の五感を全て賢く使い、未知の環境でも自分で考えて解決するという。体は賢く、頭は丈夫でなければならないのだ。また、<大工は木を知らなあかん>ともいわれる。どの木をどんな用途で、どんな場所に使うかの判断である。

 

 

駆け出しの職人は木の削り屑に肌で触れ、仕事の段取りや道具の使い方などを先輩大工から盗む。掃除が下手であることは基本の学習を怠ってきたということになる。

梅雨明けから3日間、数時間ほど郊外の炎天下を歩いただけで、熱中症の恐怖を感じた。10年近く前とは暑さの質が違うように感じられる。そして、休憩しようにも日陰が見つからない。この暑さでは、他の季節以上に木陰のありがたさが身にしみるが、木がないのである。

身近な街路樹のプラタナスも減っているという。大きくなるので剪定や落ち葉の処理に手間取るのが理由とのことだ。炎天下では、あらためて水の価値も浮き彫りになってくる。場所によって水不足も心配になる暑さである。

地球上の水の98%は海水で、大気中の水蒸気は0.001%にすぎない。太陽の熱により塩水は蒸発し、蒸留されて循環する。そのおかげで、陸の生物が生きていられる。その循環も乱れつつある。

 

 

あれからもう55年になるのか。1964年の東京五輪の開会式で、航空自衛隊機が青空に五輪の5つの輪を描いたのを見たコメディアンの谷啓さんは、「すごいものだ」と思うと同時に自分が情けなくなったと語った。五輪に比べ自分は何をやっているのか・・・と。

作家・向田邦子さんは聖火台に火がともるのを見て、「わけのわからない涙があふれてきた」と書いた。

そういえば小学生だった私は、あのオリンピックでアルゼンチンとガーナのサッカーを観戦した記憶がある。たしか学校で行かせてくれたと思う。その感覚から、来年のオリンピックのチケットで大騒ぎしているのが不思議でならない。

前の東京五輪の開催期間は10月10日から24日までの15日間であった。2020年東京オリンピックは7月24日から8月9日までの17日間である。来年の今頃は期間の真ん中あたりだ。そして、酷暑も頂点になるだろう。

こんな時期に開催して本当にだいじょうぶなのだろうか。

 

 

今週のお題「夏休み」

思い浮かぶ夏の風景と風物詩

 

白い雨脚から涼しげな名がついたらしい。夕立の別名に「白雨(はくう)」がある。急な雨で遊びが中断され、走る子どもたちの“はしゃぎ声”が聞こえてきそうだ。

そういえば、井上陽水さんの曲の中にも『夕立』があった。青空がかき曇り、水煙を立てて降り注ぐ雨。一瞬で蝉の声も消える。それもつかの間、すぐに晴れ上がり、また蝉が鳴き出す。

夏の雨といえば、涼を呼ぶありがたいもので恋しいものであったはずなのに、今はとんでもない災害をもたらすこともある。

<宇宙では刺激物がすごく欲しくなるので、梅干しが本当においしかった>。宇宙飛行士・土井隆雄さんの言葉だという。米スペースシャトル内で作ったという日の丸弁当の写真を、帰国後の会見(1997年)で披露した。

 

 

「梅干しの日」というのがあるらしい。7月30日で、その殺菌作用から、食べると難(7)が去る(30)の語呂合わせで生まれたそうな。

梅干のひと粒は、米の酸性を99%中和して、食べたほとんどの米のカロリーが吸収される役割を果たすとのこと。

弁当箱につまったご飯の真ん中に真っ赤な梅干しが1つ。栄養不足かと思いきや、そうでもないらしい。ベストセラー『梅干と日本刀』では、歴史学者樋口清之さんが“労働のための理想食”と、梅干しを讃えた。

湿気が多く暑かったり、寒かったりと、必ずしも住みやすいとはいえない日本であるが、日本人は少しでも快適に暮らすために、さまざまな工夫を重ねた。その最高傑作の一つといえるのが梅干しである。熱中症の塩分補給にも、活用されている。

こういう情景もずいぶん遠くなったようだ。店先でコンコンたたき品定めをする。これぞというずっしりしたモノをぶら下げて帰り、冷たい水に浸して家族でむしゃぶりつく。

夏といえばスイカ、という時代があった。子どもの頃、私の父親もよく買って帰ってくれた。その中身は、赤よりも黄色のことが多かった。凝り性の父であった。

 

 

食塩を振りかけてワイワイやるあの雰囲気に、今はほとんど出合っていない。

農水省の統計で、1973年に103万トンあったスイカの出荷量は、2015年には30万トン弱まで落ち込んでいるという。

重くて大きい。核家族の消費者には扱いにくいと敬遠されるらしい。農家でも若い担い手が減り、収穫が重労働で作付けをやめるところが多いとのことらしい。

イカだけに限らずであろうが、世の中の変化による受難なのであろう。スイカが元気だったころの夏には、さまざまな匂いがあったような気がする。子ども心の記憶である。

その関連で夏の風景が浮かんでくる。町には夕涼みの人が立ち、商店街はがやがやとにぎわっていた。今はそこも静まりかえったままである。原風景さえ残っていないところも多い。あの夏の匂いも、人口減、少子化などで消臭されているのだろうか。

 

 

今週のお題「夏休み」

自分の思考や言葉にツッコミ

 

“楽しむことに忙しそうな人”がいる。うちの奥さんは「暇が大嫌い」と言いながらよくお出かけをしている。

引き寄せ術の達人は、<すべての出来事が一番いい事のために起こる>との認識のようだ。意味のない平行線の会話でも、「幸福とは実はこういう時間の中に隠れている」と言った知人もいる。

