日日平安part2

日常を思うままに語り、見たままに写真を撮ったりしています。

うまくいかない画像サイズに

 

たまの読書も、紙媒体ではなくなったせいなのか。

以前、よくあった製本の際の切り損ね。買った本を開いて、余分な紙を折り畳んだ不体裁なページを見つけたことが懐かしい。

裁断ミスのページは「福紙」または「恵比須紙」と呼ばれたらしい。
それは、陰暦10月の異名「神無月」に関係があるという。

神無月には諸国の神々が出雲大社に集まるが、恵比須さまだけが訪れず地元に残る。
旅立たずに残る神。“立ち残る神=裁ち残る紙”のシャレから生まれた名前だとか。

<秋の日はつるべ落とし>。
秋の日が急に沈むのを、井戸につるべが急降下するさまに喩えられた。
太陽の沈むスピードが速くなるはずもないが、急速に沈んでいく様子を表現している。

太陽の高さが秋になり低くなると、夏と同じ時刻でも時間の経過が早く感じられる。
「もう夜になっちゃった」という印象が強く、速く沈んでいくように思われるのだ。

 

1939

 

顕微鏡の歴史は古く、その原型は16世紀末に、オランダの眼鏡師ヤンセン親子が発明した。望遠鏡を逆からのぞいて偶然発見したというからおもしろい。

昨秋、(かつての顕微鏡少年である)東京工業大の栄誉教授大隅良典さんは、「オートファジー」という生命現象の研究でノーベル医学生理学賞に輝いた。

研究の出発点はすべて顕微鏡観察だったという。
大隅さんはもともと顕微鏡が大好きで、何時間でも眺めていられた。

研究室に入る学生にも最初に顕微鏡を使わせる。
「現象そのものを大切にする。自分の目で確かめる。それこそが、生物学の王道だからです」と。

 

1940


かつて、日本漢字能力検定協会が募った漢字変換ミスで年間賞に選ばれた傑作があった。パソコンで、「うまくいかない画像サイズになった」と入力したつもりが、<馬食い家内が象サイズになった>とモニターに表示された。

思わず「天高く馬肥ゆる秋」のフレーズを連想してしまった。
とてものどかに感ずるが、それは、夏の間にたくさん食べた北方の馬たちが要塞に攻め込んでくるぞ、という警告だったとのこと。

昔の夕暮れ時は、竹の筒で火をおこし風呂を沸かし、飯を炊く。とくに秋はとても絵になる光景だったはずだ。その筒は火吹き竹といわれたらしい。

<火吹き竹の根は藪にあり>は、竹筒の根っこをたどれば、藪の中に行き着く。物事の本当の原因は別の場所にある、との意味で用いられる。

どこかの首相も、この秋に自分の都合の悪いことを藪の中に押し込めようと、約617億円もの大金を惜しげもなく浪費する。北方の馬たちの動向がかなり危なそうだという時期にだ。はたして、その答えは藪の中に紛れ込むのだろうか。

 

「好き嫌い」の感情と体内時計

 

今年のノーベル医学生理学賞は、米国のジェフリー・ホールさん、マイケル・ロスバッシュさん、マイケル・ヤングさんの3氏に贈られる。業績は「概日リズムをつかさどる分子的な仕組みの解明」だ。

私はノーベル賞なるものに興味がなかった。しかし、今回のこの賞はとても興味深い。

睡眠などに関わる約1日周期の“体内時計の仕組み”を明らかにした3氏は1980年代、ショウジョウバエの遺伝子変異から体内時計の遺伝子を発見した、という。

それは、周期を意味する“ピリオド”と名づけられた。ピリオドがつくるたんぱく質は夜間にたまり、日中に分解される。このたんぱく質が別のたんぱく質の量を調整することで、
体内時計の仕組みが成り立つそうである。ピリオドはその後、人間にも見つかった。

体内時計が現実のものと知って感激である。

 

1937

 

動物は、昼に活動し夜眠る、などと、約24時間のリズム現象があり、ホルモンの分泌量なども周期的に変動する。

このリズムを制御しているのが体内時計であり、<記憶にかかわる脳の海馬で、体内時計にあわせて働く量が変化するたんぱく質>を発見された。

それは、多細胞生物に共通に存在し、睡眠や体温の上下、ホルモン量の制御にも影響している。このたんぱく質は、24時間以上たっても覚えているとのこと。

記憶に関しては、ヒトの記憶効率が高まるのは午前だという。学習する時間帯によって記憶のしやすさは異なり、活動期の前半にピークのあることが、東京大グループによるマウス実験でわかった。

記憶にかかわる脳の海馬で、体内時計にあわせて働く量が変化するたんぱく質を見つけた。それは、24時間以上たっても覚えている“長期記憶”に重要な働きを示し、ヒトの午前にあたるマウスの活動期の前半で増える。

 

1938

 

「いつ、どこで、だれが、どうした」との情報で、これまでよくわかっていなかった「だれ」の記憶が、脳の中で保持されている領域を、理研と米国の研究チームがマウス実験で見つけたという。

この領域の神経細胞に操作を加え、(マウスが)忘れていた相手を思い出させたり、特定の相手への「好き嫌い」の感情を引き起こさせたりすることもできた。

マウスがよく知っている相手のときにだけ、記憶にかかわる脳の海馬と呼ばれる部分の腹側領域でよく活動していることがわかった。長時間会わない相手は忘れるが、記憶したときに働いた細胞群に青い光を当てると思い出した。

マウスが嫌いな電気刺激を与えると、その相手に会ったときは避けるようになり、マウスが喜ぶ物質を同時に与えると、相手に積極的に近づくようになった。

記憶に直接アクセスすることで、人工的に特定の相手を好きにも嫌いにもできるそうだ。

実験用マウスの連想で、「2017衆院選」を前にバタバタしている立候補者たちが頭に浮かぶ。マウスみたいに“好きと嫌い”を簡単に操作されているからだ。

そして<好かれたい。嫌われたくない・・・>と、そのことばかり。
せめても我々は、自分の頭で候補者を選びたいものである。

 

ネットの情報量に対抗する質

 

何十年も気がつかないことがある。<空をこえて ラララ 星のかなた・・・♪>。
鉄腕アトム』の歌詞を書いたのは、(なんと!)詩人・谷川俊太郎さんであった。
恥ずかしながら、そのことを知ったのは本日の数分前。

谷川さんは85歳で創作生活67年。
詩だけじゃ食べていけないから、いろんな仕事を引き受けたという。

劇団四季の上演台本も書いた。市川崑監督からは、記録映画『東京オリンピック』の脚本に参加するよう誘われた。

1964年10月10日。ビデオカメラを持ち開会式に臨み、風船が一斉に空へ飛んだ瞬間、観客席から爪先立ちで夢中に撮った。そのカットは映画本編に採用された。

大阪万博でも市川監督のマルチスクリーン作品などに関わり、技術とアートの出会いを体験。真剣な原稿を書き自分を鍛えるのは、詩にマイナスではなかった。

60年代は、劇作家・寺山修司さんや音楽家・武満徹さんとラジオドラマを多く作った。

 

1935

 

時代にものすごく影響されて詩を書いてきた谷川さんは、新しい技術もどんどん利用する。インターネットと詩の相性は悪くない、という。

6年前には、アプリ『谷川』を作り、昨秋には全詩集(単行本)の電子版を配信した。
<インターネットの情報量に対抗するだけの質を、詩の一行は持ち得るんじゃないか>とも、谷川さんは言う。

ツイッターも試したが、谷川さんに140字は長すぎたらしい。
いつもパソコンの画面に詩を打って、心ゆくまで上書きしながら完成させる。

ワープロもビデオカメラも出始めた頃から使う。
録画のボタンを押せば、美しい情景が撮れ、言葉から解放される思いも体感しているそうな。さすがに谷川さんである。

科学技術やメディアの発達は、医療をよくして平均寿命を延ばしたり、タブレット型の端末機器で貧しい国の子供がいくらでも本を読めるようになる。
しかし、あまりにも電子機器が生活に浸透して、居心地が悪くなった面も危惧する。

 

1936

 

谷川さんには、漢語が外国語という気がしてならないとか。
ひらがなで表記できる大和言葉の方が耳に快いし暮らしになじむ。日本の詩歌の美しさは、俳句の短さに最もよく表れると言う。