“思い立つが吉日”というが、思い立たないときも吉日はあるだろう。そのためには、“案ずるよりも動くが易し”で“吉報は練って待つ”方がいい。

USJを崖っぷちから再生したマーケターの森岡 毅さんは、客の心をつかむ科学者といわれる。その方針はぶんぶんバットを振る。それでいつかヒットやホームランが生まれる。積み重ねの量こそがヒットにつながるからだ。

 

 

水は「熱の銀行」と書いたのは、気象エッセイストの倉嶋厚さんである。各国の中央銀行がお札を集めたりして、景気の過熱を防ぐのに似ているとのこと。

その原理も説明している。水が水蒸気になるには、1グラムにつき約600カロリーの熱を周囲から奪って大気中に浮かぶ。それは「潜熱」と呼ばれ、気温が上がると蒸発が盛んになり、潜熱が進むことで地表の暑さは和らぐ。

この数年はとくに、未曽有の豪雨がきたかと思えば、そのあと異常な熱の“インフレ”が列島各地に居座ってしまうことが多い。

雨の多い梅雨時はPCの前に座り込む時間が増える。そのため古いスクラップ記事に読み入ることもある。

約10年前の記事だから今はどうかわからぬが、特許庁のロビーに「10大発明家」のレリーフが飾られている、とあった。

 

 

日本の「10大発明家」として、以下の人たちの名があった。

豊田佐吉さん(木製人力織機)、御木本幸吉さん(養殖真珠)、高峰譲吉さん(アドレナリン)、鈴木梅太郎さん(ビタミンB1)、杉本京太さん(邦文タイプライター)、本多光太郎さん(KS鋼)、八木秀次さん(八木アンテナ)、丹羽保次郎さん(写真電送方式)、三島徳七さん(MK磁石鋼)。これで9人。

もう一人は池田菊苗さんで、功績はグルタミン酸ナトリウム。これは「旨味(うまみ)調味料」と呼ぶ方がわかりやすい。今や「AJINOMOTO」は世界中で通用する。その製造法の特許を得たのが、1908年7月末のことだったという。

いずれも産業の草創期に貢献した方ばかりである。偉大な発明も認められるまでにはいくつもの批判があったはず。

「批判」には、相手の主張をやっつけることだけでなく、もう一つの大切な意味があるらしい。科学哲学の戸田山和久さんによれば、自分の振る舞いが適切であるかどうかを省みることや、自分の知性や理性を見極める作業のことも、批判と呼ぶらしい。

そして、自分で自分の思考や言葉にツッコミを入れる批判精神こそが、「教養」なのである・・・とのことだ。

 

袖すり合うも他生の縁となる

 

もう過ぎたが、7月25日は“かき氷の日”だという。7・2・5で「夏氷」との単なる語呂合わせだけかと思ったが、1933年7月25日、山形県で当時最高気温となる40.8度を記録したことでこの日になったとのこと。なにごとも理由がわかれば頭に入りやすい。

アヒルと鴨のコインロッカー』で知られる作家の伊坂幸太郎さんは、「小説を読んでもらうことは初対面の人に自分の車に乗ってもらうのと同じ」と語った。

車に初対面の人を乗せることは難しい。そのため、冒頭部分に知恵を絞る。はっとさせ、驚かせ、笑わせて車に乗せる。読者をひきつけようとするコツなのだ。

ネコを宿主とするトキソプラズマ原虫も知恵を駆使するらしい。これに感染したネズミは天敵であるネコのにおいを、恐れないばかりか好むようになる。

 

 

アメリカ西海岸の河口にてサギなどに寄生する吸虫(きゅうちゅう)も、幼虫の段階で鳥のえさになる小魚の脳にとりつくという。寄生された魚は水面で体を震わせたり、翻したりして鳥に見つかりやすい行動をとる。

小魚の脳の神経伝達物質を研究者が調べた。寄生された魚は不安を感じるべき状況に置かれてもストレスを感じなくなっていた。つまり、吸虫は小魚の脳を操り、鳥に食べられやすくしていたのだ。

阿佐田哲也”という洒落をきかせた作家名で『麻雀放浪記』が出版されたとき、作家・吉行淳之介さんは、色川武大さんのもう一つの名だと直感したという。

色川さんは作家仲間と麻雀卓を囲むとき、いつも少しだけ勝った。若いころに麻雀で暮らした時代があり、玄人と悟られぬよう手を抜いていたそうな。ギャンブル論になるときも、色川さんは、ギャンブラーの虫を意識したのか“阿佐田”の名を使っていた。

 

 

日本が連合国軍占領下にあった1948年7月に、その出会いはあった。「私のコーチを受けないか」。24歳のボクサー白井義男さんはジムへ見学に来ていた外国人から声をかけられた。GHQのアルビン・カーン博士だった。

博士にボクシングの本格的な経験はない。ただ片隅で練習する無名の中堅選手が類まれな素質の持ち主だと、見抜く眼力があった。周囲の声を聞き流し、熱心に指導を受けた白井さんは、その4年後に日本初の世界王者となる。

<小人は縁に気づかず。中人は縁を生かせず。大人は袖すり合う縁も縁とする>。古くからの教訓だという。

池の水ぜんぶ抜く大作戦』(テレビ東京系列)という番組の視聴率がいいという。カミツキガメブルーギルなどの“特定外来生物”が在来の生き物を食い荒らす。その脅威に驚く。

これも縁なのか、人間の都合で一方的に連れてこられて必死に生きている彼らには何の罪もない。今になり、世界をゆるがす大問題になっている海洋汚染問題にしても、原因となるプラスチックを悪者に仕立てているようだが・・・捨てたのは人間なのだから。