「詩も、機能的に、飾りを排して短く書きたい。貧しく痩せないようにどうするか。そこに長い経験を注ぎたい」のだと。

18歳で詩を書き始めて、谷川さんにはいつも「今、ここ」しかなかった。
それは、人間が独りで、一切の先入観も知識も、ひと言の言葉さえなしに地球上に立った時のこころなのだ。それがどういうものなのか、ずっと意識している。

そして、<詩は青春のものと言われるが、むしろ老年のものではないか>とも。

谷川さんの詩は年月に流されず、いつも生まれたてのように新しい。
すっかり口語化した小説やJポップの詞も、元をたどればこの詩人の澄んだ言葉だったのではないだろうか。

 

どこで観ても映画は映画なり

 

数字で表す“視聴率”とは別に、どれだけ熱心に番組が観られ、視聴者の心に深く残ったかを示す指標を「視聴質」というそうだ。

多くの人がどれほどテレビ番組を観たか、という視聴率に代わるのが視聴質である。

どのように番組がおもしろがられているかを評価するのはとても難しいが、視聴率調査もよりきめ細かさを求められる時代である。

最近の視聴率を巡る動向で、その価値観が変化するのではないかといわれる。業種によって、ゴールデン帯の番組にCMを出したがらない企業があり、視聴率の高い番組のCM枠でもあえて買わない、という企業も出ているとのこと。

番組に資金提供するスポンサー企業は、<視聴率が低くても狙った消費者層に伝わるなら、CMを打つ>とのことである。そのため番組がどう受け止められているか、より緻密な調査と指標が求められている。

 

1933

 

テレビ番組に限らず、動画の提供のされ方がどんどん変わりつつある。
昨日見つけたコラム記事『「映画館で上映されない映画」の時代』(読売新聞)を、興味深く読んだ。

本年1月に公開された映画『タンジェリン』(ショーン・ベイカー監督)は、iPhoneで全編を撮影された作品だという。

米国のロサンゼルスの性的少数者を主人公にしたコメディで、その感想は画像の粗さが少し気になるものの、作品の面白さは損なわれていなかったそうだ。
スマホで撮った作品だから、「これは映画ではない」と思った観客はいなかっただろう、と。

5月に開催されたカンヌ国際映画祭では、動画配信サービスNetflix(ネットフリックス)が製作した映画2本がコンペティション部門に選出され、論議を呼んだそうな。開催国フランスの映画館で上映されなかったことが原因だった。

来月は、その1本『マイヤーウィッツ家の人々』の配信が全世界同時で始まる。
日本では(映画館で上映されないが)、「これは映画ではない」と言えるだろうか?

 

1934

 

かつて、映画には定義があったと思う。
<フィルムで撮影した2時間前後の映像が、特定な空間である映画館の大スクリーンで、大勢の観客が同じ時間に観る>。

今はその条件をクリアする映画は少なく、ほとんどの映画がデジタルカメラで撮影され、フィルム上映できる映画館も限られる。

映画を観る場所も、映画館、家庭のテレビ、個人のパソコン、スマートフォンと多様化しているのだ。観客は、空間と時間から自由になっている、という。

<大きなスクリーンで見るのが、映画を見る最も美しい形だという考えに変わりはない。しかし、技術の発展によって、高画質、高音質の映画を自宅で鑑賞することが可能になった今、動画配信で見るのも、映画を見る一つの形ではないか>。
ファンタジー『オクジ/okja』(Netflix製作)のポン・ジュノ監督は言う。

モノクロの無声映画から、3D映画、そしてVR(バーチャルリアリティー)映画まで、映画の歴史は技術革新の歴史だった。今は、映画の概念が変わってきているのだ。

 

演出の巨匠たちは素顔がいい

 

<大事なことはたいてい面倒くさい>。
宮﨑駿さんの名言だという。

「創りながらテーマを見つける」、「台本がない」、「少しずつ創っていく」などと、宮崎監督独特の創作法もあるらしい。

そして創作中、宮崎監督から頻繁に出てくる言葉が「面倒くさい」。
途方もなく手間のかかる仕事を見事にこなしている宮﨑駿さんの頭には、常に“面倒くさい”が駆け巡っていたのだ。

雨月物語』、『西鶴一代女』などで国際映画祭の賞を受け、独特の映像美で“世界のミゾグチ”と呼ばれた溝口健二さん。

映画『山椒大夫』で田中絹代さんは“安寿と厨子王”の母親を演じた。
やせ衰えた感じを出したいと、溝口監督から田中さんは減食を命じられた。

出番を撮り終え、せりふを吹き込む仕事を残し、ひと安心した田中さん。
ないしょで昼食にステーキを食べた。

田中さんの語るせりふを聞いて、監督は首を振った。
「肉を食べましたね。声につやがある。ダメです」と。

 

1931

 

ロー・ポジ映画の名手・小津安二郎さんは、カメラをほとんどアオらず、低い位置にすえて、ごくわずかにレンズを上にあげていた。カメラを大人の膝位置より低く固定し、50ミリの標準レンズで撮るのだ。

「俺はねえ、人を見下げることは嫌いなんだよ。俯瞰(ふかん)ていうと見下げるじゃないか」。小津監督は、雑談的にこんなことを語っていたそうだ。

役者さんたちに対する演出は、ハードボイルドというか、人物の感情が(顔の)表情にはほとんど表れない。

そして細かい演出を随所に施す。格調高く本物志向なのである。
ほんの少しだけ映る絵画も東山魁夷さん、橋本明治さんなどの本物を使用した。

 

1932

 

張力ある黒澤明監督の画面を鋭角とすれば、小津監督の画面はゆったりとした鈍角である。

撮影に対する姿勢は、いつも真摯で真剣で、静かな現場には緊張感があふれた。
巨匠といわれた小津監督だが、スタッフを怒鳴るようなことはなく大事にしたそうだ。
相撲好きで、場所が始まると夕方ごろから何となくそわそわしていることもあったという。

前面に演出を押し出す黒澤作品とは真逆であるが、小津監督はあの静穏さを描くための演出を当然されているはず。しかし、それを見せないし感じさせない。

小津作品は、特別な事件が起きたりドラマがあるわけではなく、市井の生活がいつも淡々と描かれるだけ。強烈な印象が残るということは少ない。それなのに、いつのまにかその雰囲気に酔わされてしまうのである。

 

イマジネーションを自由操作

 

人類の祖先が芸術創造の才能を開花させたのは、(約4万~1万4500年前の)後期旧石器時代で、場所は欧州の洞窟らしい。ランプの薄明かりを頼りに、石器や絵の具にて壁面へ動物や人を描いた。

その洞窟壁画が初めて発見されたのは、1879年のスペイン北部・アルタミラ洞窟で、天井にバイソンの群像が多彩に描かれていた。

豊かな色彩や技法を生かした壁画芸術は、徐々に進化したと考えられていたが、1994年のフランス・ショーベ洞窟の発見で定説は覆された。

約3万6千年前で当時最古とみられた壁画には、色の濃淡で立体感までも表現されたマンモスやライオンなど13種類の動物が描かれていた。

壁画を描いたのはクロマニョン人とされ、現代人と同じ脳の神経構造で、イマジネーションを自由に操作し共有できたと考えられる。

 

1929

 

約3万6千年前、立体感のある動物が描かれたように、芸術は突然に創造されるものだという。最初から完成度の高い美術作品が現れても不思議はないし、爆発的に芸術は発生する。

「一番最初に絵を描いた人は誰なんだろう」と考えることがある。アーティスト・日比野克彦さんは記事に記した。思えば、一番最初に歌い、楽器を奏でた人にも興味が湧く。

日比野さんは20年ほど前、仏・ペッシュメルル洞窟にて、1時間ほど壁画の前に1人でいた。“この絵を描いた人の気持ち”を探るためだった。

洞窟の奥は光が全く届かない完全な暗闇で、闇夜みたいに目が慣れることがない。
見えない頭の中の印象(イメージ)が浮かぶことを悟った、という。

暗闇があるからこそイメージを獲得し、そのイメージがあるから絵を描く理由が生まれた・・・のだと。

祖先は、見えていないのに見えてきたイメージを確かなものにするために絵を描いた。
そして、時空間という物理的なものに縛られず、感覚を他者と共有するものとして芸術が誕生した。

 

1930

 

<「物」は「事」になる。所有でなく利用になる。流れになる。資源を配分することが仕事になる>。ケヴィン・ケリーさんの『<インターネット>の次に来るもの』にあった。

映画、物語、音楽など、事であった芸術も、今まではそれらを“記録した物”として販売されていた。現在これらは事に戻りつつある。芸術家の収入源は実演に、創造性は編集と検索に置き換わる、ともいわれる。

人間は思春期までに身につけた技術に縛られる。三つ子の魂のまま生きるのだと。
同じ本も、電子書籍で読むと心に残るものは少なく、書評を書く必要がある場合などは、紙で再読する必要が生じることもある。それがその人の限界だからなのか。

かつて、古今亭志ん朝さんが脂の乗りきった高座をつとめていたころ、作家・小林信彦さんは書いた。「志ん朝と同時代に生きられるぼくらは、まことに幸せではないか」。

音や映像を記録する機械の普及後も、同じ空間で同じ空気を吸い、磨かれた芸に接することのできる喜びは昔と変わらない。

 

からだの仕組みは誰もが同じ

 

交際中の異性がいない日本の男性が7割で、女性は6割なのだという。

国立社会保障・人口問題研究所によると、1987年の調査以来で過去最高とのこと。
調査は5年に1回の実施で、このデータは一昨年6月のものである。

全国の独身者約8700人から回答のうち、結婚の意思がある人は、男女とも8割を超えるそうだが。研究所の見解では、希望と現実のギャップで結婚を先送りするうち、交際自体に消極的になっている傾向があるらしい。

「交際中の異性はいない」と回答したのは男性69.8%(前回比8.4ポイント増)、女性が59.1%(同9.6ポイント増)。男性は25~29歳で増加が特に目立った。

結婚の意思について、「いずれ結婚するつもり」と回答したのは、男性85.7%(同0.6ポイント減)、女性89.3%(同0.1ポイント減)と横ばいだったとのこと。

 

1927

 

毎年“敬老の日”に合わせ、総務省が日本の高齢者人口(65歳以上)の推計を発表している。本年は(前年比で)総人口が21万人減る一方、高齢者は57万人増の3514万人である。その占める割合は0.5ポイント増の27.7%で過去最高を更新。

高齢者の割合は世界で最も高い。65歳以上の男性は1525万人で、男性人口での割合は24.7%、女性は1988万人の30.6%と、2年連続で3割を超えた。

70歳以上でみると91万人増の2519万人、総人口に占める割合は19.9%。国民の5人に1人が70歳以上となるのだ。80歳以上は37万人増の1074万人(同8.5%)。

そして、90歳以上は14万人増の206万人(同1.6%)となり、(90歳以上の人口も)初めて200万人を突破したという。

 

1928

 

100歳以上もがんばっておられる。前年比2132人増の6万7824人に上り、47年連続で過去最多を更新している。

100歳以上の男女比では女性が圧倒的に多く、2102人増の5万9627人で全体の87.9%を占めている。男性は30人増の8197人なのだというから、やはり女性は強い。

<わたしのからだには いっぱいけらいがいます あしや てや くちや めや はなや ゆびが すごいかつやくしてくれます・・・あしはいろいろなところにあるいてくれます    てはいろいろなひととてをつないでくれます・・・ありがとう>

作者は小学1年の女の子らしい。(川崎洋さん編『こどもの詩』より)。
そして、最後の一行がたまらない。<からださん どうもありがとう>と。

60兆個(37兆2000億個という説もある)といわれる人の細胞の数である。
ふたつの細胞(精子卵子)が結びつくと、手や足、脳や胃袋・・・などへと膨大な数に増殖して形成される。そうして私たちはからだを借りて生かされている。

それを思うと、「ありがとう」の気持ちや言葉が、自然に出てきてしまう。

 

 

今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

 

脳には脳の選ぶ道があるのか

 

“モノ”をインターネットでつなげるIoT(Internet of Things)。

アシストスーツを着て重い荷物を軽々と運ぶ人。農地では無人の耕作機械が動き、建設現場にドローンが飛び交う。そして、自動運転の車。

この先、人工知能の活用で“仕事や暮らしは大きく変わる”との未来図らしい。

2017年・上半期放送のNHK朝ドラ『ひよっこ』では、出回るモノがまだまだ少なくて素朴な時代だ。東京オリンピック大阪万博の時代が、やけに落ち着ける。

足のしぐさは嘘をつかないなどと、人間の脳や心理に関する喩えに、足の話が出てくる。
足は人の体の部位の中で、本能に直結するらしい。それは、言語など脳の思考系統ではなく、本能をつかさどる部分の命令に、より忠実に動くため・・・だとか。

 

1925

 

言葉の響きで“粋”に感じることがある。人工知能はどう感知するのだろうか。

かつて、下町の鮨(すし)屋ではこういう会話があったとか。
「刺し身を切りますか?」
「握りがいい。つけてくれ」

職人はゆっくりと鮨を握り始める。鮨屋では“握る”ことを「つける」というらしい。
その語源は、江戸前鮨の原形である「なれずし」が魚と飯を桶に“漬けて”作ることに由来しているそうな。

本来、鮨は握るものではなくつけるものであり、職人が鮨を握るカウンターの内側は「つけ場」なのだ。なんだかとても“粋”に思えてくる。

 

1926

 

2014年9月に清酒大手の月桂冠ノンアルコール飲料月桂冠フリー」を発売した。
開発に要した時間は中断期間を含めて約12年という。

初期では、麹と酒かすを原料に使った上でアルコール分を抜く“引き算”を試みたが、甘酒のような味にしかならなかったとのこと。

そこで、水あめや食物繊維などを組み合わせて、本物に近づける“足し算”をしてみたら、7割の人が日本酒らしい味だと評価したとのこと。減点を恐れず新しいことに挑戦する“足し算”の発想を大切にした結果だろう。

とはいえ、その後の奮闘ぶりをネット検索してみたら、「無理やり日本酒の味に似せて作ったただの特殊な水。飲んだ人の脳みそを騙しているだけじゃないの?」などの意見もあった。ノンアルコールのビールにしても、“脳みそを騙す”コンセプトに違いはないような気もするが。

脳にも排泄の機能があるようで、都合の悪いことは記憶にない。私の場合、記憶があっても上書き消去をしてしまうのかもしれないが。

用事や旅の遠出で、帰宅してから「しまった!」と思うことがよくある。空き時間に足を少しのばせば、近くに景勝の地や有名な飲食店があったり・・・と。

とはいえ、「しまった!」はすぐに「それでもいいか」に変わる。もう一度そこへ訪れるチャンスが得られたようで、いつ実現するとも知れない再訪の旅を心待ちにできるからである。

人工知能にできない「しまった!」の脳があればこそ、人間は“粋”で“情緒”を楽しめたりできるのではないのか。なんだか、人工知能を“上から目線”で見られるような気がしてくる。

 

魚屋のネコの如く盗らぬこと

 

正面に北の富士勝昭さん、向正面は舞の海秀平さん。お二人は、NHK大相撲中継で大人気の幕内解説コンビである。とくに北の富士さんのお話は、わかりやすくておもしろい。

2015年夏場所10日目、横綱日馬富士戦で初金星を手にした平幕の臥牙丸は、インタビューで歓喜のあまり「ボク勝ったの? 信じられない。金星は一生残るし、めっちゃうれしい。神様、ありがとう」と神様にお礼を述べた。

「これだけ喜ばれたら(負けた)日馬富士も本望だろうね」とは、北の富士さんの名解説。ちなみに、取り組み後の日馬富士は「こっちが泣きたいよ」とこぼしたとか。

 

1923

 

「モンゴル勢にたらい回しにされてかなわないよ。“俺が!”、と名乗りを上げるやつはいないのか。1場所ぐらい、日本人に勝ってほしいね」。
2016年1月、新年への期待を報道陣に問われ、北の富士さんは嘆いた。

日本勢には遠すぎる賜杯であった。
協会に所属する631人の全力士のうち、外国出身者が占めるのは38人だけだ。
10年も日本人の優勝者が出ないのは異常と言わざるを得ない。無念であった。

その数日後に初場所が始まり、大関琴奨菊(当時)が14勝1敗で、ついに初優勝を決めたのである。

 

1924

 

白鵬35度目の優勝は2015年 名古屋場所で14勝1敗。自身が持つ幕内最多優勝記録を更新する2場所ぶりの優勝で、それまでからペースダウンしたようにもとられた。

千秋楽の優勝インタビューでは、場所中に「力が落ちていますね」と語った解説者の舞の海さんを意識して、「寂しい言葉は言わず。温かい応援をしてほしいと思います」と発言した。

NHKの中継カメラは慌てる舞の海さんを映し出す。

解説を担当している北の富士さんは、「出色の場内インタビューだった」と白鵬の率直なコメントにエールを送った。

さて、一昨日は秋場所(2017年)の初日であった。

休場力士の多い場所にも関わらず、(私は)早い晩酌がてらテレビ観戦をした。
北の富士さんと舞の海さんの快活なやりとりは、益々おもしろくなっている。

大関照ノ富士が平幕の北勝富士に引き落としを食って苦杯をなめた。
その取り組みが始まる前と後の両者の解説は絶妙であった。

先場所の北勝富士は前まわしをとって勝てたが、組み合ったら照ノ富士に分がある。
その話をする北の富士さんの“喩え”には大笑いをした。

<魚屋のネコの如く、盗ってはダメ>。
“魚”と“前まわし”を掛けての発言であった。

土俵上の北勝富士に聞こえるはずはないだろうが、立ち合いすぐに照ノ富士の前まわしに手をかけそうになったが、すぐに離した。そして、組み合うことのないまま北勝富士は快勝した。

勝負後、舞の海さんは北の富士さんの眼力にしきりと感心しながら、「それにしても魚屋のネコですかぁぁぁ・・・」と絶句していた。

 

無駄が粋でも若者言葉は省略

 

毒蝮三太夫さんは、永六輔さんがラジオの魅力を教えてくれた大恩人、と敬う。

1933年(昭和8年)東京生まれの永さんは、タレントや放送作家として活躍する一方、『上を向いて歩こう』などのヒット曲の作詞や、60年代後半からラジオで主に活動した。

音だけのラジオは不自由なようで自由なのだという。現場とスタジオの掛け合いも、隣同士で話すような親近感が特徴である。

永さんが番組出演のときは、毒蝮さんが「関東一直線」などの企画をやった。
東京都立川市をスタートして、(毒蝮さんは)道路や田畑をどこまでもまっすぐ歩くのだ。

重い無線機を背負いながら、4時間くらい歩いてスタジオの永さんの指示に従う。
ゴムボートをふくらませて川を渡り、田んぼも横断。服は泥だらけになった。

 

1921

 

永さんは放送時間の終了間際に、「その近所でシャワーを浴びさせてもらいなさい」と言い出す。毒蝮さんはすかさず、窓から顔を出したおばさんに「シャワーか風呂をお借りしたいんですが」と頼み込む。

おどろくおばさんは、「何のためにやっているの」と問いかけた。
スタジオの永さんが応えた。「やる意味がないですよね。でもこれがラジオのいいところなんですよ。目的のないことをするのがいいのです」と。

役に立つ、得をするとか、だれもが理由や目的を考えて行動する。
それを永さんは否定するのである。

毒蝮さんは、<無駄こそ粋なんだ>と、永さんにたたき込まれたそうだ。
<意味がないものを受け入れてこそ人生に深みが出る>のだと。

 

1922

 

今さらではないが、若者言葉の簡略化が進んでいるらしい。

「とりま」(とりあえず まあ)、「MJK」(マジか)、「あざお」(ありがとうございます)などというようだ。SNS内では、「ま」(まじ?)や「り」(了解)のように一文字の略語が使われるともいう。

会話も「それな!」や「ウケる」との単語がテンポよく飛び交う。

「卍」になると特定の使い方ではなく、“自分に気合を入れる”や“調子に乗っている”ときのタイミングで出てくるらしい。

“あいつ卍じゃね?”や“仲間との絆”にも使われるらしいので、とても感覚的な言葉のようだ。

そういえば、最近観たテレビのバラエテイ番組で、藤田ニコルさんと梅沢富美男さんが、「卍」を適当に入れながら会話をしていた。よくわからなかったが、楽しそうでうらやましかった。

(今も使われている)年季の入った若者言葉もあるという。「ウーロン茶」というワードで、意味は“ウザい茶髪でロン毛の男性”のことを指すらしい。

それにしても、若者言葉の傑作がどんどん現れてきそうである。
もしかして、<意味がないものを受け入れてこそ若さにも深みが出る>のかもしれない。